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エースコンバットZEROのSS「PRIDE OF AEGIS(PoA)」の連載を中心に、よもやま好き放題するブログ。只今傭兵受付中。要綱はカテゴリ「応募要綱・その他補則」に詳しく。応募はBBSまで。
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未来今その次世代に向ける
この偉大な神に導かれる構想
未来今その次世代に向かう
この偉大なる神に授かる創造

――アルロン地方南東部 1995年4月12日0058hrs


『We will we will rock you!!』
 先行する攻撃隊が、高らかに歌っている。信じがたい事に、その半分以上は正規軍だ。
 気楽なものだ、とエルネスト・アマリージャは嘆息する。戦技班として名高いアリオラ。基地所属のパイロットの気質は使用する機体と同様一風変わってはいるが、これほどではなかった。傭兵共にあてられたか。
 ――傭兵。
 アマリージャは、そうした存在に頼らねばならない自国の現状を憂い、同時に、それらが「主力」になっているというウスティオに哀れみすら覚えた。
 だが、それが戦争というものであり、アマリージャの母国は「ズタズタに切り分けられて好きに喰い散らかされている」状態であり、なお戦おうというのならばそれぐらいの妥協は必要なのかもしれなかった。少なくとも、サピンはまだとれる手がある内から屈服はしない。これまでもそうだったし、これからもそうだろう。そうであらねばならない。
 そう考え、アマリージャは無線のスイッチを切った。この任務に無線は必要ない。必要があるとすれば、二つの状況が考えられる。
 一つ、作戦が成功し、基地へ帰還した際の着陸誘導。
 二つ、自機の存在が露呈し、被弾・撃墜された場合。
 どちらがより好ましいかは、改めて考えるまでもないが、少なくとも現状、そのどちらでもない以上、そのスイッチを切ったところで何の問題もない。どのみち、自分と、自分の部下達はEMCON状態にあり、自身からは一切の波を出していない。
 太股にくくりつけたクリップボードに目を落とす。そろそろ攻撃態勢に入った方がいい。アマリージャは信号灯のスイッチに手をかけた。翼端のライトでモールスを送るのだ。いくら視界が極端に悪いF117のコクピットとはいえ、真後ろに連なる部下には、それがはっきりと見えるはずだった。
 もっと言えば、その信号灯は、真後ろに占位していないと見る事はできない。手馴れた手つきで、かちかちと信号灯を発光させる。

 ――全機攻撃態勢。無線封止は維持。三分後に3Gで三秒左旋回。その後降下し、爆撃行程に入る。

 背後にいる部隊がそれをきちんと確認したかを確かめる術はない。部下達が、先頭を行くアマリージャの機体を見失っていない事を祈るしかない。
 アマリージャ達の目標は、アリオラ基地へ続く数本の幹線道路、その一角にかかった河川橋梁にある。それほど深くも、川幅もない川だ。その気になれば戦車は川を渡る事もできるだろうが、その決断を土地勘のない者が夜にするには、少しだけ考えねばなるまい。そして、対応部隊の到着を遅らせる時間は、一秒でも長い方がいい。
 時間が来た事を確認し、アマリージャは愛機を緩くバンクさせた。
 漆黒の闇夜に溶け込んだ夜鷹は、獲物を目指して僅かに頭を下げる。彼等の任務は華々しいものではない。むしろ地味を通りこしている。だが、そうあるべきなのが夜鷹。彼等第999特殊試験評価航空団だった。彼らがその存在を、歌って示す必要はない。彼らがいた証は、数分後に大きなクレーターで示される事になる。


――アルロン地方南東部 1995年4月12日0032hrs


 デジタルの時計表示がじりじりと数を減らしていく。自分がこの場に留まっていられる残り時間だ。既に兵員は地上に展開し、距離を置いて待機している。どの道、自分が彼らを連れ帰る事はない。時間まで援護し、自分は先に帰る。この作戦における彼の仕事は、そこで終わる。
 最も重要な「兵員の輸送」は完了した。後は、自分が生き残ればいい。
『ハウンド1、ハウンド1! 施設西側でクソッタレのマルダーに釘付けにされている! あいつを吹っ飛ばしてくれ!』
 地上にいるはずの部隊から支援要請がくる。燃料は既にギリギリになっている。これから戦場に向かう事は難しい。
「ハウンド1了解。南から進入する。頭を下げていろ」
『さっきから下げっぱなしだ。はやくしてくれ!』
 機内に残った者は、誰一人キョウスケの行動を非難しなかった。むしろ、要請を却下した場合に、非難したのかもしれない。
 キョウスケは機体を傾け、北へ針路を取る。今のところ作戦は順調に進んでいるが、それをご破算にしようとしている装甲車がいる。闇夜の中で、マルダーの発砲炎は鮮やかに見えた。暗視ゴーグルなど必要なかった。
 翼下に提げたロケット弾を数発放り込む。苦手だ、などとは言っていられなかった。慎重に狙いをつけたにもかかわらず、命中したのは五発目だった。
 警報が響く。デジタル表示がゼロを並べていた。
「ハウンド1、燃料切れだ。これより戦域を離脱する。皆の幸運を祈る」
『了解だハウンド1、傭兵にしちゃあいい仕事だったぞ。基地まで機体を壊さずに持って帰るんだぞ』
「ハウンド1、了解。RTB」


――アルロン地方南部 1995年4月12日0140hrs


「全車突撃! 王の栄光を!」
『了解! 小隊全車突撃! 連中に、俺達が同じ事ができると教えてやれ!』
『355了解!』
『473号車了解!』
 ハビエル大尉の命令に、中隊の戦車が一気にアリオラ基地へ向けて疾駆しはじめる。既に中隊は半数近くにまで減っている。せっかく再編成したのにな、とひとりごちる。ここまでの強行軍で落伍した中には、あの日を生き延びた車両も四台含まれた。
「エンジンが焼き付くまでブン回せ! 軍曹、照準はァ!」
『合ってます!』
「ならあのベルカ野郎をとっとと吹っ飛ばせ!」
『了解!』
 走行しながら、ハビエルの車体が轟音と共に大質量の高速鉄鋼弾を撃ち出す。
「命中! 次、二時方向、レオパルド2。弾種HEAT!」
 AMX30に乗っていた時にはけして口にしなかった目標名をマイクにがなる。
『装填!!』
「てぇ!」
 二発目。
「命中。こりゃ詐欺だ。ベルカ野郎め、こんないい戦車を使ってりゃあ、そりゃあいい気にもなるだろうな。次! 弾種HEAT、二時方向、レオパルド2、旗付き」
『装填! これからはいい気になってる暇はないでしょうな』
「俺達がそうさせるんだ。撃ェ!」
 三発目。かつてハビエルは、僚車に「三発以上同一地点で撃つな」と命令した。今度は、一発も同じ位置で撃っていない。命令するまでもなかった。彼等が乗り換えた戦車は、それ程の性能を有していた。

 練度は、圧倒的にベルカの方が高い。しかし、サピン側には大きな利点があった。
 一つは、今度はベルカが腰を据えて、その場を守る必要がある事。お得意の機動戦術は使えず、サピン軍の侵攻を止めるには、自身が頑丈なトーチカであり続けなければならない。
 二つ目、こちらの方が重要だ。「再びけなげにも立ち上がってきたサピン軍」が、まさか自分達と同じ戦車を持ち出してくると思っていなかった事。
 三つ目、これは最重要だった。ベルカ将兵が初めて目にするAMX32の機動戦闘のスピードは、レオパルド2のそれを大きく上回っていた事。AMX30によく似た、ぱっと見は「戦時急造型」のAMX32は、反則のようなスピードで走りながら撃ってくる。しかもそれが、当たる。それだけならまだしも、そいつが撃ち出した弾は、レオパルド2の装甲を焼き切り、車内に高音のジェットガスを噴出させる能力を備えていた。
 戦車のシルエットが見えても、ベルカ軍は鼻で笑っただけだった。AMX30が使い物にならないガラクタである事は、戦争開始から、他ならぬ自分達が証明してきたのだ。その戦車が、AMX30ではない事を確認しても、彼らはそれに脅威を見出さなかった。
 そのつけを、彼等の多くは命で支払う事になった。撃てるはずのない高速でその戦車は発砲し、「そんな速度で撃って当たるものか」と呟いたベルカ車長は、二秒後に車内に噴出した高温のジェット噴流で焼かれた。
 誰かが、サピン軍の車列の中に、自分達と同じ車両がいるのに気付いた。
 その時には手遅れだった。
 サピン軍は、道行く街を再占領しなかった。戦車の抵抗を排すると、歩兵には目もくれず、更にスピードを上げて北上を開始する。
 随伴歩兵が展開し、市街を奪回するべく戦車と連携して攻撃してくる。通常ならばそうだった。しかし、サピン軍は、何が起こっているかを把握する暇のない歩兵を置き去りに、そのまま北上を続けて行った。燃える自軍の戦車を見つめ、ベルカ軍歩兵達は、一体彼らはどこへ行くのだ、と首を捻った。確かに歩兵は戦車の目標には「なりにくい」。しかし、無視をする程ではない。その目標は戦車を頂点に、徐々に装甲の薄い目標へ移って行くはずだった。嵐のように現れ、サピンの戦車は必要な目標を破壊すると素早く姿を消した。
 もっと奇妙な事は、一向に歩兵が姿を現さない事だった。機銃陣地につき、MG3を構えた機銃手は、ついに銃口を上げ、何もやってこない町の南側を見つめた。自分達はサピン軍の幽霊でも見たのだろうか? それにしては見た事のない戦車だったし、すぐ一〇〇m先で、撃破されたレオパルドが黒煙をくすぶらせている。ああ、これはやっぱり現実だ。
 それでも、サピン軍の目的はわからなかった。歩兵達は、突然自分達が戦争から切り離されたように感じ、上層部への報告も要領を得ないものになった。
 奇襲は、うまく行くばかりではなかった。いくつかの町では、新型である事を認めた瞬間に指揮官が戦車を後退させ、街路を縦横に利用して待ち伏せ攻撃を行った。新型であろうと、自国と同一の車両であろうと、戦車の弱点は万国共通であり、それをつけばいい、と考えたのだ。それはまさに正解であり、ベルカは先のサピン軍と違い、「国民の家財を守る」為に市街戦を躊躇う理由はなかった。そうした判断を下した指揮官に率いられた部隊と、サピン軍戦車隊は、かなり激しい砲火を交える事になった。レオパルド2の主砲が、敵の新型を撃ち抜くのを見たベルカ軍戦車兵は自信を取り戻し、ショックから回復したベルカ軍部隊は、市街戦においても優秀である事を証明してみせた。
 しかし、それもあくまでも一時的なものでしかなかった。名前の発音が難しい街に訪れたばかりのベルカ軍に対して、サピン軍には「俺、この町の出身なんですよ」という者が必ずいた。そうした土地勘の面でベルカ軍は大きく後れをとっており、待ち伏せが成功したとしても、いずれはベルカ人が思いもしなかった位置から現れた敵戦車に撃破された。侵攻スピードは落ち、被害はそれなりにあったが、作戦が中断する程ではなかった。いや、作戦の中断、は最初からオプションに含まれていない。
 命令は明確だ。
 「可能な限りの速度でアリオラ空軍基地に接近、地上抵抗を排し、これを奪回する」
 それには、こう付け加えられている。「最後の一両が撃破されるまで、作戦内容に変更はない」
 つまり、たとえアリオラにたどり着くのが中隊の内一両の戦車であっても、その生き残った戦車は、南へ引き返す事を許可されていない。そのたった一両をもってアリオラ基地を強襲し、一両をもってアリオラ基地の抵抗勢力を排除し、一両をもってアリオラ基地を奪回しなければならないのだ。
 誰も死にたいなどと思ってはいなかったし、誰も最後の一両としてアリオラ基地に突入したいとも思っていなかった。
 戦車隊は、死に物狂いで前進したが、「あらゆる勢力を排除」はしなかった。戦車が通る為に必要な目標は排除するが、それ以外は一切を無視した。そういう命令だった。彼らが占領するべきはアリオラ空軍基地であり、その途上にある町は、可能であれば一切を無視しても構わないという命令を受けていた。
 サピン軍は、記録的なスピードで侵攻した。侵攻するだけでいいのだ。侵攻し、自分達に邪魔なものだけを排除し、その後の面倒を何も考えずに前へ進む。戦車隊に求められたのは、「勝利」ではなく「前進」ただ一つだった。「勝利」するのは、アリオラでだけでよかった。まるで演習のように、サピン軍はベルカ軍を襲い、後始末もせずに次の町へと向かった。後には、例外なく、自分達は誰と戦うのだろう? と困惑したベルカ軍歩兵が残された。どの町にも、サピン軍歩兵はやってこなかった。
 アリオラ空軍基地まで、残り四〇km。


――アリオラ市 1995年4月12日0020hrs


 サピン軍戦車隊が、何を考えているのか理解に苦しむ気違いじみた強行軍を各地で繰り広げている最中に、アリオラ市の各所では、散発的な銃撃音が響いていた。アリオラの市民は、それが戦闘である事は理解したが、何に対して撃っているのか、まるでわからなかった。
 銃声はあちこちで起こっていたが、それほど激しくはなかったし、サピン軍の姿も見る事がなかった。勇気を出して窓へ歩み寄った少年は、昔読んだ本のように、軍が空挺部隊をこの街にばら撒いたのだと夜空を見上げたが、そこには少年が想像するような無数のパラシュートはなかった。
 では、あいつらは何を撃っているんだろう? あいつらが「犯罪者」と呼ぶ、レジスタンスを相手にしているにしては、全市が戦場になっているようだった。レジスタンスはそれ程の人数はいないし、全市で一斉に戦闘が起こるような事を起こせるとも思えない。
 少年がそれを確信できたのは、彼自身、そのレジスタンスの一員だったからだ。ただの純朴な少年は、愛用の自転車で市街を走り回り、ベルカ軍に好奇の目を向け、その大きな戦車に目を丸くし、砲塔から上半身を突き出したベルカ兵の得意そうな顔を目の端に捉え、小柄で気のいい憲兵隊の曹長からママにくれてやれ、とミートソースの缶を放ってもらったりしながら、町外れの牧場主に特別なメモを届けたり、町の教会の床下にいる気難しいおじさんに今日駅で見た戦車の数を教えたり、酒場の上の、異様にカラフルなドレスを着たお姉さんから、ベルカ軍の兵士の身分証を受け取ったりしていた。
 だがそれも、あくまでもちまちまとした行為であり、彼等アリオラのレジスタンスが成し遂げた事と言えば、列車のポイントに細工して、行きたい方向に行けなくしたり、彼らが司令部にしているホテルの屋根に、特別な塗料で大きく×印を描いたり、と言った、ベルカ軍に抵抗する自由の戦士には程遠い地味な活動の連続であった。
 銃声に、一際大きな爆発音が混じった。一瞬遅れて、地震でも起こったような振動が少年の住むアパートを揺るがした。窓の外にはっきりと、真っ赤に燃え上がるホテルが見えた。あんな事ができるのは僕達じゃない。今度こそ少年は確信した。あんな事ができるのは、軍の特殊部隊だけだ。
 母親が血相を変えて少年の部屋のドアを開け、地下へ降りるようにと急かした。母親は、空襲だと思っているようだった。
 少年は自分の母親に、あれが空襲でない事をどうやったら納得させられるか考え、諦めた。地下室にいるのも、悪い事ではない。おしおきで閉じ込められるのでなければ。


――アリオラ空軍基地 1995年4月12日0100hrs


「急げ! どんどん上げろ! 敵は待っちゃくれないぞ!」
『タービンの出力があがらない! 畜生、早くしろ早く!』
「対空班は所定の位置につけ! 味方を撃つんじゃないぞ!」
 基地内にはサイレンが響き渡り、エプロンに引き出された機体が次々にタービンの唸りを上げていく。
 アリオラ基地内はまさに蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「スクランブルで上がれた奴は何機だ!?」
「六機です!」
「とっとと次を上げろ! まとめてハンガーで食われる事になるぞ!」
 レーダーが接近する敵機を捉えたのはつい一〇分前。それが偵察ではなく攻撃隊である事を確信するのに時間はかからなかった。
 せわしなく機体の間を走り回る整備員は時折不安げに空を見上げる。漆黒の夜空に味方のものらしきバーナー炎のきらめきが見える。が、こちらに押し寄せて来ているはずのサピン軍の姿は見えない。自軍機のジェットノイズで満たされた基地内では、音でその接近を知る事もできない。
 機付長にどやしつけられ、慌ててミサイルのピンを抜いた整備員は機体の下から駆け出した。
 遠く滑走路の向こう、基地の外で爆炎が上がったのは、その瞬間だった。
「始まった……急げ! 連中はすぐにでもここにやってくるぞ!」

『命中だスピカ1。攻撃隊へ、敵迎撃機接近。全機、攻撃を開始せよ』
『了解。ローボ1、一番乗り頂きますぜ。ローボ1より全機。俺らの初陣だ、行くぞ!』
『ローボ2了解』
『ヘリファルテ、段取りはわかってるな!』
『任せとけって。とっとと暴れてこい』
『お前がトチると俺が死ぬんだよ。ローボスコードロン、エンゲイジ!』
 鞭を入れて前に立ったローボが一斉に散開。フィンガーチップで接近する六機に覆いかぶさるようにスナップアップ。
『行くぞ。マラギェーニャス』
『了解!』
 バレルロールから背面状態で急降下。全機が全く互い違いに敵編隊との交差軌道をとる。
《コンタクト! 二時上空!》
《一〇時からも来るぞ!》
《散開! 散開!》
 上空から無秩序に落ちてくるサピン機に対応するべく、ベルカ編隊がブレイク。タイミングも、角度も針路もバラバラに、ローボ編隊がベルカ軍機に襲いかかる。
《畜生! どこから来るか見当がつかん!》
《後ろ! 後ろに二機!》
 小規模ではあるが、突然出現した乱戦に、ベルカが浮き足立つ。元々秩序だった機動を得意とするだけに、一度リズムを乱されると、戦場の緊張もあり、容易には立て直せない。
『リーリオ、第二波お願いします』
「了解。2、3、行くわよ」
『了解』
『了解!』
 ローボが作った戦場に介入すべく、高度を落としたままだった私達は同時にバーナーに点火。加速を開始する。戦闘空域の真下へ潜り込み、そこから一気にハイレートクライム。
《下からすごい勢いで上がってくる奴がいる!》
《どこだ!? 見えない!》
 擦過の瞬間、アイスが一機をガンキル。上昇しながら得意げに三六〇度ロール。特に勝利を誇っているわけではなく、アイスの一種の癖のようなものだ。ああして全天索敵をしないと安心できない性分らしい。
『敵機位置、三時方向に二、六時方向に一、八時方向に一、一時方向に一。全機下。Su27、或いはMig29と推定』
 一瞬で全天索敵を終えたアイスが報告する。夜だと言うのに、機種まで判別してくるとは。速度エネルギーをそのまま高度に替え、昇り切った場所で、私達はつかの間静止した。
「ご苦労様アイス。散開。全兵装使用自由」
 言いながら機体を一八〇度回転させ、降下に移る。
『了解!』
『了解』
「アイリス1、エンゲイジ」
 アイスとフェザーも同様にしながら、私の機から離れていく。
《畜生、また来るぞ!》
《上だ! 上!》
 この戦術は、元はと言えば教導団の教官隊が、訓練中に突然乱戦を作り出すのに使ったのが最初と言われる。飛行中の編隊に、合流を装い突然てんでバラバラに襲いかかるのだ。その後は、完全に各機の判断で機動する事になる為、予測・セオリーといったものが片端から通用しない。
 ただし、それを行うには単機での高い能力が求められる。味方も自分一人でてんで勝手に飛び始めるわけだから、自分の背中を守ってくれる者がいるとは限らないのだ。
 フリースタイルのフラメンコから、その飛び方をマラギェーニャスと呼ぶ。

《畜生、あのフランカー三機、どこから来た?》
《隊長機を狙え! 隊長機だ!》
《あの一番速い奴、あいつを狙え》
 食いついた。混乱する敵の通信に、私は思わず口元を綻ばせた。隊長ではなく私を「隊長機」と誤認した。後は、私に向かってくる奴はフェザーが片付けてくれる。
 アイリス隊の強さは、単機の戦闘能力にあるのではない。単機でも強いのは隊長ぐらい、それもSu37という高性能機が大幅に能力を増幅させている。
 では、アイリス隊の強みとはなにか。それは言うまでもなく、三機の連携にあるが、最大の強みは「指揮する者が誰かわからない」という点に尽きる。
 連携のよくとれた編隊、というのは脅威であると同時に、脆い。丁寧に作り出された編隊は、その連携を乱されると途端に統制を失い瓦解する。ちょうど今のベルカ編隊がそれにあたる。
 その手段として最も手っ取り早いのは、編隊の指揮をとる機を撃墜する事だ。そして、熟練したパイロットは「頭」が誰かを見抜く力に長けている。
 アイリス隊に籍をおく三機は、それぞれ隊長機と判断される要素をもっていた。
 低速の高機動戦において隊長にかなう人間はいないし、高速機動なら私が一番。フェザーは編隊の統制、こと他人の機動に合わせる技術は世界でも指折りと言っていいぐらいだ。その反応の高さは、やはり隊長機と誤認される要素を持っている。
『アイス、そっちに一機行く。フェザー、対処なさい』
『了解! アイス、しばらく頑張ってね!』
 そして、私の「隊長」は、なんのマークもされずに、平然と指揮を続けられる。これで相手は今度はフェザーが隊長機だと誤認するかもしれない。
 これこそが、アイリス隊の最大の強みだ。
『了解。ちゃんとついてきなさい? 飛ばすわよ』
 私は降下しながら更にスロットルを押し込んだ。
 速く、もっと速く。
 隊長が私に与えてくれた鳥は、自由で、強い。

『全機そのまま引っ掻き回せ。ヘリファルテ、頼むぞ』
『あいよ。全機攻撃態勢。ヴェンティ、ついてきてっか?』
『大丈夫』
 ローボと迎撃第一陣の空戦空域から離れた位置に、ヘリファルテとヴェンティが待機していた。ローボらしからぬ無秩序さでベルカを翻弄するのは、撃墜する為ではなかった。その空域に敵を釘付けにする為、いわゆる「戦線」を少数で形成する為の手段なのだった。そして、混乱する戦線上でベルカ軍が立て直しにやっきになっている外側に、ヘリファルテ達はいた。
『ヘリファルテ1、FOX3!』
『ヴェンティ、FOX3』
『ヘリファルテ3FOX3!』
『ヘリファルテ2、FOX3! FOX3!』
 外縁部から、中距離ミサイルが次々に放たれる。最短距離ギリギリで放たれた中距離ミサイルは、あっという間に戦線に到達した。
《ミサイル! よけろ! よけろ!》
《どっちだ! どっちに逃げればい――あぁぁぁッ!》
 ただでさえ高速のミサイルは、夜の闇の中では視認することはほぼ不可能にも思える。ミサイルの方向を見切れなかった二機が火だるまになる。残った三機も取り戻しかけていた連携を放り出してブレイク。戦場は更に混乱する。
『イェア! スプラッシュワン! ヴェンティも一機キル! 残り三。ダビド、やっちまえ!』
『言われなくてもやっちまうよ。ローボ1より全機、残りを片付ける。姐さん、ご苦労様です。後は俺らでいけます』
「了解。先に行くわよ。3、先導なさい。ガートモンテス、ついてらっしゃい」
『ガートモンテス了解。全機、姐さんとこのちみっこについていけ! あのちみっこ、俺らより低空侵入はえげつない。離されるんじゃないぞ!』
『アイリス3よりガートモンテス、ちみっこって言うなーっ!』
『へいへい。あんまりいじめるとR77が飛んで来るからな。いっちょ頼むぜちみっこ』
『また言ったあ!』
「はいはい……後でおしおきしといてあげるから、集中なさい」
『了解』
 渋々と言った口調でフェザーが応じ、集結した編隊の先頭に立つ。
「ヘリファルテ、ヴェンティ、トップカバーお願い」
『ヘリファルテ隊、了解!』
『ヴェンティ了解。上は任せて』
『任せてやろうじゃねえのよ。全機、堕ちた奴の分までばら撒きに行くぞ。頭ァ下げろ!』
 私達の編隊に続くトーネードがお得意の低空侵入に向けて急激に高度を下げる。トライアングルの先頭はフェザー。
『それじゃあ行きますよお。皆、ちゃんとついてきてくださいね!』
 緊張感のない声で言いながら、フェザーの機体が一段と高度を下げて行く。
『おいおいおい、低すぎやしねえかこれ』
『大丈夫。アリオラの近所には高い木はありませんから。計器なんか見てないで、頭上げて私のフラップ見ててください』
『無茶言うな。俺達ぁアクロチームじゃねえんだぞ』
『私だってそうですよ。突入軌道に乗ります』
 フェザーの機体が更に増速。丘を越えればアリオラ基地はすぐそこだ。
『対空砲がこっちを向いてない……わけはないか。アイリス1、もっと飛ばします』
「1了解」
『2了解』
『ちみっこ、お前ネジ飛んでるんじゃねえか! 爆装した俺らにゃこんなフラメンコは無茶だ!』
「無茶でもやるのがアリオラでしょうが。無理に速度を合わせなくてもいい。高度だけしっかり追従してらっしゃい。露払いはしてあげるわ。アイス、少し編隊を開いて」
『了解』
 高度を保ったまま、器用にアイスが機体の間隔を広げる。
『アリオラ基地を視認!』
 稜線が途切れる。
 そこに、私達の家があった。
 既にスクランブルはかかっている。二機がフォーメーションテイクオフで慌しく地上を離れるのが見えた。
「ヘリファルテ、二機上がるのを見た。上は任せるわよ」
『了解。行くぞ野郎共』
『オレを男と一緒にするな!』
『へいへい……そら来たぞ!』
 上空、高度を上げた状態でついてくるヘリファルテ隊とヴェンティのF15が、なんとか離陸した機体にちょっかいをかけに行く。
『タイミング合うか、な……アイリス1、2、ついてきてください!』
 フェザーの機体がアフターバーナに点火。私達もそれにならう。同時に、滑走路の両端に設置された無骨な対空機銃が一斉に火を噴いた。
「無粋ね」
 無粋なだけで、機銃の数はまるで足りていない。弾幕を張るには少しばかり数が少ないと見るべきだろう。編隊を維持したまま、三機の編隊は低空で基地上空に侵入。
『よし!』
 フェザーの機体がショックコーンを曳いた。一瞬遅れて、私の機体にも鋭いショックとずどん、という爆発音のような音が響く。
 フェザーを先頭に、私達の機体は地上にブラストを叩きつけながら基地上空を通過した。タキシングしていた機体と、管制塔には影響はない。が、生身むき出しで機銃についていた歩兵達はそうはいかなかった。衝撃波をモロに体に叩きつけられ、一瞬ではあるが、怯む。中には、モロに喰らった衝撃で吹き飛ばされる者もいた。結果として、無粋な対空砲火に、空白が生じる。
『ガートモンテス、突入しちゃってください!』
『滑走路上にSu27が二機。一緒に食っちゃって』
『あいよお! ガートモンテス全機、突入! 突入!』
 胴体下にディスペンサーポッド、翼下に通常爆弾を抱いたトーネードが翼を畳んだ状態で低空侵入してくる。
『敵機確認。悪く思うなよ!』
 ガートモンテス1が、滑走路の真上でディスペンサーポッドに収められた小型弾頭を解放した。教本通りのタイミングで放たれた小爆弾は滑走路の端に離陸待機していたSu27に襲いかかる。
 既に逃げ場などなかった。滑走路を使用不能にするのが目的な小型爆弾はSu27の華奢な機体など問題にしなかった。容易く機体構造を引きちぎり、燃料を燃え上がらせる。地上に残った機体は、これで離陸が難しくなる。まだ手はあるが、それを思いつくまで、もつかどうか。
『よし、滑走路上に戦闘機が二機擱座! しばらくはうるさがたは上がってこれねえぞ!』


――アルロン地方 ガーシュタイン野戦飛行場1995年4月12日0112hrs


 基地のサイレンで叩き起こされ、最初はこの基地が襲われているのかと思った。
「大尉、招集です! アリオラ基地に敵襲。現地の防空部隊は壊滅だそうです」
「やはり、か。しかし昨日の今日でとはな」
 立ち上がりながら、ふと気になって部下に振り向く。
「あの機体は、来ているのか?」
「さあ、そこまでは……敵編隊は比較的少数だそうです。離陸滑走中の機体がやられて、滑走路が使用不能に。基地の戦力の七割がまだ地上だそうです」
「いくら戦線が広がったからといって、対空監視が穴だらけではな」
 部下と共にハンガーへ走りながら、私は小さく溜息をついた。
 これは恐らく「始まった」という事なのだろう。
 ならば、私が成さねばならない事は、わかっている。
 少しでも、部下達の犠牲を少なくし、無事に生き残る事。
 元より、私は「戦争の勝利」なぞ目的にしてはいない。
 一人でも多くの部下を無事に家に帰す。既に私は、この戦争の義を疑っている。それでも飛び続けるのならば、相応に守るものが必要だろう。
 ハンガーから引き出されてきた私の愛機へ駆け寄りながら、ぼんやりとそんな事を考える。


――アリオラ空軍基地 1995年4月12日0130hrs


「くそっ! 滑走路はまだか!」
「こんな状況じゃ残骸の撤去なんかできっこない!」
「エプロンから機体を上げられないか?」
「無理だ! 機体が見えた瞬間に蜂の巣にされるぞ!」
 上空を敵戦闘機が駆け抜けていく。滑走路は誘導路近辺に散らばる二機分の残骸のおかげで使用できない。基地のハンガーには、まだ二個飛行隊分の機体が残っていた。
 上空を抑えるだけで十分と判断しているのか、他に目的でもあるのか、滑走路が使用不能になった時点で基地自体への攻撃は止んでいる。待機を強いられている機体は、爆撃がない事を訝りながらも、それ以上の
離陸を断念せざるをえなかった。
「今、周囲の基地から増援が来つつある。そいつらに任せるしかない」
「くそっ!」


――アリオラ市街 1995年4月12日0130hrs


 同時刻、アリオラ市街。混乱という意味ではこちらも似通っていた。
 突然脈絡もなく現れた敵集団に、市街を占領していたベルカ軍は翻弄されていた。
 司令部にしていたホテルが爆破され、占領地に散った部隊は独自判断での行動を余儀なくされた。状況を確認しているそばから、散発的な襲撃が繰り返されている。戦場はサピンが来ると信じられている南側だけでなく、市街全域で小規模な戦闘が繰り返されていた。
「奴ら、どこからきやがった!? 今まで市街に潜伏していたとでもいうのか!?」
「わかりません、ただ……」
 至近の壁を削り取っていった銃弾に身をすくませながら無線を抱えた伍長が喚き返す。
「ただ、なんだ?」
「戦車がいません」
 確かにその通りだった。突然始まった戦闘にしては、陸軍の大部隊、という風情ではないのは確かだが、さりとて空挺部隊による強襲でもなさそうだった。敵部隊が何を目的にしているのかも定かではない。大規模に過ぎるが、やはり後方撹乱の為とみるのが妥当なところだろう。
「……だったらまだ追い返せるはずだ。こっちの戦車は何をやってるんだ!」
「さっきからやってますが、連絡がつきません。まさかやられたなんて事は――」
「畜生。いいから呼び続けろ。メルダー! 分隊を連れて東側から回りこめるかやってみろ!」
「了解です少尉殿。分隊前進! あの建物を迂回して側面に回る!」
 ライフルを抱えた歩兵が土嚢を積み上げた機銃陣地から這い出していくのが見える。
「畜生、一体何が起こってるんだ?」
 パトロール小隊の指揮官の少尉は、道の向こうから撃ってくる相手に撃ち返しながら首を捻った。


――アリオラ空軍基地上空 1995年4月12日0200hrs


 それはまさに「制圧」だった。
 直上を押さえ、滑走路の両端だけを使用不能にするだけで、地上にいる機体は離陸できなくなった。まだ、エプロンを使ったり、セーフティーゾーンを無理矢理横切ったりという手も残っているが、その長い滑走時間の間に上空に張り付いた敵機から攻撃されるリスクを犯そうとする者はいなかった。
 ベルカ空軍は確かに精強だった。しかし、広がりすぎた戦線をくまなくカバーするほどの人員はいなかった。
 結果、現在の「前線」から離れたアリオラ基地には、小規模の防空部隊しか駐留していなかった。有力な戦力はほとんどがフトゥーロ運河やウスティオ戦線に回されている。サピン中央北部は、現在においてはまぎれもない「後方」だったのだ。
 彼等には、撤退の選択肢も与えられなかった。地上を走る車は皆銃撃され、飛び立とうとするヘリは撃墜された。彼等は、反撃手段のないまま、茫然と空を見上げる事しか許されなかった。
『基地上空の制圧に成功。そのまま後続部隊・並びに地上部隊の到着を待て』
「了解。…今格納庫がいくつか爆発した。連中、使えなくなった機体を爆破しているようね」
 彼らに残された手は、基地が再びサピンの手に戻った時に、私達を少しでも煩わせる為に施設を破壊して、徒歩で基地から逃げ出す、というものだった。
『滑走路さえ残っていれば、施設はいくらでも作れる。現状を維持せよ』
「了解」
 既に戦闘らしい戦闘は終了している。地上の人間が健気にも携帯SAMで狙ってきたりもしていたが、それも尽きたのか、空はめっきり静かになっていた。
『警戒、敵の増援を確認。数は……一一機』
 カンタオール2の声に、レーダーに目を落とす。
「一一? 妙に半端な数字ね」
『ベルカもカツカツって事ですかねえ』
「なんにせよ、ここを通すわけにはいかない。ヘリファルテ、ローボ、ヴェンティ、ついてらっしゃい。ガートモンテスは市街方面へ退避」
『ヘリファルテ了解』
『ローボ隊了解』
『ヴェンティ了解』
『ガートモンテス、了解だ。後は任せますぜ』
 私達を中心に、編隊が広がる。
「編隊の間隔を開けなさい。ヘッドオンなら中距離ミサイルもあるわよ」
 逆に言えば、管制さえきちんとしていれば、こちらから打って出る事も可能という事だ。
「カンタオール2、敵機は捉えてる?」
『カンタオール2よりアイリス1、発射諸元に必要なデータは全て用意できる』
「了解。データリンクを要請。全機、中距離ミサイルが残っている者はタイミングを合わせて一斉発射。その後、相手の懐に飛び込む」
『了解。ヘリファルテ1、2に残弾あり』
『ローボ、全機二発づつ持ってますぜ』
『ヴェンティ、一発残ってる』
「全部景気良くバラ撒いちゃいなさい。私達が先陣を切る。ローボはさっきと同じ。ヘリファルテとヴェンティは私達についてらっしゃい」
『了解!』
『ローボ了解』
『ヴェンティ了解』
「高度を揃えるな。ヘリファルテとヴェンティは上空から撃ち下ろせ。ローボは下から。正面は私達だけでいい」
 高度を変え、各編隊が位置へつく。
『接敵まで一分』
「了解。さあ、ショーを始めるわよ」

『間もなく接敵』
「了解。ナハティガル1より各機……」
 指示を出そうとした口が凍った。このフォーメーション展開は……。
「警報! 敵はロングレンジから撃って来る気だぞ! ブレイク、ブレイク! 編隊を広げろ!」
『警告! 敵編隊よりミサイル多数!』
 味方のAWACSが悲鳴を上げるよりも早く、ナハティガルは機体を翻している。チャフを盛大に蒔きながら、相手のレーダーから逃げるようにパワーダイブ。
「惑わされるな! 編隊を組みなおせ!」
 言ったそばから、反応が遅れた数機が火の玉になる。この後に続くは、恐らく増速して一気に切り込んでくるだろう。最も突出した敵部隊がいち早く編隊に踊りこんでくる。
「あの機体!」
 シルエットだけでも、それは鮮烈だった。忘れもしない、紺色のSu37。夜の闇にうっすらとシルエットを浮かばせたそれは、バーナー炎を煌かせて味方編隊の真っ只中でブレイクした。
《さあ、お姉さんが踊ってあげるわ》
 この声、女か。戦場、それも空にこれほど女が進出する時代になろうとは、誰が想像しただろう。
「中央のチェルミナートルは相手にするな。奴はナハティガルの獲物だ」
『上方よりミサイル! 畜生、被られた!』
『下からやけにすばしっこいのが一塊で来るぞ! 連中妙なフェイントを使う! 気をつけろ!』
『畜生、上も下も敵まみれかよ! レーダーが読めない!』
《いただき!》
 別の女の声。
『畜生もらった! 離脱する!』
 また一機削られた。首を巡らせる。闇の中に、うっすらと浮かび上がるシルエット……いた!
「そこだ!」
 スロットルを引き寄せ、エアブレーキまで動員してフルターン。味方を撃墜したSu37に喰らいつく。

『ちょっ、こいつ、どこから!? お姉様! アイス!』
「上空でお姉様と言わない。アイス、あの子、どこ?」
『2オクロックハイ。敵機……Mig29』
 同一の研究機関で設計図を書かれたためか、フランカーとファルクラムはよく似たシルエットを持っている。チェルミナートルと比べると幾分小ぶりの機体がフェザーの背後に張り付いていた。
「アイス」
『了解。フェザー、今行くから、一五秒頑張りなさい』
『アイスどこ!? 相手が見えない!』
 我を失いかけた上ずった声で言いながら、フェザー機がジンキング。同時にMig29が発砲。ミス。
『ッ! アイス!』
『そのまま! 今反転したら食われるわよ!』
 滑るように機動を変えたアイス機が、フェザーに張り付いた機の後背へ接近する。
「アイス、離れなさい。後ろについてるわよ」
『了解』
 さすがのアイスの返答も、溜息半分の間があった。背後にMigをまとわりつかせたアイス機がブレイク。
『お姉様ぁ!』
「上でお姉様って言わない。今行くから」
 フェザー機は180度ロールからスプリットS。速度を稼いで振り切ろうという事だろうが、空理気特性の似たMig29相手ではさほどの効果は望めない。むしろ高度を失う分不利になりかねない。
「アイス、一人でやれる?」
『勿論。フェザーをお願いします』
「了解。フェザー、後五秒我慢なさい」
 フルスロットルでパワーダイブ。フェザーを追って機を翻すMig29の鼻面にガンアタック。曳光弾が鼻先をかすめた敵機が慌てて機を……私に向ける。旋回が間に合うはずもなく、擦過。グレーと黒のタイガーストライプのラーストチュカ。
「いい度胸じゃないの、こいつ。フェザー、後ろは追っ払ったわよ」
『感謝します!』
「ローボの編隊の中に紛れ込んで、完全にまいちゃいなさい。アイス?」
『なかなか、やりますこいつ』
「平気?」
『今のところは』
『ヴェンティよりアイリス2、貴機を目視で確認。援護は?』
『…………お願い』
 少しの沈黙の後、アイスが返した返答は、私には意外なものだった。隊員以外の人間と口を利くアイス、というのは非常に珍しい。
『了解。右側、上空から接近するよ。そのままシザースを続けて』
『了解』
 あっちは心配なさそうだ。先程擦過した敵機を探す。これだけの混戦ともなると、レーダーに頼るより、目視で探す方が早い。しかし、それはあくまで昼間戦闘時の話であり、今は夜間戦闘だ。噂に聞くベルカの夜間戦闘団は出てきていないようだが、それでも神経を使う事には代わりはない。
 暗闇の中、あちこちで明るい光が瞬く。戦闘機のエンジンノズルで煌くバーナーの炎。こうして見ると、自分達が飛ばしているもののパワーがどれほどのものなのかというのを思い知らされる。
 暗闇を照らす光の中に、一際鋭い動きを見せるものがあった。シルエットは……Mig29。あいつか。
『カンタオール2より作戦全機。間もなく増援の航空隊が到着する』
「所属は?」
『第9航空陸戦旅団だ』
「上等じゃない」
 言いながら、スロットルを押し上げ、加速。ヘリファルテの一機を追い回しているMig29へ下から喰らいつく。機首を上げ、旋回半径の小ささにものを言わせて強引に右へフルターン。加速度をつけすぎたか、接近しすぎてしまう。致し方ない。ガンアタックに備えて敵の後背に張り付く。敵機は、目の前の獲物に集中しきっているように見えた。
「運がなかったわね……何!?」
 まるで後ろなど見ていないような飛び方をしていたMig29が、出し抜けに急旋回、事前にタイミングを合わせたように私のガンアタックをかわす。
「やるじゃない、こいつ」
『アイリス1、後方敵機!』
「……正確な方向を」
 フェザーの声に、いかにも「後ろを見ていないように」離脱したMig29を追いながら応える。
『五時方向、現在上方です』
「了解。援護はいらないわ」
 言いながら、首を向けてその方向を確認。闇の中にぼんやりとした光の輪郭が一瞬だけ見えた。あれか。さあ、追って来い。
 前方を行く敵機に追いすがるように、これみよがしにエンジンの出力を上げてやる。IR誘導のミサイルには格好の熱源だ。パイロットはさぞ舌なめずりでもしている事だろう。
 相手がロックオンしたであろうその瞬間を狙って、スロットルを絞り、エアブレーキを展開。ハイGバレルロール。読まれていた、と知った敵の反応は早かった。ロックを停止、すぐさま機体を翻して離脱にかかる。
 だが、こと旋回性能にかけて、私のチェルミナートルの上を行く機体、というのはそうザラには存在しない。速度を更に殺しながら、強引に機体の軌道をねじまげる。私が追っていた機を、フェザーがそのまま追尾。私は、私を撃ち落しそこねた機を追う態勢に。これで攻守逆転した敵機は援護する者もなく逃げるだけになった。
「悪いわね」
 FOX2。ロケットモーターの光が吸い込まれていった闇の中で、一際明るい華が咲く。
『アイリス1、敵機撃墜。敵編隊、後退を開始。間もなく増援が到着する。作戦は成功だ。地上部隊の現地進出まで現位置を固守せよ』
「了解。全機。勝ったわよ!」
 一瞬の間の後、作戦全機から怒号のような喝采があがった。

『作戦終了、全機全速で離脱せよ』
「了解。ナハティガル、RTB」
 またしても。私にあるのはその思いだけだった。またしても連中の好きにさせ、またしても私の部下が堕とされた。被害自体は少ないが、アリオラは奪い返され、現在に至るも地上部隊がアリオラを奪回する算段はついていない。
 あの黒いSu37。私の飛び方を、そっくり真似してきた。
 それに気付いた時には、二番機は堕とされていた。
 私は帰路につきながら、あの機体を目に刻んだ。
 あれは、私の獲物だ。誰にも手出しはさせない。


――サピン ボスケネグロ基地 1995年4月14日


 二日後。
 いよいよ、私達も古巣に帰る時がきた。
 ようやくアリオラ周辺の地上部隊の制圧が終わり、基地の修復にも目処がついた、という事だ。
 この間にも、世間は動いていた。
 オーシアが提唱した被侵略国三国による軍事同盟が、近く制式に合同司令部が設置される、という噂が流れている。
 それはとりもなおさず、オーシアという大国が本腰をいれてこの戦争を戦う事、そしてそれはそこに相応の利益を見込んでいる、という事でもある。
 もはやベルカの限界は見えつつあったが、戦争の終結への道は未だ見えぬままだ。このまま戦争が長引く事は、当事国の誰も望んではいない。戦争というのは天文学的な予算を一気に使い潰す。長期化すればオーシアですら屋台骨が傾きかねない。
 それを阻止する為に、効率の良い反撃を、というのが表の理由で、実際は、戦後処理で行われるであろう領土割譲その他の利権を押さえるべくいち早く動いた、というものだろう。
 変化は、私の肩にもあった。
 星と線が増えた。
 現在の私の所属は第3航空騎兵隊第14飛行隊。全くもって外人部隊らしい大雑把な区分だが、これに一つ肩書きが加わる事になった。
 第3航空騎兵隊第8特殊作戦群第14飛行隊。
 つまるところ、非制式機運用者・傭兵・外人部隊を含めたアリオラは、通常のサピン王立空軍とはとは違う運用ができてしまう。ならば、アリオラ編隊を、一つの部隊として計上してしまおうという事である。
 その指揮官として選ばれたのが私。そしてそれに中尉は不相応、という事で大尉相当の階級が与えられた。
 これで名実共に「アリオラ編隊」の指揮官に収まってしまった。外注の派遣社員にしては相当な事だ。もっとも、編隊列機ほとんどはそれを意に介していないが。
「隊長、時間です」
「ん。了解。それじゃあ皆、帰りましょうか、家へ」
 ベルカ戦争。そう後に呼ばれる事になる戦争が、再び動き出す。
 大きな、破滅的な影を背負いながら。
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自己紹介:
エースコンバットシリーズ好きのいい年こいたおっさん。
周囲に煽られる形でついにSS執筆にまで手を出す。

プロフ画像はMiZさん謹製Su37"チェルミさん"長女。