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エースコンバットZEROのSS「PRIDE OF AEGIS(PoA)」の連載を中心に、よもやま好き放題するブログ。只今傭兵受付中。要綱はカテゴリ「応募要綱・その他補則」に詳しく。応募はBBSまで。
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I wanna stay all the night
I wanna hold you tonight
Baby let me stay now
I'm all right, babe
Because you want it
"Ready to dance"

――公海上 オーレット湾近海 1995年4月24日


「機関異常なし。航空隊は全機出撃完了。速力10ノットです、艦長」
「ん……」
 空母「プリンシペ・デ・ヴァレンティノ」のCIC、艦長席に座った初老の男は若い副長の報告に、ぞんざいに頷いただけだった。
「どれぐらいに、なる?」
「……は?」
「いやなに。君がこの艦に乗ってからだよ」
「……来月で、三年になります」
 副長は艦長の意図するところを理解できず、だが答えないわけにもいかず、少し考えてから答えた。
「君は、自分の指揮する艦が欲しいかね?」
「それは、海軍で軍務についていれば、誰でも思う事だと思います」
「私が、君の嘆願を知らないわけはないだろう? それを蹴ってきたのも、私だ」
 副長は、思わず隣に座った艦長に目をやった。何度も司令部に掛け合ってきたのだ。答えは、常に同じ。現艦長の推薦がない、との理由で却下されてきた。
「私は君の能力を高く評価している。高く、だ」
「ならば、何故」
「まだ早い、のだよ。経験や、軍歴の事を言っているんじゃない」
 艦長は制帽をいじり、被りなおした。
「私が、まだ現役なのだ。君に預ける艦は、本艦以外に思いつかない。それとも君は、そこらのミサイルフリゲートや、駆逐艦で満足かね?」
 毎度の事だが、真意がつかめない。答えられずにいる内に、艦長が笑った。
「だが、私の判断は、間違っていなかったと思う。正直に言えば、去年は、いささか心が揺らいだのだ。あの演習の結果を見て、ね」
 艦長が言う演習は、お世辞にも成功とはいえなかった。艦隊防衛演習で、艦隊外縁の防空艦が空軍の対艦攻撃部隊の突破を許してしまった。結果、旗艦である「ヴァレンティノ」は命中弾三と判定され、撃沈された。
「君が外縁でイージスの指揮をとっていたら、ああはならなかっただろう、とね。だが、今、君はこの戦争の中で私の隣にいる。それがどれだけ心強いか。君にわかるかね?」
 CICの中が、ほんの少しだけざわめいたように感じた。もとより、艦長と副長はそりが合わないと認識されているのだ。
「だが……正直なところ、相手はベルカだ。この間の演習の再現にならんとも限らん。そこでだ、副長。君に操艦指揮を任せる」
 今度こそ、CICの中はどよめいた。
「艦長?」
「私は艦隊指揮に集中する。この艦を含めて、だ。できるかね? 副長」
「……わかりました」
 僅かに震えた声で、副長は応えた。
「よろしい。操艦指揮を執れ」
「操艦指揮とります」
「よろしい」
 艦長は手を伸ばし、インターコムのマイクをとった。
「全艦へ」
「アイ・サー艦長。……どうぞ」
「諸君。こちらは艦長だ。この一ヶ月間、我々サピンは屈辱に耐えてきた。なんの関係もないはずの戦争に巻き込まれ、多くの若者と、国土を奪われた。そして、それを取り返す為に無意味とも言える戦いを強いられている。今日はその極め付きだ。フトゥーロ運河を取り戻す。フトゥーロは我々のものだ。だが、それにはまた大きな代償を伴うだろう。今自分の隣にいる者の顔をよく覚えておけ。作戦が終わった後、彼らが生きている事を願え。その為に必要なあらゆる事をしろ。発艦士官、レーダー員、コックに至るまで、諸君の「戦闘部署」を作戦終了まで固持しろ。残念ながら、諸君らの中にはこの作戦終了時に生きていない者もいるだろう。それが戦争だ、などとは言わない。私はそんな事は認めない。この艦の要員に、不要な者など一人もいない。コック一人欠けてもこの艦の機能は損なわれると思え。全員が生きて、フトゥーロを取り戻す。以上だ。仕事に戻れ」
 艦長はマイクをラックへ戻すと、シートに深々と腰を据えた。
「航空隊展開完了。作戦開始まで一〇分です」
「わかった。艦隊全艦に伝達。「サピンノ興廃コノ一戦二有リ。各員一層奮励努力セヨ。アルマダノ誇リヲ見セヨ」以上だ」
「了解」
「ついでにZ旗でも翻すか」
 肩をすくめ、艦長はCICを見渡した。
「さあやるぞ諸君。オーシアの連中なんぞに手柄を渡すな!」
「機関半速。陣形を維持する事に集中しろ!」
「機関半速、アイ副長」


――フトゥーロ運河上空 1995年4月24日


「またファン・カルロから飛ぶ事になるとはね」
 少し印象の変わったファン・カルロ。約一ヶ月前、私達はここからフトゥーロを守る為に飛んだ。結果は惨敗。そして一ヵ月後の今日、私達はここからフトゥーロを取り戻す為に飛び立ち、フトゥーロにいる。
「我々の任務は運河を突破するオーシア艦隊の援護。その前段階、地上両翼施設攻撃に参加する部隊もいる。いい? 全機揃ってファン・カルロへ戻るわよ」
『アイス了解』
『フェザー了解でーす』
『ヴェンティ了解』
『ヘリファルテ1、心得てまさあ』
『ローボ1了解。今度はダチは堕とさせねえぞ』
『ガートモンテス1了解。適当にバラ蒔いて逃げ出しますわ』
『ヴァウ、了解。対空兵器は粗方片付けてやる』
『コルヴォ了解。今日も邪魔にならないところで飛んでるとするよ』
『カンタオール2よりアイリス隊、間もなくゲルニコス作戦開始』
 ゲルニコス作戦。運河両岸に展開するベルカ軍地上部隊、並びに防空任務機の撃滅を目的としている。このゲルニコス作戦を皮切りに、合計三つのフェーズでフトゥーロ運河攻略作戦「戦域攻勢計画4101」は構成されている。
「了解。さあ、アリオラの力を見せてやりなさい!」

「了解。ヴァウ、エンゲイジ」
『っしゃあ行くぞ野郎共! ガートモンテスエンゲイジ!』
 俺の機体を先頭に、アリオラ所属機が一斉に高度を下げ始める。地上からは大小入り混じった対空砲火にSAM。獲物はよりどりみどりだが、深追いすれば空中で爆散し、中身のない棺桶で捨てたはずの母国へ送られる運命が待っている。この場合、俺の空の棺桶は、当の戦争当事国であるベルカに送られる。皮肉なものだ。俺が捨てた国は、「名誉の戦死」を遂げた空の棺桶を、どう扱うのだろう?
 HUDに表示されたゲージに目をこらす。F105には高級な誘導ミサイルやレーザー誘導爆弾を積む能力はない。その代わり、戦闘爆撃機の名に相応しく通常爆弾をこれでもかとばかりにブラ提げている。まずは盛大に曳光弾を撃ち上げる対空砲へ狙いを定める。
「ヴァウ、投下」
 バランスを保つ為に、一度に二発。爆弾を放り出し、重い機体を無理矢理ターンさせる。
『ビンゴ! 初得点はヴァウだ』
「最初は俺の勝ちって事か」
 ターンした先にも対空……ミサイル!
「ヴァウ、投下!」
 一度に二発。チャフスイッチを叩き付けてブレイク。
『サンダーヘッドよりヴァウ、警告、レーダー照射を受けている』
「わかってるよ」
 うまくいけばそのレーダー照射元は粉々になるはずだ。俺が粉々になるのとどっちが早いか。
『SAMの破壊を確認! 野郎、また根こそぎもって行きやがる気か! ガートモンテス、投下! おら行けかわい子ちゃん!』
 数少ないサピン軍機仲間のガートモンテスがトライアングルでコンビナート横へ展開した戦車隊へ絨毯爆撃。
『どうだ! クリーンヒットだろう!』
『ディンゴ1よりガートモンテス! 後方に敵機! ブレイク!』
『ちっ、邪魔くせえのがきやがった! ディンゴ1、援護できるか!』
『待ってろ、今行く!』
 オーシアのドラケンが高空から逆落としに降ってくる。ガートモンテスの後ろについた敵機に爆装した身で喰らいつく。
《な……後方敵機!?》
『助かったぜウスティオ! 終わるまで生きてたら一杯おごってやる』
『生きててなによりだ。さあ次だ』
『あいよ』
 目に入った戦車へ二発。爆弾を放り出して上昇する。空が蒼い。ところどころにコントレイルとミサイルの噴射煙、敵か味方か、小型の高速機の機影。
 次はどいつだ?
 反転した瞬間、レーダーが真っ白になる。
「な……んだこれは?」
『警告! 強力なECM!』
『畜生どこだ!? レーダーが使えない! 畜生、ロックできねえ!』
『あいつか! 俺が行く、待ってろよ!』
 慌てる事はない。こっちの搭載兵器は通常爆弾。
「ガートモンテス。あんたらの手が欲しい。俺が先導する」
『あいよ。つってもてめえどこにいやがる。レーダーが白くて見えやしねえぞ!』
「ここだ」
 この状況でも編隊を崩さないガートモンテスの後ろを追い越し、先頭に立つ。
『ああ、いたいた。んで? どこに落とせってんだ』
「あれだ。この先。ガスタンク横の陣地。防空指令部だと思う。両翼の対空砲を。俺は北側のSAMに落とす。ガートモンテス1、アンタがあの建物だ」
『ありゃあいい感じの目標じゃねえか。こっちがレーダー使えねえと思ってナメてやがるな。OKやったろうぜ! タイミングは任せる』
「ついてこい」
 機体を翻し、炎に包まれつつある南岸へ降下。盛大に対空砲火を撃ち上げてきている敵陣地へ迫る。
『畜生こんな歓迎いらねえってんだ!』
「まだだ、高度を上げるな」
『姐さんとこのちみっこじゃあるまいし。お前もネジ飛んでんのか! 畜生め!』
「さあ行くぞ。ヴァウ、投下!」
『ガートモンテス1投下! 吹っ飛べベルカ野郎!』
『ガートモンテス2、ボムズアウェイ!』
『ガートモンテス3、投下、投下!』
 突き抜けた四機の背後で派手に爆炎が上がる。
『……ール、ジャミング施設をキル! さぁ、もう丸見えだぞ!』
 同時にレーダーがクリアになる。
『ECMのクリアを確認! 全機攻撃再開!』
『刈り取り放題だ! 行くぞ野郎共!』
 傭兵が多い。ウスティオ、サピンはともかく、オーシアにも傭兵部隊がいるようだ。機種もカラーリングも様々な機体が、進入ルートを奪い合うようにして互い違いに目標へ殺到する。
《畜生司令部は何をやってる!?》
《応答がない! ええい、撃ち続けろ! 上空援護、寝てやがんのか!》
『サンダーヘッドより作戦全機。作戦は順調に進行中。間もなく第二フェーズへ移行』
『了解。もう一踏ん張りだぞ!』

『作戦全機へ通達。ラウンドハンマー作戦を開始する。全機ベルカ艦隊を叩け!』
「了解!」
 無線に答えながら、震えが止まらないのを実感した。
 これは実戦だ。掛け値なしの実戦だ。しかも、俺が乗ってる機体ときたら。
 ありえない旧式だ。
 シュペル・エタンダール。歴史に詳しい人間なら、某紛争で正規艦隊に唯一打撃を与えたエグゾセミサイルを運用していた機体である事を思い出すだろう。そんな事はどうでもいい。発展著しい現代航空戦において使える機体かと言われたら、断固NOだろう。何せ対艦ミサイル二発で搭載量を使い果たす――という説から、増槽はつけれる、自衛用のミサイル二発も積める、と諸説あるのだ。
 なんで運用してる当の軍でそんないい加減な「説」なんだって? 簡単だ。オーシア海軍は既に退役していたこの機体をドローンに使う予定で、関係資料なんかとっくに廃棄され、急遽ヤードから引っ張りだされて整備された時にはこいつを現役で扱った事のある兵なんかみんな引退してた。
 そんなわけで、俺は「飛んでるのもある意味奇跡」な機体で、かのベルカ空軍が上空援護についたベルカ艦隊へ半ば特攻の形をとらされている。
 ――畜生、こんな事なら空軍に入るんだった。
 俺は一人ごちながらマスターアームをオン。搭載されたエグゾセをホットに。海面すれすれ、コミックなら派手に波を逆立てるような超低空を這うように進む。これが精一杯だ。レーダーに捉えられたが最後、俺の機に身を守る術なんかない。
 たった二発の必殺技、逃すわけにはいかない。さりとて艦隊の陣形深く、空母だなんだがいるようなところまで侵入する根性はない。
『クックックッ、いるぜいるぜカモネギちゃんが雁首揃えて俺らに突っ込まれるのを待ってやがる。マッドブル1より全機。雑魚は周りにくれてやれ、俺達はでかいのからたいらげるぞ!』
『了解! メインディッシュは俺達で独占だ』
『イーハァ! 弾幕薄いぜベルカ! 行くぞぉ!』
 どこかの傭兵らしいF/A18が騒々しく突入を開始する。ありがたい、こちらへの目が少しでも向こうに向けば御の字だ。
『オラオラ新入り! 死にたくなきゃあ高度下げろ! まだ高い! まだだ!』
 先頭を行くバッカニアから鋭い声が飛ぶ。俺の隣にいた機体が危なっかしく高度を下げて教官――今は隊長か――の後ろに追いすがる。畜生、敵の攻撃ならまだしも、自分でトチって死にたくねえ。
『俺達の機体じゃドッグファイトなんざ無理だ。コソコソ行くしかねえ。いいか、連中に旧式でも当たると痛いって事を教えてやれ! ターゲットインサイト! 狩るぞ!』
 遠く、豆粒のようにベルカ海軍の艦艇が見える。ここらが限界距離だ。既に始まっている。対空砲火が終わり間際の花火大会よろしく派手に撃ち上がっている。
『畜生誰かあのイージスをなんとかしやがれよ!』
『できるんならとっくにやってる! お前がいけお前が!』
『冗談じゃねえ、近付く前に蜂の巣だ!』
『よーしヒヨッ子共、よく頑張った。各機目標を捕捉次第ミサイル発射、反転して逃げ出せ! 戦果確認なんざいらん! ブッ放せ!』
『了解! 撃ちます!』
 両翼に展開した僚機が次々に対艦ミサイルを放って行く。畜生、どうせならでかいのを狙ってやる!
「トゥームストーン、発射、発射!」
 隊長曰く「当たれば痛い旧式」のエグゾセが、歴史の表舞台に再び躍り出るべく殺到していく。
『畜生! 抑えられた!』
 が、艦隊外縁のイージス艦がそれを許さない。次々に対空ミサイルとCIWSでミサイルが撃沈されていく。
「抜けろ、抜けろ抜けろ抜けろ……抜けた!」
 俺の放ったのも含めて合計五発が弾幕をかいくぐって艦隊陣形の中に飛び込んだ。既に花開いている火球に、追加が生まれる。
『命中! 命中! 一隻……二隻、三隻……! いいぞ! イージスに命中弾! 沈めたぞ!』
『撃ったのは誰だ? 誰がやった!?』
『いいから逃げろってんだヒヨッ子共! 直衛がきたぞ!』
 わらわらとたかってくる敵影を肩越しに振り返る。
『……冗談じゃねえF35!? なんでそんなのがいるんだよ!?』
 F35。開発と配備の度重なる遅れから、都市伝説とまで言われる海軍のステルス戦闘機だ。AV8辺りの代替品だから、対艦攻撃や海兵隊の支援爆撃なんかがメインなんだろうが、飛んでるのも奇跡な骨董品で追われる身なら、そんな戯言には唾を吐きかけたくなる。
『――こい……やば……えらい奴が出や…った! ”ヴォトニアのカモメ”だ!!』
 勘弁してくれよ。味方の通信が、最高に嫌な単語を伝えてきた。ヴォトニア沖海戦において六機を撃墜した化物。俺達を追ってくる奴にそいつが混じってる。冗談もいい加減にしてくれ。
 しかし……奴はニヨルドの所属。この艦隊にニヨルドはいないはずだが?
『何ぼーっとしてるキャラウェイ! 死にたいのか! 六時敵機! オラスロットル焚け。逃げろ逃げろ逃げろ!』
 隊長の声に、わけもわからずスロットルを目一杯に押し込む。
『くそッ! 三番機が食われた!』
『六番機ロスト! 畜生これじゃなぶり殺しじゃねえか!』
『レッドバロンより攻撃隊。貴隊を援護する。後ろを振り返るな。全速で西岸へ逃げろ』
 紛れもない空軍トップエースの名前に、萎えかけていた編隊が勢いを取り戻す。
『助かった! オラ行けヒヨコ共! 後ろを見るな、走れ!』
 隊長の声に、ほとんど条件反射で全機がスロットルに蹴りを入れる。
 畜生、絶対生き残ってやる。

「作戦は順調に進行中。上空の援護がいい」
「三軍合同での初作戦だ。初っ端からコケられてもたまらんからな」
 軽く言いながらも、艦長は地図から目を離さない。
「艦隊の状況はどうか」
「全艦健在。後方にオーシア艦隊も続いています。間もなく運河を視認できるかと」
 予定では、フトゥーロ運河突入の先陣を切るのはサピン艦隊だ。彼らには一番槍の栄誉と同時に、後続のオーシア艦隊の露払いの意味もあった。
「艦長! 空軍より入電。敵攻撃機多数接近!」
「……やはりか」
「そりゃあそうでしょう。ベルカがここを簡単に抜かせてくれるはずがない」
「だろうな。ならば、私は私の仕事をするまでだ。艦隊に通達。針路を90度転針」
「90度、ですか?」
「そうだ。オーシアに道をあけろ。我々が上空の攻撃機を引き受ける」
 それは、サピン艦隊が囮になる事を意味している。
「上空の援護機にも伝えろ。我らに援護の必要なし。はっきりと言おう。我々は連中の攻撃を甘んじてうける」
「それでは……!」
「演習の再現になる、と? 副長。サピン海軍はそれほど学習能力がないと言うつもりかね?」
 艦長もわかっているはずだ。「張り子」であるサピン空軍にできる事なら、ベルカ空軍にもできる事だという事も、サピン艦隊のイージス防衛能力は、オーシアのそれを大きく下回る事も。何故だ。だが艦長の問いに、副長はこう答えるしかない。
「いえ」
「ならばこの艦を動かしたまえ」
「アイ・サー艦長。左舷停止、右舷全速。取り舵いっぱい。針路を西へ向けろ」
「左舷停止、右舷全速、アイ。取り舵一杯!」
「艦長いいんですか、この命令は――」
「副長。自分の指揮を信用したまえ」
「ですがこのままでは本艦、いや本艦隊は――」
「くどいな、副長」
 艦長が厳かに、静かに告げた。
「ルビー隊に連絡。援護の必要なし。オーシア艦隊への敵機接近を許すな」
「アイ艦長」

「どうなってるんですの! なんですのその命令は!」
 上空、西へ転針する艦隊を眼下に見守りながら飛ぶラファールの機上で、イルーネ・アヴィラ・カスケイロ大尉は声を荒げていた。
『どうもこうもありません。命令です!』
 隊長機を宥めるように二番機がポジションにつく。
「艦隊はなにをやる気ですの! 我々にオーシアの援護をやれだなんて!」
『こちらはウスティオ空軍、AWACSイーグルアイ。作戦全機に通達。コスナー作戦の開始を繰り上げる。作戦開始は1220。繰り返す、作戦開始は1220。上空援護の任に就く機は留意されたし』
「なんですって!? まだ運河の向こうのベルカの制圧も、両岸の制圧もできてないじゃない!」
『連合軍司令部の決定だ。全機突入準備』
 イルーネは喚き返してから、きっ、と後方、オーシア艦隊のいる方向を睨みつけた。
「オーシアめ! 手柄を焦って我々を捨て駒にする気ですの!?」
『敵機接近!』
『ルビー1、迎撃を!』
「……ッ、ルビー全機、続きなさい。ベルカの騎士気取りを蹴散らしますわよ!」
『ルビー2了解。準備よし』
『ルビー3から6、準備よし』
「ルビー隊エンゲイジ」

『――繰り返す、作戦開始は1220。上空援護の任に就く機は留意されたし』
『なんですって!? まだ運河の向こうのベルカの制圧も、両岸の制圧もできてないじゃない!』
『……隊長?』
「オーシアの連中はせっかちでいけないわね。聞いたわね皆。まだ残り二つの作戦も進行中よ。運河上空は乱戦になると思いなさい」
『了解』
『了解です』
「オーシア・ウスティオからも迎撃機が出てるわ。彼等の動きに注意。ベルカと間違えて撃たないように。特にアイス。あなた目いいんだから、機影だけで判断しちゃ駄目よ。ちゃんとIFF見なさい?」
『了解』
「ヴァウ、ガートモンテス、聞こえる? コストナーが繰り上がったわ。まだ終わってなければ上にいるから、援護が欲しければ言ってきなさい」
『了解だ』
『あいよ姐さん。ガートモンテス1、投下!』
『イーグルアイよりアイリス隊。ベルカ軍攻撃部隊と思われる反応多数。迎撃せよ』
「アイリス1了解。アリオラ全機、間隔を広げなさい。左右と後ろは「連合」の皆様に頑張ってもらうわよ。私達は正面から行く」
『2了解』
『3了解』
『ヘリファルテ了解』
『ローボ了解』
『ヴェンティ了解』
「さあ、ショーを始めるわよ」

『畜生! 九番機ロスト! バロン! 支援はまだか!』
『頑張れ、間もなく到達する』
 頑張ったところでシュペル・エタンダールの性能でどうにかなる相手ではないってのに。後方警戒レーダーがけたたましく悲鳴を上げる。追われてるのは知ってる。だから黙ってろ、気が散る。
『……クククククッ、さあ我がひみつへーきの威力、思い知るがいい! 前方のオーシア編隊、「悪ィ」揺れるぞぉ!』
 ――は?
 唐突に聞こえた声に、意味もわからず空を見上げた。その瞬間。
 ぎゃいんッ。
 聞いた事もない金属がすり合わせられるような音が轟いた。直後に襲いかかる意味不明なショックウエーブ。
「な――!?」
 必死に機体を引き起こし、全天索敵。タイガーミートのスペシャルマーキングかと思うような派手な塗装のSu27……いや37が頭上を飛び過ぎていく。
「なんだ……ありゃあ」
『イーーーーーーーーーハァ! 巡洋艦一隻頂きだ!』
 何かの冗談としか思えない機体のパイロットが奇声をあげて一回転ロール。……無線に混じるのは……ナイトウィッシュ?
「趣味じゃねえ」
 呟いて、レーダーを見るとレーダーは真っ白だった。またECMか、といい加減嫌気がさしながら顔を上げる。
《なんだ今のは!?》
《野郎何を撃ちやがった! レーダーが見えん!》
『なんだかわからんが好機だ。攻撃隊、急げ。間もなく到達する!』
 バロンの声に我に返る。そうだ、俺は追われてるのだ。一刻も早く、友軍機の援護の元へ。これ以上は入らないスロットルレバーを、無意識に押し、俺は前方を凝視した。光った。味方だ!
『ようやくか! 空軍、後は任せるぞ!』
 隊長機の声に後ろを振り返る。隊長のバッカニアが、煙を吐いている。
「隊長!?」
『さあ行けヒヨコ共。老いぼれはここまでだ。後一〇秒稼いでやる、逃げろ!』
 エアブレーキを展開したバッカニアが、急角度でターンする。隊長は、やる気だ。あんな機体で、あんな最新型と!
「隊長!」
『ああそうさ。俺は隊長なんだ。だからお前らを守る義務がある。お前らを「勝利」させる義務がある。空軍、俺のガキ共、減っちまったが、勝たせてやってくれ』
『……承知した』
『悪い、ガキ共、俺はここまでだ』
 いきなり編隊の中心に踊り込んだバッカニアに、F35の編隊が算を乱してブレイク。これで敵は速度を失った。
『隊長!』
「……振り返るな! スロットル焚け! 逃げるんだ!」
 生き残った仲間の悲鳴に耳をふさぎたい気持ちになりながら、俺はスロットルに手をかけたまま叫んだ。隊長が言った。逃げて、勝てと。だったら俺達はそれに従わなければならない。
 何故なら俺達は彼の部下で、彼を勝利させる義務があるから。

「今日も今日とて、空は大変な事になってるわね」
 見渡す限りの対空砲火。入り乱れるコントレイル。敵も味方も通信は混乱し、己の技量が生きる為の最も有効な手段となる。いつの時代も大規模作戦というのはそういうものだ。地上のどこかで地図記号を動かしているだけの幕僚には絶対にわかりっこない、地図記号の中の数字の一つの戦い。
『イーグルアイよりアイリス隊。方位360より敵編隊接近。敵は低空から侵入。恐らく攻撃機だ。艦隊に近づけるな』
「アイリス1了解。2、3、後ろに。ヘリファルテ、ヴェンティは各個に敵編隊を攻撃」
『あいよ姐さん』
『了解です』
「ローボ、あんた達が一番数多いんだから、上から来る連中はあんた達に任せるわよ」
『ローボ1了解。姐さんとヴェンティにゃ近寄らせません』
『待ててめえダビド、俺は!』
『……え?』
『えじゃねえよ!』
「そこまでよ。敵編隊を確認。アイリス、エンゲイジ」
『了解。アイリス2エンゲイジ』
『アイリス3エンゲイジ!』
 正面に一列に並んだ編隊。恐らくはイーグルアイの言う通り、対艦攻撃機だろう。
『敵機、トーネード』
「トーネード? ガートモンテス、あなた達、いる?」
『そいつぁ俺らじゃありません。俺らなら西岸でドンパチってまさあ』
「了解。敵よ。アイス、あなたにあげるわ」
『了解。行きます』
 編隊の先頭にたったアイスがバーナーを焚く。この子、ヘッド・トゥ・ヘッドする気?
 加速する二番機の後ろにつき、周囲を見渡す。遠くから、ぽつりぽつりと編隊らしき反射光が群がりつつあった。
「こりゃ……色々と大変そうだわ」
『ゼロタイミング。二秒発砲。3、2、1、0』
 機関砲弾幕で二機が爆散。爆撃態勢に入った敵は容易にコースを変えられない。一機が攻撃を断念して翼を翻す。
「やる気がないのはほっときなさい。まだ来るわよ」
『了解!』
『ローボ1より姐さん、上もお客さんです。二個飛行隊ばかり上にいます。畜生、散開しろ! 一機でも堕ちてみろ、ただじゃおかねえぞ!』
 ローボの編隊がきれいに散開。上空から被さるようにベルカ軍機がまとわりつく。
「イーグルアイ、上空援護はどうなってるの」
『サピン海軍のルビー、ウスティオ空軍のガルム、オーシア空軍のウォードッグがそちらへ向かっている。随時上空援護は増やしていく。安心して攻撃隊を叩け』
「了解イーグルアイ。聞いた通りよ。ヘリファルテ、ヴェンティを連れて左翼へ回って。西岸側からも来てるわ」
『了解。おらヴェンティ、ついて来い』
『ん』
 イーグルの一団が編隊を離れていく。ガルムが来る。つまりはあの化物じみたイーグル使いが二人来るという事だ。ウォードッグの名は知らないが、オーシアも自分の軍の空母をみすみす見捨てはしまい。相応に腕のある部隊だと思っていいだろう。ルビーも同様だ。みすみす自分の巣を敵にくれてやる程馬鹿ではないだろう。
『隊長、正面、更に四機。ジャギュアです。直掩にF16が二機』
「また古い機ね。了解。私が直掩を引き受けるわ。2と3は攻撃隊を」
『了解。フェザー、ついてきて』
『おっけー』
《艦隊を捕捉。いけるぞ!》
《警戒! 直掩がいるぞ……ジュラーヴリク? いや、チェルミナートルだ! 色は……黒!》
 紺色。ダークブルー。そこ間違えない。
《気をつけろ、サピンの外人部隊だ》
 あら。私達も顔が知られちゃったかしら。
 攻撃隊の上空に位置していたF16が増速、左右に散開しながらこちらへ向けて降下してくる。アイスとフェザーはそのままロックオンしつつ直進、私はブレイクして上昇。さあ、どうする?
《行け、艦隊を沈めろ》
 二機の直掩は私の機体を無視して二人の機体へ降下してくる。
『フェザー、私のノズルだけ見てなさい』
『わかってる』
『隊長、信じてますよ』
 そういう事言われたら、頑張るしかないじゃないの。
 エアブレーキを展開、上昇を中断して機体を水平に。緩くロールして斜めから敵機にアプローチ。F16はわき目も振らずに攻撃隊を守ろうと二人へ迫っている。
《いいカモだ。攻撃隊、もうしばらく我慢しろ》
「あなた、私の事、忘れてない?」
 アイスがミサイルを発射、続いてフェザー。
『隊長?』
「任せて」
 背後についたF16へミサイル発射。
《くそっ!》
 ブレイクした敵機の内一機に命中。
『こちらアイス、1キル。フェザー2キル』
「まだ一機残ってるわよ。撃たせないで」
『了解。再攻撃。後ろからいきます』
 大きく旋回した二機がすれ違いざまに攻撃機の残りの後背をとる。
《くそっ! せめて一発でもくれてやる!》
《やらせるか!》
 護衛も必死だ。華奢なF16で分解寸前の強引なターンでなんとか射撃位置へ回ろうとする。
『ローボ1よりリーリオ1、そちらに二機抜けます!』
「二機なら上出来よ。残りを押さえつけときなさい。ヘリファルテ!」
『こっちは大丈夫。全機堕としました。ヴェンティが二機キル』
「聞いたわね。後はこいつらだけよ」
『了解』
 もはや帰還を考えていない敵攻撃機はバーナーを全開にし、少しでも射程に近づけようと必死に速度を稼ぐ。だが、後背に位置するアイスの射程から逃れられる程の速度は稼げない。
『アイリス2、FOX3』
《ロック!? 畜生――!》
 贅沢にも長距離ミサイルを使ってアイスが更にスコアを重ねる。これでアイスの撃墜は戦闘機一〇機。爆撃機撃墜を含めれば合計一二。正真正銘のダブルエースだ。

『畜生、あいつら、サピンの外人部隊だ! 誰か奴をなんとかしろ!』
『ボストラー2より1。あいつらは……』
「隊長達をやった奴らだ」
 自分が隊長に就任したのは、一月足らず前、開戦直後の戦闘で先代の隊長が撃墜されたからだ。「旋風」の名を轟かせる新生ボストラー飛行隊の隊長は、自分達の隊長を堕とした部隊、それがあの黒いSu37の三機編隊。
『包囲を抜けたのは僕達だけみたいだ』
「十分だ。やるぞ、2」
『了解』

『警告、アイリス1、敵のレーダー照射を受けている』
 振り返ればそこに二機のSu27がいる。
「ちっ。フェザー、後ろにF16。あなたがなんとかなさい」
『了解!』
 フェザーの返事を聞きながらエアブレーキを展開、フルターン。
「……ついてくる?」
 Su27は酷く密集した編隊のままきれいにこちらの軌道をトレースしてきた。なるほど、ローボが抜かれるわけだ。腕がいい。
「これは、ちょおっと、きついかもね……」
 オーバーシュートを狙ったシザースも、きれいにトレースされる。二機の動きは、まるで一人の人間が一機を操っているかのような動きである。
『アイリス1、貴機の後方に敵機。西側から仕掛けるぞ。頭を下げてろ』
 以前にも聞いた声がレシーバーに届く。
「片羽!」
『ゼロタイミングで左へ。3、2、1、0!』
 言われた通りに、機体を左へ目一杯振る。機体がきしむ音が聞こえたような気がする。
『よし相棒、こいつは俺達がいただくぞ』
『いいだろう』
『隊長、後ろ、クリアです。例の猟犬がもっていきました』
 先行しているはずのアイスの声に、機体を水平に戻した私は周囲を確認。上空から二機の部下が戻ってくる。
『アイリス2より1、一機撃墜です』
「了解。攻撃隊は?」
『我々にあてがわれたのは全て撃墜。第二波とローボ・ヘリファルテが交戦中です。これで終わり、という事はないでしょうが……』
『ローボ1よりリーリオ1、こっちは手一杯だ! 攻撃隊がいくつか手付かずで抜けちまう!』
『ヘリファルテよりローボ。俺達がいく。そのままそいつらとじゃれてろ!』
『あいよ!』
 よくやっている。この一ヶ月あまりで、彼等の技術は著しく向上している。
『イーグルアイよりアイリス隊、敵編隊第三波・第四波接近中。対応できるか』
「了解イーグルアイ。恐らく次のコンタクトでウィンチェスター」
『了解。攻撃後はクラーファス野戦基地へ向かえ。位置はわかるな?』
「地元ですもの。了解よイーグルアイ」
 高度を変え、敵編隊に正対する。
「アイリス1より各機、方位270・高度2000から2500にトーネード3機。対艦兵装の搭載を確認。1と2でやる。3はバックアップ』
『了解』
『了解』
 一直線に並んで突進してくる。こういう手合いは、先頭機がリーダーだ。そいつの鼻面をひっぱたいてやれば逃げ出すだろう。
「アイリス1、FOX3」
 最後に残ったミサイルを放り出す。続いてアイスがミサイルを撃ち出す。私の放ったミサイルは見事に命中。先頭機の破片をもらった一機、アイスのミサイルの至近弾を受けたもう一機がブレイク、左右に旋回して離脱を図る。
「ほっときなさい。といっても、もう弾がないけど」
『了解』
『了解です』
『ウォードッグ・リーダーよりアイリス隊。このエリアは俺たちが引き継ぐ。あとは任せてくれ』
 オーシア国防軍の記章をつけたF14が私達の左後方へつけてくる。なるほど、編隊の腕はいいようだ。
『アイリス1了解。ちょうど今ので弾切れ。お言葉に甘えさせてもらうわ。アイリス隊全機、一旦補給に戻る』
『了解』
『続きます』
「ローボ1、いない間任せるわよ」
『了解ですリーリオ1。空域内の全サピン機、我々は正面からの敵機に集中。左右はオーシアとウスティオに任せろ!』

『隊長、後方に敵機!』
「ちっ。2、なんとかしてくれ」
『了解。少々ご辛抱を』
 後方に張り付いたのはラファール。サピン海軍か。連中も必死というわけだ。私は軽いジンキングで翻弄しつつ、二番機が援護に来るのを待つ。
 それにしても、例のSu37はどこだ。
 作戦中の編隊長としてはあるまじき態度かもしれないが、私は過去二回に渡って相対しているサピンの外人部隊の姿を探していた。これだけの作戦だ。必ず防空隊にいるはずだが、今のところその姿は見えない。もっとも、これだけ広範囲に及ぶ戦闘空域で、求める一機を誘導もなしに見つけるのは至難の業と言えるだろうが。

『隊長、三時上方から敵機!』
「見えてますわ」
 存外によく動くMig29を追尾するイルーネは軽く言うと機首を跳ね上げた。スロットルを絞り、速度を殺しつつ、スナップアップ。再びスロットルをオン。
《気付かれた!?》
 ロールを入れて敵のガンアタックをかわす。
「サピンのフラメンコはお気に召しまして?」
 そのままハーフループで機体を降下させ、敵機の背後へ。その機動は優雅ですらある。
《ちぃ、やりやがる!》
「そこまでですわ」
 R550を射出。フレアの放出も虚しく、ミサイルは敵機に命中。
『ルビー1、バンディットダウン』
『敵編隊が後退を開始した』
「これで終わりですかしらね? 存外に骨のない」
『警告、敵第七波、八波接近』
「まだ来る……ベルカの国力は、こんなにありましたかしら」
『艦隊はやっと運河の半分まで進んでいる。全機引き続き頼んだぞ』
『艦隊は何をノロノロと! ガルム1、冷静に敵を落としていこう』
『了解だガルム2』
『ローボ1よりサピン全機。数に踊らされて 味方を落とすなよ』
「誰がそんなヘマしでかすものですか」
 空軍の通信に、思わず声が出る。連中もよくやっているが、いかんせん数に押され気味。戦線を支えているのは、ウスティオの傭兵部隊だった。それがイルーネには腹立たしい。
『姐さんが戻るまでの辛抱だ。支えてみせろ!』
《なんとしても死守しろ! 連合軍を勢い付かせるな!》
 敵も味方も総力戦。だが、運河に艦隊を入れた時点で勝負は半分決まっている。飽和攻撃も、だいぶ密度が薄くなってきていた。
『作戦全機、間もなく両岸にオーシア・サピンの地上部隊が到達』

「俺がハイウェイスターだってなァ。そろそろ運河が見える頃だ。残ってるのは僅かなもんだろうが、それでも当たると痛ぇからな。周辺警戒を怠るな」
 フトゥーロ運河から東へ2km。既に上空は「連合軍」とベルカの航空機が激しくコントレイルを入り乱れさせている。ベルカ陸軍の抵抗は圧倒的名航空支援に削り取られ、微々たるものに収まっていた。主戦場は、空。空母艦隊のフトゥーロ運河通過を阻止すべく大量の攻撃機を差し向けたベルカと連合軍の防空部隊の間で激しい戦闘が繰り広げられている。
「楽なもんだが……敵の姿が見えないんじゃ、ある意味安心もできやしねェ」
 快適性などかけらも考えられていない車中、車長席のペリスコープで周囲を警戒しながらハビエル大尉は一人ごちた。
『まだ歩兵が残ってるかもしれませんし、ロケットの類でも持ってこられた日にゃたまりませんからね』
「全くだ。全車、警戒を怠るなよ」
 言ったそばから、街路を走っていた僚車が突然吹っ飛んだ。
「畜生! 全車停止! なんだ! どこから撃たれた! クソッタレめ!」
『501号、何も見えません!』
『332、発砲炎未確認! RPGの類の噴射煙も見えませんでした!』
 隊列はほぼ一列。待ち伏せの類でないとなると……。
「……地雷、か?」
 炎上する味方戦車は、右の転輪の前部を破壊されていた。あの位置を破壊するなら、誰かが発砲炎か噴射煙を見ていないとおかしい。
『発砲炎! 二時方向!』
「畜生罠だ全車後退!」
 一瞬遅れて、砲弾の雨がハビエルの戦車隊めがけて降ってくる。僚車が次々と食われる中、ハビエルの戦車が一瞬遅れて後方へダッシュする。地雷で足を止め、そこへ一斉射撃。レオパルド2以上の機動戦闘能力を持つAMX32に対抗する為、ベルカが考えた策がこれなのだろう。
 これみよがしに姿を晒したベルカ戦車の一群は次々に次弾を放ってくる。フトゥーロ運河の港湾施設へさしかかろうかとしていたハビエル達ヴィーボラ隊には身を隠す遮蔽物もない。
 本来ならば、高速で接敵、敵の対応外の高速で接敵、機動戦でカタをつけるところだが、前方には地雷。そして地雷原を挟む形で布陣したベルカ軍。これでは、どこまで行けば地雷原から外れるのかもわからない。前進は不可能だった。
「ちぃくしょう、ベルカ野郎め。癪に障る真似してくれやがる……」
『大尉! MLRSです!』
「んだとォ?」
 Multiple launch rocket systemすなわち多連装ロケット砲システム。安全距離にあるが故に投入可能な火力支援兵器である。だが、妙だ。MLRSの弾頭は、いわゆるキャニスター弾がほとんどで、戦車の装甲を貫通できるようなものは――。
 いきなり、ハビエルの隣の戦車が吹き飛んだ。
「なんだ!? 連中何を撃ってきやがった!?」
『ば、馬鹿でかい……対戦車ミサイルです!』
「んなろ……!」
 ATACMS。通常六発×二のロケット弾コンテナで運用されるMLRSの発射コンテナに、それぞれ僅か一発づつ装填可能な大型対地ミサイル。本来ならば、重砲として前線から離れた場所で使うものだが、あいにくと、彼らには後退する場所がなかった。後ろは海。つまるところは、ハビエル達はそこまでベルカを追い詰めていたわけだが、ここに来て形成は俄然逆転の様相を呈し始めていた。
「クソッタレ、あのバカでかいの、なんとかならねえのか! HQ! HQ! こちらヴィーボラシックス、クソッタレのMLRSに地雷原、いい的にされてる! 航空支援は!」
『イーグルアイよりヴィーボラ、現在サピン空軍のガートモンテスがそちらに向かっている。もう少し辛抱しろ』
「辛抱してる間に丸焼けにされちまわぁ! とっととあのクソMLRSをなんとかしてくれ!」
『アイリス1よりヴィーボラシックス。奇跡をご所望かしら?』
 聞き覚えのある声に、一方的に撃ちまくられているにもかかわらず、ハビエル大尉の顔は綻んだ。
「女神様か! 毎度すまねぇ! 俺達の西側、二時の方向にMLRSがいやがる! あいつをなんとかしてくれ!」
『了解。雨をご所望ね。30mmで我慢してちょうだい』
「降水量が多いなら文句なしさね」
『フェザー、先頭に立ちなさい。間隔を広げて一斉射』
『了解!』
 上空を、濃紺のスリーサーフェイスが飛び過ぎていく。
『警告、敵航空機接近』
『データリンクしといて。掃射が終わったらすぐに対応するわ』
『了解した』
 間隔を広げた編隊が一斉にガンを発砲。遠くに小規模の二次爆発が見える。
『これで少しはマシになったでしょう。私がやる。下がってなさい』
『了解』
『了解です』
 一機だけがいきなり機首を跳ね上げた。そのままハイレートクライムを続けながらミサイルを放出する。一瞬後、空に火の玉が二つできあがった。
「なんてこった……あの女神様、本当にいい腕だぞ……」
『ヴィーボラ、どう? 少しはマシになった?』
「まだ撃って来てはいるが、本数が減っただけでもありがたい。しかし、敵にまだ接近できない。地雷原があるんだ」
『ヴァウよりヴィーボラシックス。いい物を持ってる。待機していろ』
 突如回線に聞きなれないイントネーションの言葉が混じった。どこかの訛りらしいが、よくわからない。
『さあ行くぞ。ヴィーボラ、そのまま動くなよ』
 北側から侵入してきたF105が、ヴィーボラと敵防衛線の間に落としたものは、ナパームだった。
「ナパーム? 燃やしたって地雷は……」
『北側の斜面へ回れ。そこからなら敵の位置は丸見えだ。斜面にもう一山落として壁を作る。それで接近しろ』
「……なるほど。これなら連中のミサイルも意味がねえ。全車回頭! 北側の斜面へ回り込むぞ!」
『ガートモンテス1よりヴィーボラ。地雷の処理ならいい物を積んでる。お前達が突撃に必要な道をあけてやる』
 ようやく戦域に到達した本来の支援機の自信満々さに、ハビエルもさすがに眉をひそめる。
「何を持ってきたってんだ……?」
『滑走路攻撃用のディスペンサーだ。こいつを低空でバラ蒔いてやる。ウチの三機で蒔けば、かなりの地雷を処理できるはずだ。ベルカ野郎を蹴り飛ばしてこい』
「了解だ空軍。さあ野郎共、行くぞ!」
 上空を飛び過ぎて行くトーネードの三機編隊を見送り、ハビエル大尉はチャンネルを切り替えた。
「味方攻撃機の爆撃に合わせて突撃する。全車、覚悟を決めろ!」
『332号了解!』
『486了解! やったろうじゃねえか!』
『377、いつでもいけますぜ!』
「王の栄光を。全車突撃!」

『イーグルアイより作戦参加全機、敵編隊が後退を開始。間もなく艦隊は運河の通過を完了。作戦は成功だ』
『こちらオーシア海軍第三艦隊旗艦、空母ケストレル艦長ウィーカーだ。我が艦隊は運河の通過に成功した。多少被害は受けたが……なに、大事はない。航空部隊の諸君、支援に感謝するぞ』
 疲れ切った声のオーシア艦隊指令の声に、戦場にいる連合軍兵士から一斉に快哉があがった。
「そんな事はいい……! ヴァレンティノは! ヴァレンティノはどこですの!」
 イレーヌはそんな雄たけびをあげる無線を尻目に、必死に眼下の海を見下ろしている。オーシア艦隊に道を開け、「運河ごしに展開しミサイル攻撃を行う」ような布陣でベルカ攻撃機を引き付けたサピン艦隊。彼女の家は、燃えていた。
「……な……! ヴァレンティノ! ヴァレンティノ! こちらルビー1、応答を!」
 反応はない。艦隊の半分ほどは煙を噴き、既に半分程海中に没している艦もある。ヴァレンティノも、煙を吐き出していた。
「ヴァレンティノ! 誰か応答を! ヴァレンティノ!」
『……こち…プリンシペ………ヴァレン…ィノ。ルビー…聞こえるか?』
「ヴァレンティノ、感度不良」
『これだ…やられた……。勘弁して…れ。本艦…沈……い。繰り返…、本艦は沈まない』
「無事なのですね? 無事なのですね!?」
『沈まないってだけだ。飛行甲板はおしゃか。君達を降ろせない。ついては……諸君らの受け入れ先だが、それは上空のAWACSに聞いてくれ。こっちもまだダメージコントロールで走り回ってる。諸君が無事でよかった』
 思わず涙しそうになりながら、イルーネはコクピットの中で何度も頷いた。
「そちらも、ヴァレンティノ。交信終了。イーグルアイ、聞こえてまして?」
『イーグルアイ、受信している』
「私達はどこへ? 降りる場所がなくなってしまいましたわ」
『連合作戦本部からの通達だ。ルビー隊はアリオラ空軍基地へ。以後、別名あるまでアリオラから飛んでもらう』
「アリオラ? 教導団の基地か……了解。この空域にアリオラの者は?」
『アイリス隊とローボ隊がいる。他の者は一足先に戻ったようだ。彼らと一緒に行くといい』
「了解、イーグルアイ。ルビー全機、聞きましたわね? 我々は陸に上がります」
 言いながら、イルーネはアイリスの名に不整合感を抱いていた。海軍の部隊は伝統的に宝石の名で呼ばれ、陸軍は蛇等の爬虫類、空軍は鳥や猛獣が多い。それも、リーリオならまだしも、オーシア語のアイリス、とは。
『ルビー隊、こちら第3航空騎兵隊第8特殊作戦群第14飛行隊アイリス。アリオラへ連れて行けとの指示を受けた』
 そのアイリスからの通信に、イルーネは首を巡らせた。する、とどこからか現れた特徴的なスリーサーフェス機が隣に並ぶ。
「Su37……?」
『ルビー隊、私達が先導する。編隊の後方へつけられたし』
 三機だけのSu37は、後方に八機のF20を連れている。どちらも、サピンの採用機ではないはずだ。おまけに、Su37のパイロットは女らしい。
「ルビー1了解。編隊後尾につく。ルビー全機、続きなさい」
『ルビー隊、ようこそアリオラへ』
 イルーネはこの時、アリオラ編隊の半数が外人部隊員で締められる事、そして海軍からの出向扱いで第8特殊作戦群へ編入される事をまだ知らなかった。
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Y's@カラミティ
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自己紹介:
エースコンバットシリーズ好きのいい年こいたおっさん。
周囲に煽られる形でついにSS執筆にまで手を出す。

プロフ画像はMiZさん謹製Su37"チェルミさん"長女。