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エースコンバットZEROのSS「PRIDE OF AEGIS(PoA)」の連載を中心に、よもやま好き放題するブログ。只今傭兵受付中。要綱はカテゴリ「応募要綱・その他補則」に詳しく。応募はBBSまで。
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Save your tears, For the day
When our pain is far behind
On your feet, Come with me
We are soldiers stand or die

 事態は、私の予想を超えていた。
 ベルカの狙いは、間違いなくウスティオの再領土化だった。オーシアら周辺諸国の干渉を封じ込める為、軍の半分近くを割いてフトゥーロをはじめとした南部域を電撃制圧。
 計画は完璧に進んだ。新型のレオパルド2はオーシアのM1、サピンのAMX30、ウスティオのアリエテC1を容易く打ち破り、世界最強の戦術空軍を謳うベルカ空軍は、各地で驚異的な戦果を記録した。サピンの無敵艦隊(もっとも、これは歴史上からの通称で、エルジアのエイギル艦隊のような現実的評価ではないのだが)を沈め、171号線を我が物とし、フトゥーロ運河を占拠した。
 計画は完璧に遂行された。
 しかし、ウスティオの予想外の奮戦により、ベルカは勝利を目前に足踏みしていた。
 南部戦域、ウスティオ方面軍、両者の戦力を、どちらにも割くことができず、ベルカは現状を維持し、自国有利による講和を狙った。政府と軍部がかねてから用意されていた二〇〇頁にも及ぶ降伏勧告書が、ウスティオ政府に届けられた。
 しかし、いかにもかねてから戦争準備を怠りなかった事を示す丁重な降伏勧告は、たった一文字の電文で「公式回答」とされた。
 曰く「Nuts!!(ふざけるな)」
 面と向かってならば中指に唾もついてきたかもしれない。ウスティオは、「独立国家」の意地にかけて、最期の一兵卒まで戦い抜くと宣言したのだ。そこには、前述のユークトバニア戦争参加や、傭兵の斡旋に成功しつつあった事も背景にあるだろうが、それ以上に、ウスティオ人の気質を読み違えていた、というのが大きな要因として挙げられる。
ウスティオ人は、怒り狂っていた。彼等の美しい「内陸の宝石」ディレクタスを奪われた事を。都市の各地に建てられた教会の鐘を奪われた事を。
 彼らは、宣戦と同時に同胞を吹き飛ばされ、好き放題に国土を踏み荒らされた事に怒りこそすれ、ベルカに恐怖なぞしていなかったのだ。
 完全にあてが外れたベルカ軍。今更冗談でした、で終わるわけがない。かくしてベルカは、ウスティオを、完全に地図から消すまで戦争を続けるしかなくなった。
 とはいえ、これ以上の戦力を捻出するには、いかにベルカであっても時間を要する事になる。
 ここに、ベルカの増産が早いか、各国軍再整備が早いか、という冗談のような競争が生まれる事になる。
 この時、大陸中のありとあらゆる工場は二四時間態勢でフル稼働していた。それこそ、戦闘機・戦車・銃の工場はもちろん、服、衣料品、缶詰、紙の工場ですらフル稼働していた。おおよそ人間の使用するありとあらゆる物資が、史上まれにみる速度で消費され始めたのである。
 ドッグフードの生産すら二四時間態勢だったのだ、と言うと、本でしかあの戦争を知らない人間はまさか、と笑う。だが事実だ。私はつい五時間前にできたばかりの缶詰を開け、相棒たる犬に「戦闘糧食」を食べさせるハンドラーを見た事がある。
 そして、四月二日、ヴァレー空軍基地を空爆するべく飛び立った爆撃隊が、同基地に展開しつつあった傭兵部隊により壊滅。ベルカの戦争計画は、少しづつ、確実に狂い始めていた。

 少しづつ戦力を整えつつある被侵攻国の中で、最初の声を上げたのは、私達がいる国、サピン王国であった。


――サピン ボスケネグロ基地 1995年4月10日


「本気?」
「本気も本気ですよ。大マジ」
 いつも通り、どこの基地でも、食堂における私達の席は決まっていた。入り口から一番遠い、窓側のテーブル一揃い。
 いつも通りに長椅子をアイスが一人で占拠し、私とフェザーがテーブルを占拠する。フェザーから無理矢理押し付けられたファッション雑誌をめくる手を止め、私は食堂に駆け込んできたレジェスに目を上げた。
「二日後、アリオラ奪回です。昨日、おっさんが撮ってきた写真で、アリオラの防御陣地が縮小されたと判断したみたいです」
 先程司令部へ出頭した際に聞こえた話、を携えて、レジェスは血相を変えて私のところへやってきた。
「……そのおっさんはどこ」
「おっさんおっさん……えーとこの時間なら……」
「呼んだかい?」
 ひょこ、とアイスが占拠した椅子の真上の窓ごしに、カメラを抱えたコルヴォが顔を出す。
「どこから生えてんだこのおっさんは!?」
「なッ!?」
 アイスが猫なら、尻尾が二倍に膨れ上がってるところだ。下から目だけで威嚇音を出すアイスを意にも介さず、コルヴォがわしわしと頭をかく。
「エランドあなた、昨日の偵察、アリオラだったの?」
「ああ、うん。そうか、菖蒲さん達が元いた基地だったね。昼に強行偵察。帰りは空中給油のお世話になったけど、追われる事もなく、無事に帰ってこれたよ」
「いやそうじゃなくて。どうだったの、アリオラは」
「うん? なかなかきれいなところじゃないか。きれいに町と基地が住み分けて――」
「そうじゃねえよっ。アリオラに居座ってる敵はどうだったんだって言ってんだっ」
「ああ」
 ぽん、などと手を打ち、コルヴォが目元を緩める。
「滑走路には大穴。でもあれは偽装だね。いかにも描いた、って感じがした。エプロンには機体はなし。でも、爆撃されたはずのコントロールタワーのガラスや、ハンガーの屋根は元通りになっていた。滑走路の両端に対空銃陣地らしき土嚢の塊が2つづつ。西のハンガーの裏には長ひょろいトレイラーがいた。恐らく、パトリオットのような高速ミサイルの類だと思う。アイス、そのメモ、一枚くれるかい?」
 すらすらと写真を見ながらのように言うコルヴォに、唖然としながらアイスがメモ帳を一枚破り、窓の外に差し出す。それを受け取ったコルヴォは、飛行服の袖から抜いたボールペンで何事かさらさらと書きはじめた。
「……うろ覚えだけど、こんな感じだ。レイアウトなんかは少し違うかもしれないけど」
 と言って突き出されたメモには、まるで精密な風景画のごとく、アリオラ空軍基地の空からの絵が描かれていた。
「……おっさん絵うめえな」
「いやあ、それほどでも」
「でもお姉様、これって……」
「無粋ね」
 アリオラは、コルヴォが言うように、空軍基地らしからぬ空軍基地として地元でも有名だ。確かに戦闘機が多数駐留し、年中爆音を放っているが、麓の町に騒音の影響がないよう、極力配慮がなされた立地になっているし、頻繁に基地解放が行われる教導団の根拠地、という性格上、施設も洗練され、無骨な対空機銃座など据えられていない。トラック牽引式の機銃座は、トラックに繋がれたまま最寄のハンガーに停められており、有事の際にはそこから配置に急行する事になっていた。
 それが、このコルヴォの絵によると、前線基地のように対空砲座が張り付けられ、滑走路には偽装まで施されているという。無粋きわまりない。
「この基地が、どうかしたのかい?」
「明後日、ここの奪還らしいわよ。今レジェスが司令部で聞いたって」
「……僕にはあまり関係のない話だなあ。なにせ僕はカメラを担いで――」
 コルヴォのぼやきは、聞こえてきた爆音にかき消された。
「なんだ、このエンジン……こんなの、聞いた事……」
「F/A18? でも音が軽い……」
 アイスが窓の外に目をやった瞬間、上空を一団となった戦闘機が飛びすぎた。その数、ざっと八機。
「アイス、今の、わかる?」
「タイガーシャークです」
 きぱ、とアイスが断言する。
「音はF/A18みたいですが、軽いし、F5とよく似た形で、単発でした。間違いないかと」
 F5Eの後継として提案された、強化型がF20タイガーシャークである。エンジンをF/A18のF404ターボファンエンジンに換装、アビオニクスはほとんど別物と言っていいほど強化され、ルックダウン能力は元より、レーダー誘導ミサイルの運用も可能となる。コクピット周りも先進的になり、F16Cやミラージュ2000と比べても遜色がない性能となり、なおかつ、機体価格はライバル機のそれを下回る、という優秀な機体だ。伝説のパイロット、世界初の超音速飛行を成し遂げたチャック・イェーガーが惚れ込んだというエピソードもあるぐらいだ。
 予定ではローボがあれを受領するはずだったが……という事は。
「あの旋回のしかた、ローボ2ですお姉様。あの先頭の機。あのカッコつけかた、間違いないですよ」
 フェザーが緩く旋回する機影を指差す。この子は、よその機の癖まで覚えてるの?
「彼らが戻ってきたって事は――」
 テーブルの隅にいたヴェンティが立ち上がる。このところ、彼女は私達と一緒にいる事が多い。
「……ほんとに、アリオラ奪還、かもね」
「なんにせよ、僕達は言われた空を飛ぶだけさ」
 空を舞う機群にカメラを向け、コルヴォが呟く。
 果たして、降りてきたのはまさしくローボ2であった。
「よーお、まだ生きてたか皆!」
「偉くなって帰ってきやがったな、これでお前さんもめでたくローボ1ってか、ええ?」
 顔を合わせるなり、レジェスと二人でド突き合いをはじめる。その姿は、若い猟犬がじゃれあうかのようだ。
「ええい、レジェス、先に姐さんに挨拶させろってんだ」
 あらあら。いつの間にかほんとにアリオラの航空隊長にされちゃってるわ……。
「ローボ隊、F20タイガーシャーク八機、ダビド・タバレ・オリベイラ中尉以下七名、本日付でアリオラ編隊に配属となります」
「了解した。上に申告してらっしゃい。明日辺りにでも私が直々に成果を見てあげるわ」
「マジっすか……」
「そりゃあ、新しいおもちゃもらって、おまけに偉くなって帰ってきたんだもの。どれだけやれるようになってるか、確認したくなるのは当然じゃない?」
 うげ、と嫌な顔をしながらオリベイラが「部下」を引き連れて退散する。そう、あの七人は、紛れもなく彼の部下なのだ。緒戦でゲルプに全滅させられた狼の群れは、生き残ったオリベイラをリーダーに新たな群れとなった。その体は真新しく輝いていた。
「でも、菖蒲さんアリオラを堕とすって言っても……」
 ヴェンティが控えめに声を出す。
「あそこ、結構北側にあるんじゃないか? オレ……私は行った事ないから、わかんないけど、あそこまでどうやって……それに、空爆だけで占領できるんなら世話ないでしょう?」
「そうね……地上部隊は必ず必要ね。少数とは言え、戦車だっているでしょうし、近隣、それこそアリオラ市街を占領してる部隊からの増援だってあるはず。空爆だけじゃ確かに無理な話よね……」
 その答えは、二時間後にやってきた。

「じかに見るのは初めてね」
「俺もです」
 四機のMH60Lペイブホーク。そこからぞろぞろと、歩兵が降り立っている。
 彼らは陸軍でも海兵隊でもない。彼らは、れっきとした空軍兵だ。一様に細く、背が低め。モデルか俳優かというようなサイズの揃い方だ。
彼らは陸軍レンジャーのように無意味にきびきびと動くわけでも、海兵隊のように下品さを振り撒くわけでもなく、淡々と機から装備を降ろしている。
 EZAPAC。空軍の精密爆撃誘導から陸軍空挺部隊の誘導、果ては長距離単独偵察すらこなしてみせる空軍が誇る陸上部隊である。
「彼らがここに来た、って事は……」
「間違いないわね。やる気よ。上は」
 問題があるとすれば、飛来した機が少ない事ぐらいか。と、突然
サイレンが響き渡る。空襲か、と身構えかけるパイロット連中におっかぶせるようにしてスピーカーががなりたてる。
『損傷機接近! 消化班・救護班は所定の位置にて待機、指示を待て。繰り返す――』
「誰が上がってる?」
「アリオラからは誰も。この基地の機も、全機いるはずですから、よその機でしょう」
 皆が空を見回すが、それらしき機影は見つからない。特徴的な羽音が聞こえてきたのは、サイレンが鳴り止んでから随分とたってからだった。
「ありゃあ……」
「彼等の、お仲間かしら?」
 接近してきた機影は、ヘリのものだった。被弾したのか、一機は煙を噴いている。
 見てる間に、機影はどんどんと大きくなった。無傷らしい一機はそのまま着陸し、損傷している機は格納庫から離れた位置によたよたと着地した。すぐにサイレンを鳴らし、消防車と救急車が待機していたハンガーから飛び出した。その間にも、ヘリはローターの回転を止め、中の兵員を吐き出している。これが敵地なら、全方位を警戒し、着地点を確保するところだが、皆一様にヘリに群がるようにしている。ややあって、到着した救護班がそれをかきわけて機内に押し入った。しばらくの間をおき、慌しく機内のクルーが運び出されていた。負傷したのは兵員ではなく機のクルーらしく、ヘルメットはヘリパイロットのそれだった。
「来る途中で襲われでもしたかな」
「先行き不安ですね……」
 望遠レンズを向けているコルヴォ(さすがにシャッターを切ってはいない)とフェザーがぼそっと呟く。

 その夜には、噂が噂を呼んでいた。やはり、アリオラ奪回は事実らしい。
「逆に考えれば……」
 とす、といい音をたてて矢がボードに刺さる。
「今のアリオラは、ベルカにとっては「後方」にあたるから……」
 とす。
「そういう意味では、作戦次第では、やれるかもしれないわね」
 とす。四五点。これで残り……一三〇点。矢を抜き、アイスにポジションを譲る。
「恐らくは、その仕掛けの為の……EZAPACでしょうね」
「ええ。昼間、ヴェンティが言ってた通り、地上部隊なしで制圧は難しいわ。私達はあそこを使用不能にするのが目的じゃない。あそこを取り返したいんだから」
 話している間に、無造作に三投。ちょっと。何よ一四〇点って。なんなのよこの子のコントロールは。
「はい、隊長の番です」
「キャリー容赦ない……」
「はいはい。私がなんとか仇とったげるから……」
 先程こてんぱんにやられたフェザーの頭を撫でてポジションにつく。
「いくら隊長でも会社最強の501プレイヤーの座は譲れません」
「言ってなさい。いい加減引きずり降ろしてやるわ」
 一投目、二〇ダブル。
 二投目、二〇。
 三投目、ブルズアイ。これで一一〇点。残り二〇点。
「おおーっ。お姉様すごいー」
「……ふ」
 す、とアイスが位置につく。彼女の残りは八〇点。
 一投目、二〇ダブル。
 二投目、一〇。
「え、ちょっとアイス?」
「おしまい、と」
 三投目、一五ダブル。
「ちょっ、あなた……」
「キャリーほんと容赦な……」
「だから言ったでしょう、渡さない、って」
 得意げに肩をすくめながらアイスがダーツをボードから抜き取っていく。背後のビリヤードテーブルでは、復帰したローボの新隊長が、早速ヘリファルテを「全機撃墜」している。
「だーッ! なんでそれが落ちる!?」
「幾何学だよ、幾何学。軌道計算にイメージング。空でいつもやってる事だろ? 後はキューのコントロールだけだぞ?」
 やいのやいのと言いながら、オリベイラは軽々と次をポケットに放り込む。
「……さて、と。今日もアイスの一人勝ちって事で。私達はそろそろ食堂に引き上げましょうか」
「はーい」
「……でも、隊長?」
 自分のダーツをケースにしまいながら、アイスがふと振り向く。
「奇襲するとしても、歩兵のEZAPACだけで空港施設の占拠ができるとは思えません。やはり、地上部隊の進出は不可欠かと」
「そうね……」
 娯楽室を出、食堂に至るまでの道程で考えを巡らせる。地上部隊も、かなりの戦力減退により、その戦線を大きく南へ下げている。航空部隊は陸からの直接攻撃を警戒して更に南下しているため、実際の前線はもう少し北側になるが、それでも国土の三分の一程度までは侵入されている。強力だが兵力の少ないベルカ軍の戦線にはいくつもの突出部があるものの、再編の遅れたサピン軍はそれを叩けずにいる。
 普通ならば、この突出部を叩き、その上で戦線全体を押し戻す。それが定石とも言える。だが、聞こえてくる噂は、敵地後方の基地をいきなり奪還する。飛び石のようにいきなり相手の懐をとろうと言うのだ。何をするにしても、陸上戦力をその後方へどうやって送り込むのか。それが問題だった。
「……あ。菖蒲さん」
 そんな事を考えながら歩いていると、食堂から、ヴェンティが出てくるところに行きあたった。直前に電灯が消されたのを考えると、彼女が最後なのだろう。
「あなたが最後?」
「あ、はい。オ……私が最後です」
 普段は男っぽい口調だったり、年の割に少し子供っぽいところがあるが、それがまた航空兵らしくなくて、割と気に入っている。腕は確かだし、磨けば光る子だ。色んな意味で。
「消灯までいるけど、あなたもどう?」
「え、いいん、ですか?」
「アイス?」
「隊長が構わないなら、構いません」
「フェザー?」
「リオちゃんほかーく!」
「ちょっ!? ソルヴィーノ、やめ……」
「捕獲するにしてももっと穏当になさい」
 いきなりリオに抱きついて頬擦りなんかはじめるフェザーの頭を、すかさずアイスがはたく。
「ぅぅ……お姉様、アイスが、アイスがー」
「はいはい……」
「なんで私が悪役に。なんですか隊長までその目は。やめてください」
「……なんのコントっすか……」
「まあまあ……とりあえず、理緒、あなたもいらっしゃいな。コーヒーぐらいは作ってあげるから」
「は、はいっ」
 わざとらしく悲鳴を上げて私にすがりついてきたフェザーを撫でつつ、慌ててドアを開けて電灯のスイッチを入れるリオについて食堂に入る。
「……はあ……」
 後ろであからさまに溜息をつくアイスの吐息を聞き流し、いつもの位置へと移動する。
「じゃ、ちょっと厨房荒らしてくるから、待っててちょうだい」
「はーい。じゃあ、リオちゃんほかーく!」
「きゃあっ! あ、菖蒲さん、ちょっ、たすけ……」
「だからやめなさいって」
「お姉様ぁ、キャリーがまたぶったぁー」
「なによそのパターン化は。だから隊長もなんでそんな目で見てるんですかと」

「……俺が、か?」
「キョウスケ・クリタ。少尉相当官。第三航空騎兵隊非常勤付託。出身は、ベルカ。民族的にはカグラ中尉と同郷か?」
 ガルシア大佐が、デスクの前に広げた書類を読み上げる。出身地に目をやったガルシア大佐の表情・声、共になんの変化も見出せない。わざわざ読んで見せているだけで、その程度の事は記憶にある、というような態度にも見えた。ヴァウ――キョウスケは何を意図した質問かわからず、あいまいに頷くに留めた。
「民族的には純血だが、生まれはベルカだ」
「成程。回転翼機のライセンスも持っているな」
「民間用のライセンスだ。まだ資格は有効なはずだが、しかし――」
 何か言いかけたキョウスケを片手で制した。
「これは、要請ではない。すまないな。だがしかし、一応、貴様はフリーランスの身だし、事情が事情だ。その能力がない、と言うのであれば――」
「あれの操縦なら、本職にだって負けない」
 知らず、口をついて出た言葉に、自分が何を口にしたのかを理解したキョウスケが固まる。ガルシア大佐は、やんわりと笑みを浮かべた。
「私にそれだけの啖呵を切れるんだ。やれるだろう」
「しかし、暗視鏡装備下での夜間低空侵入となると話は別だ。あれは一種の「超能力」みたいなものだ」
「それは司令部も承知している。その上で、だ」
「指令。俺に、どう飛べと言いたいんだ。言ってくれ」
 ついに我慢できずに、キョウスケは口にした。
「有体に言えば、囮だ。一個小隊で、変電所を襲う。堂々と。囮だから危険度は高い。だが、重要度も同様だ」
「その部隊を、俺に?」
「貴様の事を告げたら、答えはこれだ。つまるところ、パイロットは必要だが、ベルカ野郎は信用できない。突入の本隊には組み込めん、とな。貴様の心情も察するが、貴様がこの任務を受けた際に同乗する小隊の心情も察するに余りある。選択肢がない上に、自分達まで厄介者のような気分になるだろうからな」
 ガルシア大佐はファイルを机に放り出した。
「だが、単純な算数だ。パイロットが一人足らない。そして補充はいる。貴様だ。後は、お前が足し算される方になるか、引き算される方になるか、だ。好きにしろ。今回ばかりは、お前と小隊の立場を慮って自由判断とする」
「飛ぶ」
 キョウスケが考えたのは、一瞬だった。
「いいんだな?」
「構わない。確かに、俺は「ベルカ野郎」ではあるが、今のあのベルカ野郎と同じにされたくない。それに……」
「なんだ」
「俺が断った場合に、あんたの立場もあるだろう」
 一瞬、ぽかんとしてから、ガルシア大佐は声を殺して笑い始めた。
「若いな」
「今年で二〇だ」
「その年でこんな事をしとるんだ。相応の事情はあると思っている。これは事のついでだ。こんな任務で死ぬな。それぐらいなら、とっとと作戦失敗で撤退してこい。いいな?」
「了解した」
 頷くと、キョウスケは目礼して司令室を後にする。後には、まだくぐもった笑いを続けるガルシア大佐だけが残された。

 二〇分後、キョウスケはEZAPACに割り当てられた格納庫の中にいた。彼ら特殊作戦群の部隊は、作戦行動時に外部との接触を絶つ傾向が強い。EZAPACも例外ではなく、基地の隅のハンガーを隔離区画として占領し、その中で準備を進めていた。格納庫のドアは閉じられ、彼等のMH60L合計六機が並べられている。隅の一角には野戦簡易型のベッドが並べられ、作戦に投入される隊員が寝起きしていた。食事も自分達で賄っている。隔離は徹底していた。
「作戦における我々の担当は、後方撹乱、及び進行して来る地上部隊の支援の為に主だった都市の逆占領にある。我々が担当する地域はここだ」
 EZAPACの指揮官が地図の一点に大きく丸をつける。
「アリオラ。我々が制圧するのはここだ。ここを、我々一個中隊で制圧する。制圧に際しては、一個小隊が変電所を襲撃、この機能を損失させる」
 指揮官は小さく息をついた。
「はっきり言おう。アリオラ奪還の動きは、陽動だ」
 最後尾、ブリーフィングルームの隅で説明を聞いていたキョウスケは眉をひそめた。
「この町には、知っての通り、空軍教導団の基地がある。空軍の支援も強力に行われる。敵もサピンのこの基地に対する認識は理解しているはずだ。当然ここが本命と思うだろう。ここに、ベルカ航空部隊を引き寄せる」
 つまり、アリオラ編隊、という餌を、アリオラその地に差し向け、彼らを餌に、ベルカの航空支援を減じようというのか。
 しかし、それを行うのならば、サピン軍の「主目標」はどこに設定されているのか。
「作戦は大きくわけで三つの段階にわけられる。1、アリオラを中心に陽動、勿論これは奪還を前提とした上で、だが。敵航空支援の減退と共に、東部域を中心に陸軍の一斉反攻が行われる。目的地は171号線。敵が封鎖している171号線を奪還する。正確には、ウスティオ側を「逆封鎖」する。これにはウスティオ空軍も参加予定だ。同時に、作戦は第三段階に入る。オーシア海軍第三艦隊を主力とした艦隊が、フトゥーロ運河へ侵攻を開始する」
 おお、とさすがに小さく声が漏れた。つまるところこれは、アリオラという「小目標」の攻防に目を向けさせた上で、サピン全土で一斉に反攻作戦に移るという事に他ならない。
「既に陸軍は再編成を終え、出動準備態勢にある。我々は囮ではない。我々は反抗の先陣をこの手で切るのだ。失敗は、許されないのではない。失敗などあり得ないのだ。我々の失敗は、すなわちサピンの反撃の失敗を意味する」
 成程。彼らがベルカ人である自分を参加させる事を嫌がるはずだ。言い方を変えれば、この作戦にはサピンの命運がかかっている。自分達が失敗した場合の結果は明白だ。
 これまでと同じ事が繰り返され、今度は、サピンは立ち上がる余力を失う。
 一度限りの大反攻作戦。最も楽観的なシナリオだと、この作戦の成功をもって今戦争を終結させられるかもしれない。
「我々が、サピン解放の第一歩を記すのだ。決行は四月一二日、午前〇時。この後は、各部隊単位での最終ブリーフバックとなる。解散」
 中隊長の号令以下、隊員が三々五々に散っていく。それぞれの小隊ごとに作戦内容の確認を始めるのだ。キョウスケも、野戦服姿の一団に続いてMH60の前に移動する。作戦当日、彼が乗る事になる機体だった。彼が組み込まれた小隊は、その前で最終ブリーフバックを行うようだ。
「よし諸君。集まったな。それではこれより最終ブリーフバックを始める」
 小隊の指揮官となる中尉が皆の注意を喚起する。
「我々の担当するのはアリオラ北部の変電所。ここはアリオラ市だけでなく、この周囲一帯の四都市に電力を供給する変電所だ。変電所は、現在の変電所の多くの例に漏れず、通常は無人・遠隔監視にて管理されている。しかし、ベルカ軍が当該地域を制圧するに当たり、少数の監視部隊を配置しているとの事だ」
 ファイルから抜き出した偵察写真をMH60の腹に張り付ける。
「敵の勢力は二個小隊の機械化歩兵。重火器の類は配備されていないが、装甲車が以下のように数両配備されているもようだ」
 赤い丸で示された場所に、確かにマルダー歩兵戦闘車の姿が見える。既に抵抗は排した、という判断なのだろう。戦車は前線へ送られ、ここを警備しているのは軽装の部隊らしい。しかしながら、マルダーが装備する20mm機関砲は、歩兵にとっては悪夢そのものである。
「我々はこれに侵入、変電所施設を無力化する。侵入に際してはMH60Lにより作戦地域の一〇kmまで接近、ラペリングによる空挺降下から、陸路で変電所に接近、可能であればこれを制圧する」
 別の写真が張り付けられる。キョウスケは、この地域まで兵を運び、帰還限界点まで待機・地上部隊の支援を担当する事となる。
「なお、今回の作戦にあたり、予定されていた飛行士が展開途中に負傷した為、代替要員としてキョウスケ・クリタ少尉相当官が担当する事となる。クリタ少尉相当官、現場空域の地形・その他は大丈夫だな?」
 視線が集中するのを感じる。キョウスケは、全員に見えるようにはっきりと頷いてみせた。
「ああ。大丈夫だ」
「では、飛行経路の説明を頼めるか」
「了解」
 先程渡されたばかりの資料を手に、キョウスケは中尉と位置を交代した。
「今回の作戦で、機はここ、ボスケネグロ基地より出発。地図で言うポイントD-9までは、アリオラ市街制圧部隊と同様の経路で飛ぶ。ここから、アリオラ市街制圧部隊は西進。我々は単独で北進する事になる」
 地図に書かれた矢印を指でなぞってみせる。
「飛行は通常高度。これは暗視装置使用の夜間飛行である事と、敵対空兵器を警戒しての措置だ」
 自分の訓練が足りず、夜間の匍匐飛行が不可能である、という事は言えなかった。が、兵達の表情に変化はない。
「降下地点はここ。ここは自然公園の管理事務所近くになっているが、情報によるとベルカ軍部隊の駐留はないとの事だ。ここをDZとする。降下はラペリング。皆の降下後、燃料切れまで上空で待機。必要があれば支援する。コールサインはハウンド1。待機時間は、降下完了からおよそ一時間半。待機時間経過後は、当機は帰還する。作戦終了後のピックアップは、別の機が行う」
 誰も、何も言わなかった。自分の経歴を知らないのかとも思ったが、そうではないのは、中尉が自分を少尉相当官と言った事からもわかる。自分が第3航空騎兵隊付託の「傭兵」である事は知られているだろうに。
 ――その程度の事、騒ぐに値しないという事か。
 ぼんやりと考えていると、中尉が後を引き取った。
「ありがとう、少尉相当官。施設侵入に際しては、狙撃チームと連携して、爆破担当チーム二個分隊がそれぞれ異なる方向から変電所に接近する。軍曹」
 呼ばれた軍曹が立ち上がる。彼は爆破班の一つの指揮をとる予定だった。
「我々が接近するのは、施設の東側と南側。この二点は、森と接しており、敵からの視認が難しい事が理由だ。ただし、これは当然敵側も把握しており、現地を占領しているベルカ軍により、各種センサー類が仕掛けられている可能性もある。これらが存在する場合は無力化しつつ接近。外部フェンスを破って施設内に侵入する。狙撃班の支援下で、必要であれば敵を排除。目標に接近する。これにより、我々の作戦は第二フェーズ、施設の破壊に移る事になる」
 軍曹は一度言葉を切った。
「ここで留意してもらいたいのは、我々の目的は施設の一時的な無力化であり、恒久的な破壊にあるわけではないという事だ。我々がこの地域を解放した後、すぐさま電力を復旧できるように、だ」
 次の写真が抜き出される。
「これが今回の目標。変電設備と、それを繋ぐ送電塔だ。この基部を爆破し、施設の外側に向けて倒す。これにより、変電施設をほぼ無傷のまま、供給される電源を断つ事ができる」
「それよりも、安全に、変電所から離れた地域の鉄塔を爆破するのは?」
 既に検討段階で口にされた疑問点を、誰かが指摘する。これは、事実上隊員の為ではなく、キョウスケの為に行われているようなものであった。
「変電所の直隣の鉄塔を爆破する理由は簡単だ。施設の警備部隊、ならびに周辺の敵兵力を、この変電設備の警備強化へと向ける事にある。同時に、爆破終了後、作戦地域からの離脱を容易にする為という側面もある」
 軍曹は他に手を挙げるものがいないのを確認して先を続ける。
「爆破に使用するのはC4爆薬。その他、携行する装備は、セトメモデロL、セトメアメリLMG、バーレットM82A1五〇口径狙撃銃、M40狙撃銃、リャマM82、M67破片手榴弾。特殊手榴弾の類は今回は携行しない。NVS7-2暗視装置、これに加えて、標準装備とする。バーレットM82A1は、敵装甲車対策と同時に、施設破壊の二次的な手段となる」
 つまり、爆破に失敗した場合、主要設備を銃撃により作動不能にする、という事である。




「施設破壊後は、速やかに撤収。回収の為のRZは三つ、状況次第でコールされる。通常はアルファを回収点として使用。以上だ。何か質問は……なければこれで終了とする。解散」
 ようやく隊の空気が緩む。装具をまとめた兵が立ち上がり、自分にあてがわれたベッドへと戻っていく。
 彼等の士気は、外部の人間であるキョウスケには窺い知れぬ部分も多い。少なくとも、これまで目にしてきた「歩兵」と、彼らは根本的に違うなにかがあった。淡々と準備を続ける彼らを眺めながら、キョウスケは小さく溜息をついた。
 これなら、サンダーチーフで飛んだ方が楽だったかもしれない。


――サピン南部 ベルカ軍進出線まで三km地点 1995年4月10日2100hrs


「シックスより全車、報告しろぃ」
 アイドリングを保った車内、マイクを口元に引き寄せて言う。
『344号車、準備よし!』
『351号、準備よし』
『368号車、オン・ザ・スクリメージライン』
 次々に返ってくる部下からの返答を、ハビエル大尉は満足そうに聞いた。全車に異常がない事を確認し、マイクのトークスイッチを入れる。
「いーいか野郎共。俺達の目標はたった一つ。目の前に見えてるベルカ野郎の防御線を突破して、一気に北まで突っ走る。この二日間で、俺達が予定している進出距離は約一〇〇km。連中がやった事をそのままそっくりやり返す! 俺達の方が土地勘はある。連中の「参考記録」なんざ、歴史書の隅に押しやるぐらいのタイムを叩き出してやれ!」
『Yeahhhhhhhhhhh!!』
『やったろうじゃねえか!』
 無線が、快哉に溢れた。
「目的地は女神様ん家だ。いぃか野郎共。特にあの日を生き残った奴ぁよおく聞け。あの日の奇跡の貢物を、俺達ぁまだ捧げてない。このままじゃあの女神様が俺達の上に死を降り注ぐ。それを避けたきゃあ、女神様の家を取り返して捧げるしかねえ。いいか!」
『了解!』
『女神様ぁ美人でしょうね! 俺口説いちゃいますよ?』
『ばっかおめー女神様だぞ? 美人に決まってんだろうが』
「そこまでだ野郎共」
 騒々しい無線を、ハビエルは一言で黙らせた。
「時間だ。ベルカに新しいおもちゃを見せびらかしに行くぞ。前進!」
 一斉に、中隊各車が唸りを上げる。一瞬の間をおいて、並んだ戦車が一斉に前進を開始する。
「あれだけ短期間で進出してきたベルカ軍だ。防御陣地の構築もままならねえはずだ。構わねえから、目に入った奴からブッ放せ」
『了解!』
『コンタクト! 一二時方向、ベルカ前哨線!』
「吹っ飛ばせ」
『ファイアッ!』
 横を走るAMX32が、走行状態のまま、砲塔を振り向け、ベルカ軍が設置した監視哨へ発砲。かなりの速度で発砲したにもかかわらず、狙いは違わず、土嚢を積んで偽装しただけの監視哨は見事に吹き飛んだ。
「ひゅぅ……訓練で見ていても、さすがに度肝を抜かれるねえ……」
 AMX32の最大の特徴は、行進間射撃時の命中率にある。
 時速四〇kmでも実に九〇%を誇る、と開発陣が豪語するだけに、その精度は高かった。とても戦時急造の戦車とは思えない戦闘力である。
 歩兵しか配備していなかったベルカの監視哨は、瞬く間に踏みにじられた。何を思ったか小銃で応戦する者もいたが、そんなものが戦車に通用するはずもなかった。
「対応の暇を与えるな! 連中が事態に気付いて対応を整えるまでに一気に食い込ませるぞ!」
『了解!』
 全車からの応答が返ってくる。
「おら、アクセル開けろ! 進め進め進め!」
 運転手をどやしつけながら、ハビエルは口元が綻ぶのを押さえ切れなかった。


――ボスケネグロ基地 1995年4月11日2130hrs


 四月一二日。多くのミリタリーマニアには、ウスティオ南部、ビアンカ基地所属の一四機によるウスティオ・ストルモ基地空襲、通称「ビアンカの奇跡」の日として有名だ。戦後に刊行された戦争史等でも、ウスティオをメインに据えたものが多い事から、これはよく扱われる。
 だがしかし、同日未明に、ウスティオの西サピンにおいて行われた夜間空襲作戦は、意外にマイナーである。
 ベルカ戦争に関しては、「ウスティオ傭兵」の活躍が前面に出る事が多く、また逆にもう一方の戦争当事国であるベルカ公国側の資料等はそれなりに存在するのだが、この日を境に活発化していくサピンの伝説的とも言える逆電撃作戦、通称「サピンのレコンキスタ」は全容を把握している者が少ない。
 それもそのはずである。サピン王国の独自攻撃による反撃は、四月一二日が最後なのである。
 この後、戦時協定により、オーシア・サピン・ウスティオの三国は指揮系統を一本化。臨時の「連合軍」として戦争遂行にあたる事となる。
「注目!」
 ボスケネグロ基地のブリーフィングルーム。同基地に展開した戦闘機乗りが押し込まれた狭い室内は、熱気がこもっていた。壇上に上がるは、アリオラ空軍基地指令、ガルシア大佐。
「――諸君、待たせたな」
 開口一番に、ガルシア大佐は笑みを浮かべた。
「皆、今回の作戦の目標名を聞くのを、いつかいつかと思っていた事だろう。今回の作戦目標は、アリオラだ」
 どっ、とブリーフィングルームが湧いた。現在ボスケネグロに駐留するパイロットの八割は、アリオラ編隊の所属である。
「今回の攻撃目的は、アリオラの機能損失にあるわけではない。現在、陸軍部隊がアリオラ基地へと北上中である。彼らと連携し、アリオラ基地を奪回する」
 おお、と声が漏れる。
「作戦開始一時間前に、EZAPACチーム3、一個中隊がアリオラ市街を強襲。諸君らの任務は、彼等の援護ではない。あくまでも、基地攻撃である。アリオラ市街を制圧するEZAPACの援護は、後続の第6機甲連隊を主力とする地上部隊が担当する。諸君らはアリオラ基地を空襲。その機能を減じると同時に、アリオラに居座っている航空戦力の排除にある。地上部隊の支援、ならびにアリオラ基地施設の破壊に関しては、ガートモンテス隊、及び第999特殊試験評価航空団が担当する。残りは言わずもがな、だ」
 ガルシア大佐は一旦言葉を切った。
「諸君らの練度は高い。実戦も経験した。それもあのベルカ空軍が相手だ。ここまでよく生き残った。逃げ回るのは、今日が最後だ。明日からは、我々から打って出る。作戦決行は明日、0100時。出撃は0000時。もはや多くは語らん。アリオラを、我々の手に取り戻す!」
 怒号のような歓声が、それに応えた。
「諸君らの健闘と幸運を祈る。以上、解散!」
 立ち上がるパイロット達のほとんどは、もはや見知った顔だった。皆口々に喚きたてながらブリーフィングルームを後にしていく。
「やれやれ……ものすごい熱気だねえ」
「コルヴォ。気配消して背後に立つの、やめてくれないかしら?」
「動じない菖蒲さんも菖蒲さんだと思うけど。存在感が薄いんだよ僕は。偵察の時には重宝する」
「それはともかく」
「ようやく、という感じの反撃だけど……ほんとに、アリオラが目的なのかな」
「違うでしょうね。いくら教導団の基地とはいえ、戦略的に大目標にはなりえない。大目標があるとすれば――」
「フトゥーロ運河だろうね」
「そうね。恐らくは、フトゥーロのベルカ軍を孤立させるべく、南東側から北上していく形でしょう。我々は、いいとこ空軍を寄せる為の餌でしょうね」
「厄介な話だねえ」
「なにが。アリオラを奪還した後の方が大変よ?」
「と、いうと?」
「アリオラは北の突出部になる可能性がある。ここを押し返す為に戦力投入に躍起になる可能性もあるわ」
「そしてフトゥーロはますます手薄になる。なるほど。どちらかというと貧乏籤の類みたいだねえ」
「それでも、私達は飛ぶしかない」
「やっぱり貧乏籤だ」
 ぼやきながら、エランドがブリーフィングルームを出ていく。
「お姉様?」
「言った通りよ。私達は飛ぶしかない。それに」
「アイリスは堕ちない。たとえ戦線が崩壊しても」
「そういう事。さ、私達は私達の仕事をすればいいの。目の前の事から片付けるわよ」
 気がつけば、ブリーフィングルームに残っているのは私達だけとなっていた。立ち上がり、背筋を伸ばす。
「どちらにしろ、今日はサピンにとっては、大きな意味を持つわ。ベルカがどれぐらいそれを真に受けるかで、今日のフライトが変わってくるわね」


――アルロン地方 ガーシュタイン野戦飛行場1995年4月11日2231hrs


「大尉、例の写真、できてきましたよ」
 部下が封筒を携えてやってきたのは、そろそろ夜半になろうかという時間だった。
「見せてくれ」
 粒子の粗い写真は、私の機のガンカメラの映像、ガンカメラを横切るサピン軍機の姿を映していた。サピンに採用されているはずのないスリーサーフェスの特徴的な機体。写真は白黒だが、実物はダークブルーの迷彩をまとっていた。私の隊の三番機を食ったのも、このターミネーターだった。
「噂に聞く、サピンの外人部隊ですかね」
「恐らくはな。我々の基準にてらして、単機の能力はごく普通だ。だが……このターミネーター、編隊を組むと異様に厄介だ。私が射撃位置につけたのは、この写真の数だけ。それも秒単位だ。すぐに後ろに同じ機が援護に来る」
「それに……」
「ああ。こいつらが戻ってきた途端、戦域が活気付いた。我々には悪い方に。この機のパイロット、余程の地位にあるらしいな」
 もっとも、余程のパイロットでけなれば、Su37なんて最新型を持ち出せはしまいが。
「厄介、だな。ゲルプ程ではないにしろ……いや、連携なら彼ら並かもしれん」
 現に内の三番機はこのSu37に堕とされている。敵にこだわるのもあまり褒められたものではないのだろうが、サピンに本来存在しないはずの機体と、サピン正規軍とかけ離れたカラーリングが、脳裏に焼きついている。
「既に我々の手は伸びすぎている。いくら戦果が高かろうと、我々にも物理限界はある……上はこの戦争の終結点をどこにおいているのか……」
「サピンも、やられたまま、というわけではないでしょうしな」
「こんな機体までいるんだ。その内に反撃してくる。まさか上は、本気でサピンはもう戦えないと思っているのではあるまいな」
「頭の痛い話ですな」
「全くだ」
 私は写真に写ったスリーサーフェスの機影をもう一度見た。サピンの歴史は、繰り返すのだろうか。そして、私達の歴史も。


――サピン アルロン地方南東部 1995年4月12日0051hrs


『全機、間もなくアリオラの防空圏内だ』
 カンタオール2が告げる。闇夜に、煌々ときらめくバーナー炎。アリオラ編隊を中心に、数個飛行隊が攻撃に動員されている。はっきりとわかるように、あえて高度を上げ、迎撃を誘いながら、編隊は北上を続けていた。
『既にEZAPACは戦闘を開始。陸軍部隊も多少の遅れはあるが順調に戦線を突破した。後はお前達次第だ』
「聞いたわね全機。私達の家を取り戻せるかどうかは、私達次第って事よ」
『ヘリファルテ了解。今日が来るのを楽しみにしてたんですよ。やったりますよ』
『ローボツ……ローボ1より全機。お前ら初陣だ。落ち着いてけ。いきなり堕ちられたんじゃカッコがつかないからな』
『地上攻撃は任せといてくれ。家には傷もつけずにSAMだけ叩き潰してやる』
 一斉にアリオラの「純血種」から声が上がる。随分と少なくなったものだが、新生ローボ隊をはじめ、新しい血も多く入っている。
『全機、作戦開始まで三分』
「了解。ヘリファルテ1!」
『なんでしょ姐さん』
「謡え」
『あいよ』
 こほん、と咳払いをする間があった。
『Buddy you're a boy make a big noise Playin' in the street gonna be a big man some day』
 浪々と、レジェスががなりだす。
『You got mud on yo' face』
 ヘリファルテ2が続く。
『You big disgrace』
『Kickin' your can all over the place』
 ヘリファルテ3が続き、レジェスが引き受ける。
「Singin'」
『We will we will rock you!!』
 編隊全体が声を合わせる。
『We will we will rock you!!』
『Buddy you're a young man hard man shouting in the street gonna take on the world some day』
『You got blood on yo' face』
 コルヴォが続く。
『You big disgrace』
『Wavin' your banner all over the place』
 ヴェンティが続き、レジェスが引き取って叫ぶ。
『We will we will rock you!!』
『Singin' out!』
 フェザーが合いの手を入れる。
『We will we will rock you!!』
『Buddy you're an old man poor man pleadin' with your eyes gonna make you some peace some day』
 歌は伝染病のように編隊に伝わった。
『You got mud on your face』
 ガートモンテス。
『Big disgrace』
 ローボ2改めローボ1。
『Somebody betta put you back into your place』
『We will we will rock you!!』
 今や作戦参加全機が謡っていた。あのアイスまで声を上げている。
『Sing it!』
 再びフェザーが合いの手を入れる。
『We will we will rock you!!』
『Everybody』
『We will we will rock you!!』
 叫びは他の基地所属の編隊にも伝わる。フェザーの声に、ついにカンタオール2までが声を出す。
『We will we will rock you!!』
「Alright.さあ野郎と淑女の皆様方。家を取り返すわよ。増槽投棄!」
『カンタオール2より作戦全機。作戦開始。ベルカ人に、家主が戻ってきた事を教えてやれ!』
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エースコンバットシリーズ好きのいい年こいたおっさん。
周囲に煽られる形でついにSS執筆にまで手を出す。

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