エースコンバットZEROのSS「PRIDE OF AEGIS(PoA)」の連載を中心に、よもやま好き放題するブログ。只今傭兵受付中。要綱はカテゴリ「応募要綱・その他補則」に詳しく。応募はBBSまで。
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They were crying when their sons left
God is wearing black
He's gone so far to find no hope
He's never coming back
God is wearing black
He's gone so far to find no hope
He's never coming back
――アルロン地方 ガーシュタイン野戦飛行場 1995年3月27日1842hrs
「決行は明日9000。この作戦の成功は、すなわち今戦争における勝利と言っても過言ではない。諸君らの奮戦に期待する。以上、解散」
……と、言われても、と思う。
正直、この戦争に正義がある、とは思っていない。正統なベルカ、という単語を持ち出した現政権に対する本音は、「クソ喰らえ」だ。
ただ、国家が存亡の危機に瀕しているのは事実で、こうでもしない限りは自滅を待つばかりだったのは確かだ。その中での私の決断は、家督に従い、家名と、その歴史にのっとった態度でいる事だった。
そうして私は今、侵略者として、異国の地にいる。
その判断が正しかったのか、私は早くも疑問に思いはじめていた。
完全な不意打ちで、連戦連勝。上がってくる迎撃機は、練度の低い者ばかりで、話にならなかった。
だが、これが「正統なベルカ」がやる事か?
これが「正統なベルカ」の力なのか?
力によって弱者を蹂躙し、自らの欲を満たすのが、正統なベルカの騎士のやる事なのか?
確かに、諸外国に対する怒りも、ないではない。だが、今私が踏みしめている土地の者達は、ベルカと過去の因縁がありながら、それでも我々の為に各国との交渉にあたって折衝役を担った、いわば知己の間柄ではなかったのか。
若い兵達はベルカに正義があるからだと思っているようだが、では何故その正義は、盟友でもあった国に刃を向けた?
そして私達は、彼等の誇りを奪おうとしている。
私達が、諸外国によって誇りを奪われた。確かにその主張にも一理はないでもない。だが、隣人の誇りを奪い返すことで、果たして「正統」なベルカの「勝利」となるのか?
だが、私は軍人として、今ここにいる。
命令は明確だ。彼等の牙を奪え。
ならば私は、私の誇りと、軍の誇り、国家の誇りにかけて、その命令に背く事はできない。
空を見上げる。空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうだった。それは、明日の空を予見するような空だった。
――プエルトルス ファン・カルロ空軍基地 1995年3月28日0830hrs
アラートが鳴り響いても、私はもう別段驚かなかった。来たか、という程度だ。三日前とは違い、今回は落ち着き払ったものだった。ドアを開けると、服の襟元を整えながらアイスが、パンツのしわを伸ばしながらフェザーが部屋から顔を出すところだった。
「行きましょう、隊長」
「フトゥーロ、ですよね」
「それ以外にないでしょうね」
次に来るものがわかっていれば、存外落ち着いたものだ。私達は慌てる他基地組を尻目にブリーフィングルームへ向かう。
「注目!」
全員の目が、スクリーンに向けられる。
「諸君らももう想像はついているだろう。ベルカの地上部隊がフトゥーロ運河に向けて南下を開始した。タイミングを合わせ、フトゥーロ運河北岸にベルカ海軍艦隊を確認。我々は稼動全機をもってこれを迎撃する。編成は以下の通り」
……やはり、か。昨日、コルヴォが撮った写真に、その「移動中の地上部隊」が映っていたのは聞いていた。
私は相変わらず対空班。同じく対空班のヘリファルテにはローボ2とヴェンティが、近接航空支援隊に振り分けられたガートモンテスにヴァウが含まれている。編成表にはコルヴォの名前もあった。任務内容は……単機強行偵察・並びに爆撃損害評価。
「ことここに至って、私が言うべきは何もない。フトゥーロをとられるという事は、サピンの通商を破壊されるに等しい。諸君らの健闘に、フトゥーロの、サピンの今後がかかっている。奴等を止めろ。出撃!」
ファン・カルロ基地指令の一言で、全員が一斉に立ち上がる。ガルシア大佐は、命令系統の都合で同席していない。便宜上、アリオラ組の編隊指揮は、相変わらず私が受け持つ事になっていた。
ふと、視線が気になって振り返る。
「……なに? その目は」
「あ、いやなに。編隊長から何かお言葉は?」
それが当然、という顔でコルヴォがぽかんとしている。
「堕ちるなら私の見てないとこでお願い。出撃」
「ありがたいことで」
「レジェス中尉?」
「なんすか姐さん」
「空に上がる前に堕ちるって高等パフォーマンスでもやりたい?」
「なんでもないです、はい。ええ」
「ヴェンティ?」
「……なに?」
まさか自分に声がかけられるとは思っていなかった風情のリオが振り返る。
「初陣?」
「ううん。何度か、飛んだ」
「そう。何かあれば呼びなさい。どの位置にいても、ウチの誰かが行くわ」
「は、はい……!」
「……女性には優しいんすね姐さ――」
「レジェス中尉? あなた――」
「なんでもないです、はい。ええ」
「ああ、そうそうレジェス中尉?」
「な、なんすか姐さん」
「この子に機銃弾一発でも当てさせようもんなら、ファン・カルロの土は二度と踏めないと思いなさい?」
「心します」
「よろしい。これ以上アリオラに減られても困るんだから、気い入れて飛びなさい」
それぞれ散っていくパイロット達を見送り、私は軽く肩を落とした。
「お疲れ様です、お姉様」
「やれやれ。血の気にはやって飛ばれても、死ぬか邪魔になるだけだからねえ……あれで少しは、軽くなったんじゃないかしらね。さ……私達も行きましょうか」
今日も、タフなフライトになるのは間違いなかった。
――フトゥーロ運河 1995年3月28日0920hrs
我々アリオラ組の受け持ちはEフィールド。戦線側面、サピン側の地上施設・並びに地上部隊の支援。
『またしても我々は、ってか』
「正面に投入されないだけありがたいと思いなさいな。現状、我々の戦力でできる事と言えば、これぐらいでしょう」
正確に言えば、私達の任務は、Eフィールドにおける遊撃。つまるところ、Eフィールドの正面戦力でもなく、薄くなった場に適時介入するのが任務である。それ故に、受け持つ戦域の広さは全部隊一。
「カンタオール2、ちゃんと見ててちょうだいよ?」
『当然だアイリス1。既に地上部隊も展開済だ。前面はバルデスの第9航空陸戦旅団が受け持つ。諸君らは適時増援として介入。その判断は任せてくれ』
「了解、了解。皆、聞いたわね。ヴェンティ、ヘリファルテをお願いね」
『わかった』
『ちょっ、姐さん!? ってヴェンティ、お前も普通に答えるなよ!』
『え、だって……菖蒲さんが』
『いやだから……大体なんで姐さんのファーストネームを……』
『いけないか?』
『私は構わないけど……まあ、できれば地上でにしてちょうだいな。一応正規軍の階級持ちだしね』
『はいっ』
『……』
フトゥーロ運河、北部。大海への入口であると同時に、五大湖への出口であるこの地。ベルカ海軍は、この地をこじあけようと、主力艦隊を惜しげもなく投入していた。
「……敵、来ねえな」
緒戦を生き延びたサピン軍のパイロット達は、口々に呟いた。
既に敵の移動開始の情報が伝わってきているにも関わらず、彼等の担当する空域は至って静かなものだった。
『来るさ。必ず』
『……! 前!』
レーダーアラート。計器から目を上げたパイロットは、そこに押し寄せるミサイルの群れを見た。
『畜生おいでなすった! Nフィールド、ベルカ軍の侵攻を確認!』
『くそ、なんて数だ! 行くぞ!』
エンジンに鞭を入れる前にミサイルに叩き堕とされていく機体が多数いるなかで、生き残った機体は押し寄せるベルカ軍機に正対し、増槽エを放り出す。
『Nフィールド、会敵。こっちにも来るぞ!』
サピン西岸に位置する工業コンビナート群。
丘に隔てられたその地を守るべく展開した地上部隊は、お世辞にも強固な防衛線を張っているとは言い難かった。
元々、各地で散々に叩きのめされたAMX30とM60が主力。加えて、火力員数を補う目的で、偵察小隊のセンタウロ戦闘偵察車までも投入されていた。
AMX30やM60同様、主砲に105mm砲を主砲として備えるものの、その装甲は正面装甲でも20mmに耐えるのがやっとという有様である。。本来ならば戦車に遥かに勝る機動性を活かし、高速道路等を利用して迅速に戦力展開する為の兵器であり、もちろん、本来なら防御戦闘に用いる兵器ではない。
定点で殴り合うには、あまりにも脆弱な陣容である、と言わざるをえないのだが、これが現在のサピンの限界でもあった。
『敵砲兵支援、きます!!』
「この次ぁヘリと攻撃機が来るぞ、戦車が見えるまで頭下げてじっとしてろよ!」
指揮官の少佐はマイクにがなると、部下に見えないように十字を切った。
フトゥーロ運河、南部。
こちらには、オーシアへ撤退する兵士を乗せた民間徴用船や、それを防衛するオーシア護衛艦隊、更には、サピン海軍第三艦隊がひしめいていた。
そのなかでも一際存在感を放つのがサピン第三艦隊である。虎の子である二隻の空母のうちの一隻を擁する第三艦隊は、来るべき攻撃から撤収船を守るべく、艦隊指令の独断で戦線に赴いていた。
「諸君、この戦闘は、サピンの為の戦闘ではない。今回、我々が守るべきは、背後のオーシア人達だ。彼らは同胞だ。同じように謂れのない侵略を受け、各地で散々にされた敗残兵達だ。私は、同じ軍人として、彼らを無事、母国へ送り届けたいと思う。戦争に正しい義などない。だが、私は、軍人としての義をもって彼等の盾となる所存である。勝て、とは言わない。生き残れ、とも言わない。指揮官として、勝手かつ、無能極まりない命令だ」
サピン第三艦隊旗艦、空母ソマリバの艦上、艦長は一旦マイクを口から離した。一度目を伏せ、上げたその顔には、既に迷いはなかった。
「私と共に盾になり、共に死んでくれ。こんな命令しか出せない私を許して欲しい。サピン海軍に栄光を」
マイクをホルダーに戻し、ふと、見渡すと、CICの中にいる兵達が全員立ち上がり、自分に向けて敬礼していた。
「諸君……ありがとう。まことに、ありがとう」
目を伏せ、艦長は何事か呟き、目を上げた。
「さあ諸君。サピン海軍の誇りを、無礼な北の貴族共に見せてやろう」
『前線司令部より入電。敵、砲兵支援開始。いよいよだぞ、諸君』
「……全機へ。前回の轍を踏まないようにね。必ず二機で一機を狩る。無理に前に出ない。ヤバければ支援要請。つまりは、散り過ぎないように。切り崩されたら、また同じ事が起こるわよ」
『了解』
『了解です』
「持久戦に持ち込めばこちらの方が有利。我々は遊撃。数の不利を覆す為にいる。戦果を焦らないようにね」
『了解だ』
『了解してる』
『カンタオール2よりアリオラ編隊、前線にて第9航空陸戦旅団が会敵。始まったぞ』
遠くの空に、敵味方入り乱れたコントレイルが見え始めた。同時に、地面には砲弾の炸裂する爆炎が。
「アイリス1了解。さあ皆、気い入れていきなさい!」
『イーリス、後方敵機!』
「見えている」
軽くスティックを捻り、機体を振る。スロットルを絞って更にジンキング。
《なッ!?》
「……危ういな」
だからこんな簡単なフェイクにも引っかかる。ロックオン、FOX2。
『イーリスが一機撃墜』
他愛ない。既にこの三日でまともなパイロットは全滅したと言う事か。サピンが張子だと言われ、それが事実だと裏付ける練度の低いパイロットに、私は内心の苛立ちを深めた。
これが我々の正義か。これは戦いではない。既に虐殺に近い。
だが、これが私の任務。私は軍人であり、ベルカの騎士。
だが……これが本当に「戦争」と呼べるのか?
『ナハティガル隊、方位180に敵編隊。対応しろ』
「ナハティガル1了解」
だが、作戦は続く。ベルカの未来が、サピンの未来がかかった戦争が。
「くそっ、ローボ2、離れるなよ!」
『当たり前だ! こんな状況で一人で飛ぶ程度胸はねえよ!』
周り中敵だらけ。ここは円卓か? 後ろに見える機体はほとんどベルカの塗装の機体ときた。俺達はかき回されっぱなしの戦線に姐さんの指示で全戦力をもって介入した。その結果は単純だ。よりしっちゃかめっちゃかになった。
『ヘリファルテ1、後ろ、後ろ来てるぞ!』
せっかくポジションについても、どこからともなく別の機がケツにつく。これじゃきりがない。だが、そのおかげで、地上部隊への攻撃は散発的だ。
「誰か、後ろのを追っ払ってくれ!」
『オレがいく。待ってろヘリファルテ1』
ヴェンティの声がしたと思った瞬間に、敵が離脱していく。その後を追うイーグル。後ろは消えた。後は、前を消すだけだ。
目を上げる。狙いを定めたMig29が左右へシザースを繰り返している。
距離が近すぎる。ガンへシフト。ピパーが細かく踊る。
「畜生、じっとしてろ!」
一瞬だけトリガーを撫でる。それだけでも数十発の20mm砲弾が空にばら撒かれる。ミス。あの当たらなかった弾は、どこへ落ちるんだろう? と誰もが一度は考える、下らなくも重要な事をふと考える。この下はコンビナートだ。こんなミスショットがコンビナートに火を点けたなんて笑えない話にもなりかねない。
ベルカもここはできるだけ無傷で欲しいのだろう。いつものような縦深突破を仕掛けてこない。だが、その手は、少しづつ、少しづつ伸びてきていた。
『ヘリファルテ1、後方敵機!』
畜生、またか。サピンにいるイーグルは目立つからか、さっきから事あるごとに絡まれている気がする。強引な高G旋回をかけて振り払う。深追いはせずに、一旦離脱。
『ヘリファルテ、突出しすぎよ。少し下がりなさい』
「了解リーリオ1」
一旦後退する俺達と入れ替わりに、濃紺のSu37が下からすくい上げるように上昇していく。相変わらず、何事もないかのように、かっちりとしたトライアングルを崩していない。なんなんだあの女共は。これだけの乱戦のなかにあって、リーリオ達は彼女達だけ別の空を飛んでいるかのように現実離れした飛行を続けている。
その姿が、優雅、とは言えない。恐らくは今先頭に立っているのはアイスだろう。編隊のスピードがやたらと速い。リーリオ達は撃たずに、三機がかりで戦場の空を切り裂く事でその空を維持していた。
『カンタオール2よりアイリス1、貴隊の空域にベルカの増援部隊を確認』
『アイリス1了解。攻撃機組は下がってなさい。コルヴォ、あんたもよ。ヘリファルテ、ローボ、ヴェンティ、私達で出迎えるわよ』
『了解だアイリス1。一旦観測任務を中断する』
『くそっ、まだ増えやがるのか! ローボ2了解!』
『ヴェンティ了解』
「ヘリファルテ1了解。聞いたな野郎共。女王様のお達しだ」
「ナハティガル1より各機。我々の役目を果たせ。突撃」
『ヤヴォール、フロイライン』
『ナハティガル4了解。いっちょやりますか』
『ナハティガル3、心得ました』
後続の機体から次々に返答が返ってくる。戦争前から飛んでいた部下達だ。私達に与えられたのは陽動。サピンの防空戦隊をひきつける。その意味は、一つしかない。
『フロイライン、前方のサピン編隊、変です』
変? レーダーに表示される情報に目を落とし、合点がいった。サピン空軍に正式採用されていない機が多数。編隊自体は雑多で、数もまちまち。寄せ集め感すら漂う。
「……脆いな……」
ならばせめて、一撃で終わらせるのが敵に対する最大の慈悲であろう。翼下のR27をロックオン。
「……速い?」
だが、その瞬間に敵編隊が見せた動きは、私の考えが傲慢であった事を認識せざるを得ないものだった。
雑多な寄せ集めのはずの編隊が、驚くほどの短時間でこちらを包囲するように広がった。これではセミアクティブレーダー誘導などという悠長な真似をしているわけにはいかない。正面に占位したのは、フランカー、か?
「全機、あの編隊、中々面白い。何をやってくるかわからん。ナメてかかるんじゃないぞ」
『了解。近接に持ち込んで引っ掻き回してやります』
「散開。編隊を広げろ」
受けて立つように、私の編隊も空に広げる。
これではまるで、馬上槍試合ではないか。
ふとよぎったその言葉に、内心で苦笑する。だが、そんな余裕が油断になりかねない。
「無理に堕とそうとするな。奴らが私達だけ見ているようにしておけばいい」
『了解』
「……やれやれ。私まで投入されるという事は、余程だとは思っていたが……ここまでとはね」
フトゥーロ運河、東岸。オーシア側においても、状況は似たようなものだった。
防空隊の中核を担うのは、事もあろうに真っ赤な塗装のF15S/MTD。新型装備の試験の真っ最中に戦線に投入された為に、試験機に実装されていた新型塗料のカラーリングがそのまま残されていた。
オズワルド・ゾウムガルトナー。その名は、オーシアだけにとどまらず、各国空軍、特にF15乗りにとってはつとに知られた存在であった。その最たるものが軽量化の為に塗装までそぎ落としたストリークイーグルを駆っての上昇記録であろう。オーシア国防軍においてもF15の扱いにかけては右に出るものなしとまで言われた男も、戦場に投入されていた。
その真っ赤な機体は当然ながら敵の目を引く。結果として、彼に敵機が集中、それを周囲の味方機が援護する、という一種奇妙な戦線が展開されている。
「しかし、この年でこのような運動はこたえるのだがね……」
まるでそんな疲れを感じさせない声でぼやきながら、機首上げ。Su27のような完全に直立するわけではないが、擬似的なコブラ機動。オーバーシュートして取り乱した敵機に、周囲の味方機が群がる。
「皆踏ん張れ。ここから先に進ませなければいいんだ。堕とす必要はない。彼らの補給線は延びている。我々の方が燃料面では有利なんだ。それを忘れるな」
『了解!』
『了解だ。頼むぜサー・オズワルド』
正面に見えたSu27に対して仕掛ける。瞬間、オズワルドの目が細まった。
「この機……鋭いじゃないか」
援護もいい。二機の編隊だが、この編隊にはただならぬものを感じる。
「皆気をつけろ、このフランカーは他と違うぞ」
存外に鋭い旋回でオズワルドを振り払おうとする敵の後を、紐で結わえてあるかのように正確にトレースしながらオズワルドは声を上げる。5G近い急旋回にも、その声は一切の揺るぎがない。
――両翼にこれだけの戦力を投入とは。これでは艦隊正面は手薄にならざるを得ないか。
「盾」となってオーシアの船団を守る艦隊は、防衛線の主力として運河南部に位置してはいたが、その能力故、艦隊直掩は少なく、先程から小刻みな空襲を受けていた。
今のところ凌いではいるが、これでは何かあった時に両サイドから締め上げる事ができない。既に地上部隊も攻撃を受け、徐々に数を減らしつつある。
――これは、まずいかもしれんな。
まるで他人事のようにオズワルドは考え、眼前の敵に目を戻した。
――私は私の仕事をするだけだ。
「ムーミエより全機。西岸はナハティガル、東岸はポストラー達が陽動をかけている。そろそろ頃合だ」
フトゥーロ運河北部。ベルカ艦隊の遥か後方、一団となって進む機影があった。
ユーク系独特な流麗なボディラインだが、その機体はフランカーを横に引き伸ばしたような形状をしていた。
Su32。れっきとした「フランカー」一家である。だが、その優美なラインは、本家のように絶大な空力性能を機動性に変える為ではない。
Su32の最たる特徴として民間人がよく知る逸話は「コクピット内に電子レンジがある」事だろうが、それだけではない。コクピット内は与圧されているし、トイレすら存在する。あまつさえ、仮眠をとれるスペースすら備えているのだ。
それらも全て、長距離飛行と、それに付随する戦略爆撃任務の為に費やされた装備なのだ。その優美な形状は、おおよそ考えられる限りのユーク製対地兵装を全て搭載可能で、その最大積載重量は実に八トン。兵装懸架パイロンは一二ヵ所も存在するという、おおよそ「戦闘機の一種」とは思えない装備を持っている。事実、Su32は、Mig27フロッガーやSu24フェンサーといった従来型の戦闘爆撃機の後継機というだけでなく、Tu22バックファイアの代替すら想定されているのだ。
そんな彼らが提げて飛ぶミサイルは、特異な形状をしていた。ミサイル、というよりは小型のロケットとでも言う方が正しいかもしれない。そんなミサイルをそれぞれ二発づつ提げた一個飛行隊が、一直線に南へと飛ぶ。
「手順はわかっているな? 艦隊の攻撃後に、我々が撃つ」
率いる部下から一斉に返ってくる了解符に、編隊を率いるバート・エッサーは満足げに頷いた。
「いい狩り日和ですな」
隣席、WSOが戦場にあって場違いなほどほがらかに言う。
「そうだな。成果が出ればなおさらだ」
エッサーはそう言い、眼前に見えるベルカ艦隊の堂々たる姿を見やった。
「我々は、ここを手に入れ、戦争に勝利する。行くぞ!」
『アイリス隊、EフィールドとNフィールドの中間点付近に敵編隊を確認。対応せよ』
「簡単に言ってくれるわね……ちっ、しつこい!」
先程から、性能的には遥かに劣ると言っていいMig29につきまとわれている。連携もいい。この部隊はなかなかいい部隊だ。だが、それが敵となると話は別だ。
「アイス、こいつを追っ払って」
『了解。フェザー、後ろお願い』
『了解!』
アイスが後ろにつこうというそぶりを見せると、すっ、と離れていく。その代わりに、どこからか現れた別の機体がフェザーを狙いはじめる。
『っ?』
声にならない呻きに、真っ先に反応したのは、フェザーの前方を行くアイスだった。
『フェザー、頭下げて』
言うと同時に機首を上げてコブラ。フェザーを追うのに集中していた敵機が、フェザーごとオーバーシュート。
『……ふん』
機首を水平に戻したアイスがガンアタック。命中。
《畜生、まともに喰らった! ベイルアウトする!》
『フェザー、怪我してない?』
『する間もなかったわよ。ありがと、キャリー』
『どういたしまして』
「……アリオラ編隊へ。アイリス隊は戦域を離れる」
『なんだって!? 姐さん抜きでここを支えろってのか!』
途端に編隊から講義の声があがる。
「私達がいなくてもなんとかなるでしょうに。ボーイスカウトじゃあるまいし」
『第9航空陸戦旅団、第11戦闘飛行隊。エスパーダ隊だ。この坊主共の面倒は俺が引き受けよう』
派手な塗装のドラケンが戦場を切り裂くように飛ぶ。その直後には、同様の塗装のラファールが続く。
「了解、エスパーダ隊。ウチの雛をよろしくお願いしますわ」
『母親が帰ってくるまでコヨーテ共から守ってやるさ』
「お願いします。アイス、フェザー、位置に」
『2了解』
『フェザー、位置につきます』
『カンタオール2よりアイリス隊。あの編隊、様子がおかしい、まるで爆撃機の編隊のような隊形だが、スピードが速いし、なにより反応が小さい対応を急いでくれ』
「アイリス1、了解」
狙いは対艦攻撃だろうが……何を撃つ、気だ?
「全機、やるぞ。私に続け」
エッサーはベルカ艦隊と敵編隊の中間点にあり、戦場の空白となった場所にいた。戦略上さして重要ではない、主戦場になりえていない空域だった。
エッサーのSu32が、翼下のミサイルを放出する。間隔を大きく開いたフィンガーチップ編隊が、それにならって次々とミサイルに点火、射出する。
――行け、食っちまえ。
エッサーは機体から離れて行くミサイルを目で追いながら心の中で呟いた。
「全機旋回! 艦隊の後ろに逃げ込め!」
そう考えたのもつかの間、エッサーは機体を急旋回させた。エッサー機を先頭に、部下の機体も一斉に身を翻す。
『ミサイルの発射を確認! ……な、んだ、これは!?』
「しまった……そういう事か!」
敵の放ったミサイルはただの対艦ミサイルではなかった。ロケット推進だけではなく、ラムジェットを搭載した高速ミサイルだった。十分にロケット推進で加速したKh31Aは、ラムジェットを始動。最大マッハ3を誇る高加速でサピン艦隊に殺到する。
「ちぃ!」
翼下に提げたR77には、巡航ミサイル迎撃能力もある。が、残りは僅かに二発。敵ミサイルの数は………二八。結果は明らかだ。だが、それでも二発減らせる可能性があるならば、と残ったR77を撃ち放つ。一発が対艦ミサイルを捉えて爆散。残りはそのまま艦隊陣へ向けて殺到していく。
「ちっ、当たっときなさいよ! カンタオール2、艦隊にミサイル警報! ただのミサイルじゃないぞ!」
せめて発射機だけでも、とレーダーを見るが、既に敵編隊は反転、味方艦隊の防空網の傘下に逃げ込もうとしている。ミサイルの射程も足りない。
「抜かったわね……」
『アイリス1、敵編隊を確認。Su27……八機』
「ええいアイス、フェザー、やるわよ!」
『了解』
『りょ、了解!』
この状況でも私の指示に従ってくれる二人を誇らしく思いながらも、私はレーダーから目を上げた。
『くそッ! 上空の援護機、射線から離れろ! レーダーが照射できない!』
『来るぞ!』
艦隊外縁部に位置するイージスが対空ミサイルとCIWSで弾幕を張る。次々と撃墜されていく対艦ミサイル。だが、いかんせん数が多すぎる。
『畜生! 五発抜けやがった!』
『クーガー5が味方の弾幕に突っ込んじまった!』
『第三波、方位360!来るぞ!』
「ミサイル、第二波来ます!」
「対空戦闘! CIWS自動照準。撃て!」
「射撃開始!」
右舷方向に配置されたCIWS――コンピュータ制御された20mmバルカン砲塔が一斉に火を吹く。独特の発射音と共に、毎分三千発という無茶苦茶な発射速度で砲弾の洪水が放たれる。
「目標四撃墜! 五、一、撃墜! 三撃墜!」
「目標二、弾幕突破!」
一発だけ、弾幕を逃れたミサイルが、目標直前で大きく跳ね上がる。一旦高度を上げ、逆落としに目標に向けて突入。遅延信管により、装甲貫徹後、そのあり余る炸薬を炸裂させる。
「報告!」
「飛行甲板に直撃! 格納甲板まで貫通、浸水なし、第五区画で火災発生! カタパルト使用不能、防空システム電源途絶!」
「消化班、補修班を第五区画へ、システム復旧急げ、次が来るぞ!」
「第三波、四発突破!」
「畜生!」
絶望感に支配されるCICの中で、艦長一人がその運命を受け入れるかのように沈黙していた。
『空母ソマリバに直撃弾!』
『畜生! 沈む……ソマリバが沈む!』
『くそッ! 降りる場所がなくなっちまった!』
海軍のラファールが悲鳴を上げる。これでサピンは防衛線の要である艦隊中枢を失った。この戦場における趨勢は決してしまったと見るべきだろう。
――この日、バート・エッサー率いるベルカ第7航空師団第65戦闘飛行隊の戦果は、空母撃沈一、駆逐艦撃沈二、フリゲート撃沈一を数えた。彼等の攻撃をもって、サピン海軍第三艦隊は事実上その戦闘機能を喪失する。
『畜生、どうなってんだ!』
『どうなってるもクソもねえ、これ以上は無理だ!』
『正面に新たな敵勢力! 数……およそ四〇!』
サピン西岸、防衛線を張るサピン陸軍は、もはや限界まで損耗していた。
ただでさえ正面から殴り合って勝てる相手ではないのだ。上空の援護機はベルカの鳥に翻弄され、近接航空支援どころではない。
「くそっ! 司令部と連絡がとれない!」
「大佐! 各地区で防衛部隊の通信途絶!」
「大佐!」
地上部隊、戦車隊指揮官の大佐は、決断を迫られていた。
このままここを「死守」するか、それとも、自らの首をかけて部下を救うか。
「……大隊全戦闘員に伝達。『戦線は既ニ崩壊。大隊戦闘員ハ速ヤカニ戦闘ヲ中止、南部域ヘ撤退セヨ』」
大佐は、後者を選んだ。運河が欲しければくれてやればいい。だが、もうサピンの血は流させない。
「……よろしいのですね?」
「早く逃げ出させてやれ。それと……」
大佐は指揮卓にどっかと自分の脚を指揮卓に投げ出し、煙草をくわえた。
「お前達も後退しろ。後の任は私一人でいい」
「……大佐!?」
「命令だ。今日は……いや「今日も」死人が出すぎた。これ以上、私の大隊から戦死者を出すな。さあ、行け」
誰もその場を動こうとしない。大佐は煙草に火をつけ、深々と吸い込むと、やおらホルスターから拳銃を抜き、部下達に向けた。
「俺に撃たれるのと、ベルカに撃たれるの、どっちが早いと思う? おそらく、後者の方が速いぞ。行け、逃げろ。命令だ!」
「……ッ」
「大佐……」
部下達は、敬礼し、指揮卓の前から消えていった。最後の一人が指揮所を離れるのを確認し、ようやく大佐は銃を下ろした。煙を吐き、再び吸い込む。
「さて、どう死ぬか」
大佐はテーブルの隅に乗っていた通信機を足で引き寄せた。マイクを握る。
「全大隊戦友諸君。大隊長より最後の通信となる。心して聞いてくれ。私は、無能な指揮官だった。勝てぬとわかっている戦場に君達を配し、通用するはずのない武器で戦えと命令した」
煙草を吸い込む。
「この敗戦は諸君らの力が足りなかった為では、断じてない。この敗戦の最たる原因は、戦争回避の努力を放棄したサピン・ベルカ両国政府、ならびに軍首脳の無意味な抵抗路線によるものである」
右手で拳銃をもてあそび、しばし虚空を見つめた大佐は、再びマイクのスイッチを押し込んだ。
「或いは、諸君らを勝利に導く方法はあるのかもしれない。だがしかし、私は諸君らにそれを提示する事ができなかった。これはひとえに、私の不徳の極みであり、この戦場で戦った諸君らに、一切の非はありはしない」
深く吸った煙を吐き出し、再びマイクのスイッチを握り込む。
「この戦闘における諸君らの勇猛さ、そしてその母国に対する愛国心は、小官がしかと見届けた。諸君らは、後世に語り継がれるべき兵であり、断じて負け犬等ではない。来るべき反撃の時は必ず来る。その際には、私より遥かに優秀な将官が、諸君らを勝利に導くものと私は確信する。ついては、私から、大隊戦友諸君に最後の命令である」
吸いさしを指で弾き、大佐はマイクを握り締めた。
「逃げろ。みっともなくてもいい、負け犬と呼ばれても、敗残兵と呼ばれてもいい。逃げて、生き延びろ。諸君らの生存は、明日のサピンの反撃に繋がるものである。諸君らの、無事な撤退を祈る。以上だ。了解符なんぞいらん。さあ、南へ走れ!」
マイクを放り出し、大佐は次の煙草をくわえた。ふと、テントの天幕をみやる。
「畜生。最期の一服もさせてくれねえのかよ」
次の瞬間、ベルカ攻撃機の放った500ポンド爆弾が、テントを吹き飛ばした。
『前線司令部より緊急入電! 我、既ニ指揮能力ナシ。戦線ノ将兵ハ速ヤカニ撤退セヨ!』
カンタオール2が読み上げた通信文に、一瞬だが、アリオラ編隊の動きが止まった。
「後退命令だと!? 畜生! 艦隊は! 艦隊は何をしてんだよ!」
レジェスは運河、艦隊がいるはずの方向をみやった。うっすらと煙がのぼっているのが見えるが、いや、まさかあれが。
『艦隊との連絡は、一〇分前から途絶えている』
そういうカンタオール2の声は、どこまでも平静だ。たいしたおっさんだぜと思う。
『ヘリファルテ1、その空域下を地上部隊が撤退中だ。なんとしてもそこを維持せよ』
「……俺達にゃ撤退はないのかよ」
『彼らが先だ。それともお前は生きて、彼らを「鳥」についばませるか?』
「お断りだ。アリオラ全機! 聞いての通りだ。ここで死ぬぞ!」
『畜生、そういう事かよ! ローボ2、了解!』
『空軍なんぞ入らなきゃよかったぜ。ヘリファルテ2了解!』
『ああもう、追加料金だ! ヘリファルテ3了解!』
『仕方ないな。ヴァウ、了解』
『最初から覚悟の上だよ。ヴェンティ了解』
『……僕も逃げちゃ駄目なのかな?』
『コルヴォ、あんた、弾あるのか?』
『フィルムはまだ二〇枚程残ってるが――』
『下がってろおっさん』
『コルヴォ了解』
驚いた事に、今日のアリオラ編隊は、まだ一機の落伍も出していなかった。全機がそれぞれのポジションにつく。弾も少なくなってきているが、まだいける。レジェスは軽く頭を振った。
『エスパーダ1よりアリオラ、俺達も付き合うぞ』
前面にたてられ、損耗著しい第9航空陸戦旅団の二機がヘリファルテの横につける。
「助かるぜ9th、……あんたらだけか?」
『飛べるのはな。残りは堕ちたか戻ったか、だ。俺達だけじゃ不満か?』
「んなわけねえ。猫の手でもありがたいぐらいだ。カンタオール2、姐さんはどこで遊んでるんだ!」
『アイリス隊は現在北側で交戦中。現状戦力で対処せよ』
『ファンが多いから、あの姐さんは』
「敵にもいそうなのがこえーわな。ヘリファルテ全機、姐さんが戻るまでここをなんとかするぞ! ヴェンティ。姐さんから脅されてんだ。俺から離れるなよ!」
『ヴェンティ了解』
一瞬硬直しかけた編隊が、再び勢いを取り戻す。まだ、戦闘は続く。こんなところで堕ちるわけにはいかない。
「畜生め。損害報告!」
煙にまみれたAMX30の車内で車長がわめいている。
「転輪をやられました。走れない以外は、乗員にもシステムにも問題はありません」
「くそっ。命運尽きたか……砲塔は動くな?」
「動きますが……」
「正面へ向けて、合図を待て」
てっきり脱出を指示されるものと思っていたクルーの表情が強張った。
「少尉、何するつもりです?」
「ベルカの戦車がこっちへ来てるんですよ!?」
「んな事はわかってる。いいから見てろ。エンジンも切れ」
くぼ地にはまるようにして擱座したAMX30は、その場で沈黙した。ベルカの戦車隊が、一般的にイメージされる「戦車」の速度に程遠い、乗用車が高速道路を走っているようなスピードで接近してくる。
「まだだ。まだ動くなよ」
撃破したものという判定なのだろう。多数のベルカ戦車が、地響きをたてて通過していく。
「まだ、まだだぞ……エンジンかけろ! G弾装填!」
戦車隊が全車通りすぎたのを見計らい、車長が叫ぶ。転輪を破壊され、身動きもままならないAMX30が再び咆哮する。
「撃ち合ってみてわかった。連中、通常型の徹甲弾にはめっぽう強いが、成型炸薬にはそうでもない。後ろから撃ちゃあ……」
『装填!』
再び騒音に満たされた車内で、インターカム越しに装填主が叫ぶ。
「さあ、最後の花道だ。ブッ放せ!」
爆音と共に、G弾、AMX30に搭載されたCN105F1対戦車砲専用のHEATが放たれる。既に敵は沈黙したものとたかをくくっていたベルカ戦車の後方、ラジエターグリルに命中。嫌な音と共に爆砕する。
「よし! 続けろ! 次弾同じくG弾! 獲物はとり放題だぞ!」
以後、状況に気付いたベルカ軍の反撃により撃破されるまで、射撃は続いた。
この時この車両が撃破したベルカ戦車は合計7台にのぼり、これはサピン陸軍のこの時点でのトップスコアであった。当該戦車のクルーには、戦後名誉勲章が授与されている。
『畜生! これ以上支えきれないぞ!』
「退がるな! 踏ん張れ!」
『言ったってレジェス!』
「言うな! 踏ん張れ! ここが潰されたらNフィールドから撤退してきてる奴の逃げ道がなくなるんだぞ!」
『俺達の逃げ道はどうなる!』
「言うんじゃねえ! 俺達はアリオラだ! 支えろ!」
『ヘリファルテ1、後方敵機!』
「ちぃ!」
ヘリファルテ1、右方向へブレイク。ほとんど同時に敵よりガンアタック。右肺に命中。
「がぁぁぁッ!」
『レジェス!』
「来るな! 敵はこいつだけじゃないぞ!」
レジェスは右エンジンの出力を絞りながら後ろを見る。
敵機、Su27。
「姐さんならまだしも、ベルカにやられるかよ!」
片肺のイーグルが追いすがるSu27に対してハイGバレルロール。しかし、機動力に勝るSu27はスロットルを絞り、コブラ機動。
《馬鹿め。片肺で逃げられると思ったか》
『ヘリファルテ1、頭下げて』
混線した敵の嘲りをかき消すように、いきなりレシーバーに響いた声に、レジェスは反射的にスティックを押し込んだ。
上空から三つの塊が降ってきた。直後にレジェス機の背後のフランカーが爆散する。
「アイス! 姐さん!?」
『世話を焼くのも焼かれるのも慣れませんか』
『待たせたわねえ、隼のヒヨコ達』
相変わらずの密集隊形のまま、一瞬で二機を食い散らかしたSu37から、いつもの声が朗々と響く。
『全機、残余弾報告!』
『ローボ2、AAM3、機銃弾150』
『ヴァウ、AAM1、機銃弾100。爆弾はさっき捨てた』
『ヴェンティ、AAM3。機銃弾90』
「ヘリファルテ1、AAM2、機銃弾アウト」
『ヘリファルテ3、AAM1、機銃弾150」
残りの機は既に機銃弾しか残っていないか、地上攻撃隊である。
『残余弾のない機、ヘリファルテ1は後退。全機、友軍の脱出まで、このEフィールドを維持するわよ!』
「姐さん、待ってくれ、俺もいける!」
『あんたの仕事は今日はここまでよ。後は私が引き受ける。片肺のイーグルで何ができるっての。片羽の妖精を気取るつもり? いいから退がりなさい!』
「……ッ、ヘリファルテ1、了解!」
『ああ、そうそう、ヘリファルテ1』
地上にいる時と同じ調子で言ったカグラに、ほとんど条件反射でレジェスの体が硬直した。
「な、なんすか、姐さん」
『ほんとにヴェンティ護り切るとは思ってなかったわ。よくやったわね』
「生きてファン・カルロに降りたいですから」
『……ありがとう、ヘリファルテ1』
いきなり横合いから聞こえたヴェンティの声に、今度こそレジェスの体が震えた。
「い、いきなりなんだヴェンティ! 俺は任務を果たしただけで……」
『いいから離脱なさいヘリファルテ1。全機、もう一モメ行くわよ!』
『了解!』
『カンタオール2、戦線の後退ポイントを指示して。そこを押し返す。9thの生き残りも投入して!』
『了解。エスパーダ1、エスパーダ2、ポイントE-5へ。アイリス、E-4へ。ローボ2、ヘリファルテ3、ヴェンティ、ヴァウはE-6を』
『エスパーダ1、了解。マルセラ、ついてこい』
『了解エスパーダ1』
第9航空陸戦旅団の生き残り、派手な塗装のドラケンを、翼端を赤とゴールドに染めたラファールが追う。ドラケンらしい、と言えばらしいが、どこか異質さすら感じさせる高加速で指示されたポイントへ飛んでいく。
『アイリス1了解。アイス、カバーを。フェザー、上空監視よろしくね』
『アイス了解』
『フェザー了解』
いつも通り、まるでただの訓練飛行のように、乱れないフォーメーションを組んだアイリス隊が同時にバーナーに火を入れる。
『ローボ2より寄せ集め、行くぞ、アリオラ戦技班の意地ぃ見せたれ!』
『オレはアリオラじゃないが……ヴェンティ了解』
『ヴァウ了解だ』
『ヘリファルテ3了解。レジェス、こっちは任せろ。後退組の引率頼まあ』
「あいよ。死ぬなよ、ヘリファルテ3」
『今日のサピンの戦死予定リストはもう消化しちまったよ。俺の番は今日じゃない』
ローボ2の言う通り、雑多な編成となった編隊が、F5を先頭に飛んで行く。レジェスはようやく機首を転じ、後退する攻撃機隊の前に立った。
「さて……派手にやられちまったな。俺達も逃げよう。姐さん達が食い止めてくれる」
『ガートモンテス、了解。地上部隊も後退を始めた。ここも……とられた、な』
「俺達は生きてる。俺達はまだ負けてねえよ。帰ろう」
『ああ』
『ポイントAより敵が後退中。このまま押し潰せ!』
『了解! 戦車前進!』
この戦場の趨勢も決まった。またしても我々の勝利。まるで予定されていた、予め用意されていたシナリオ通りのように作戦は進んだ。
だが、それが誰かの用意した台本ではなく、現実の戦闘である事は、私の編隊が一機少なくなっている事が示していた。
編隊に、ナハティガル3の姿はない。サピンの防空部隊に撃墜されたのだ。あの機は確かにSu37だった。サピンはSu37を正式採用していない。実験機として導入しているという話も聞かないから、恐らくは正規軍ではないだろう。
サピン外人部隊。その起源は遠く中世の時代まで遡るが、私が、その外人部隊と戦う事になるとは。これもまた運命か。
「ならば――」
その先に待つ運命も、また同じか?
『隊長、どうしました?』
「ああ、いや。なんでもない。我々の仕事は終わりだ。追撃は他の隊に任せておけ。我々は帰還する」
まあいい。それは、時代が決める事だ。現代の戦争は、テンポが速い。遠からず、私が辿るべき運命も明らかになるだろう。
『了解』
「ナハティガル、RTB」
私は機首を北へ転じた。戦争は終わったわけではない。むしろ、これからだ。私の心には、奇妙な確信があった。
『地上部隊の戦域離脱を確認。防空戦隊の任務を解除する。速やかに南へ撤退せよ』
「了解。全機、これ以上は付き合う必要はないわ。ありったけ放り出して逃げるわよ」
『ローボ2了解。もうミサイルも売り切れだ。これ以上は何も出ない。撤収する』
『ヘリファルテ2了解。3、ローボと編隊を。奴をカバーするぞ』
『3了解。さあ逃げるぞ』
『ヴェンティ了解』
『ヴァウ、了解した』
『こちらエスパーダ1、アイリス1、ご苦労さんだ。俺達も逃げ出す』
「了解ですエスパーダ。援護に感謝します」
『なに。どうせ負け戦なら、死人は少ない方がいい。それではな。マルセラ、帰ろう』
『2了解。続きます』
派手な塗装のドラケンとラファールが、揃って離脱していく。一瞬だが、二番機のラファールが旋回を遅らせたようにも見えた。
『全機撤収を開始』
「了解。私達も逃げましょうか」
『了解』
『了解です』
周囲を飛ぶのは敵ばかりだ。我々は機首を転じ、南へと針路をとる。今日も、負け戦だったが、今日は誰も堕ちなかった。
その事だけが救いと言えた。
――フトゥーロ運河における戦闘で、サピン第三艦隊は旗艦ソマリバ以下多数の艦艇を失い壊滅。
以後、戦争終了まで第三艦隊が再編される事はついになかった。
この戦闘におけるサピン軍戦死者は二五〇〇〇名を数え、戦争中を通じてサピン軍が出した最も甚大な被害であった。
ベルカ軍はオーシア・サピンの抵抗を廃し、フトゥーロ運河を支配下においた。既に待機していた艦隊が運河を経由して外海へ到達。これにより、オーシアとサピン・ウスティオの連絡は事実上途絶する事になる。
「決行は明日9000。この作戦の成功は、すなわち今戦争における勝利と言っても過言ではない。諸君らの奮戦に期待する。以上、解散」
……と、言われても、と思う。
正直、この戦争に正義がある、とは思っていない。正統なベルカ、という単語を持ち出した現政権に対する本音は、「クソ喰らえ」だ。
ただ、国家が存亡の危機に瀕しているのは事実で、こうでもしない限りは自滅を待つばかりだったのは確かだ。その中での私の決断は、家督に従い、家名と、その歴史にのっとった態度でいる事だった。
そうして私は今、侵略者として、異国の地にいる。
その判断が正しかったのか、私は早くも疑問に思いはじめていた。
完全な不意打ちで、連戦連勝。上がってくる迎撃機は、練度の低い者ばかりで、話にならなかった。
だが、これが「正統なベルカ」がやる事か?
これが「正統なベルカ」の力なのか?
力によって弱者を蹂躙し、自らの欲を満たすのが、正統なベルカの騎士のやる事なのか?
確かに、諸外国に対する怒りも、ないではない。だが、今私が踏みしめている土地の者達は、ベルカと過去の因縁がありながら、それでも我々の為に各国との交渉にあたって折衝役を担った、いわば知己の間柄ではなかったのか。
若い兵達はベルカに正義があるからだと思っているようだが、では何故その正義は、盟友でもあった国に刃を向けた?
そして私達は、彼等の誇りを奪おうとしている。
私達が、諸外国によって誇りを奪われた。確かにその主張にも一理はないでもない。だが、隣人の誇りを奪い返すことで、果たして「正統」なベルカの「勝利」となるのか?
だが、私は軍人として、今ここにいる。
命令は明確だ。彼等の牙を奪え。
ならば私は、私の誇りと、軍の誇り、国家の誇りにかけて、その命令に背く事はできない。
空を見上げる。空はどんよりと曇り、今にも雨が降り出しそうだった。それは、明日の空を予見するような空だった。
――プエルトルス ファン・カルロ空軍基地 1995年3月28日0830hrs
アラートが鳴り響いても、私はもう別段驚かなかった。来たか、という程度だ。三日前とは違い、今回は落ち着き払ったものだった。ドアを開けると、服の襟元を整えながらアイスが、パンツのしわを伸ばしながらフェザーが部屋から顔を出すところだった。
「行きましょう、隊長」
「フトゥーロ、ですよね」
「それ以外にないでしょうね」
次に来るものがわかっていれば、存外落ち着いたものだ。私達は慌てる他基地組を尻目にブリーフィングルームへ向かう。
「注目!」
全員の目が、スクリーンに向けられる。
「諸君らももう想像はついているだろう。ベルカの地上部隊がフトゥーロ運河に向けて南下を開始した。タイミングを合わせ、フトゥーロ運河北岸にベルカ海軍艦隊を確認。我々は稼動全機をもってこれを迎撃する。編成は以下の通り」
……やはり、か。昨日、コルヴォが撮った写真に、その「移動中の地上部隊」が映っていたのは聞いていた。
私は相変わらず対空班。同じく対空班のヘリファルテにはローボ2とヴェンティが、近接航空支援隊に振り分けられたガートモンテスにヴァウが含まれている。編成表にはコルヴォの名前もあった。任務内容は……単機強行偵察・並びに爆撃損害評価。
「ことここに至って、私が言うべきは何もない。フトゥーロをとられるという事は、サピンの通商を破壊されるに等しい。諸君らの健闘に、フトゥーロの、サピンの今後がかかっている。奴等を止めろ。出撃!」
ファン・カルロ基地指令の一言で、全員が一斉に立ち上がる。ガルシア大佐は、命令系統の都合で同席していない。便宜上、アリオラ組の編隊指揮は、相変わらず私が受け持つ事になっていた。
ふと、視線が気になって振り返る。
「……なに? その目は」
「あ、いやなに。編隊長から何かお言葉は?」
それが当然、という顔でコルヴォがぽかんとしている。
「堕ちるなら私の見てないとこでお願い。出撃」
「ありがたいことで」
「レジェス中尉?」
「なんすか姐さん」
「空に上がる前に堕ちるって高等パフォーマンスでもやりたい?」
「なんでもないです、はい。ええ」
「ヴェンティ?」
「……なに?」
まさか自分に声がかけられるとは思っていなかった風情のリオが振り返る。
「初陣?」
「ううん。何度か、飛んだ」
「そう。何かあれば呼びなさい。どの位置にいても、ウチの誰かが行くわ」
「は、はい……!」
「……女性には優しいんすね姐さ――」
「レジェス中尉? あなた――」
「なんでもないです、はい。ええ」
「ああ、そうそうレジェス中尉?」
「な、なんすか姐さん」
「この子に機銃弾一発でも当てさせようもんなら、ファン・カルロの土は二度と踏めないと思いなさい?」
「心します」
「よろしい。これ以上アリオラに減られても困るんだから、気い入れて飛びなさい」
それぞれ散っていくパイロット達を見送り、私は軽く肩を落とした。
「お疲れ様です、お姉様」
「やれやれ。血の気にはやって飛ばれても、死ぬか邪魔になるだけだからねえ……あれで少しは、軽くなったんじゃないかしらね。さ……私達も行きましょうか」
今日も、タフなフライトになるのは間違いなかった。
――フトゥーロ運河 1995年3月28日0920hrs
我々アリオラ組の受け持ちはEフィールド。戦線側面、サピン側の地上施設・並びに地上部隊の支援。
『またしても我々は、ってか』
「正面に投入されないだけありがたいと思いなさいな。現状、我々の戦力でできる事と言えば、これぐらいでしょう」
正確に言えば、私達の任務は、Eフィールドにおける遊撃。つまるところ、Eフィールドの正面戦力でもなく、薄くなった場に適時介入するのが任務である。それ故に、受け持つ戦域の広さは全部隊一。
「カンタオール2、ちゃんと見ててちょうだいよ?」
『当然だアイリス1。既に地上部隊も展開済だ。前面はバルデスの第9航空陸戦旅団が受け持つ。諸君らは適時増援として介入。その判断は任せてくれ』
「了解、了解。皆、聞いたわね。ヴェンティ、ヘリファルテをお願いね」
『わかった』
『ちょっ、姐さん!? ってヴェンティ、お前も普通に答えるなよ!』
『え、だって……菖蒲さんが』
『いやだから……大体なんで姐さんのファーストネームを……』
『いけないか?』
『私は構わないけど……まあ、できれば地上でにしてちょうだいな。一応正規軍の階級持ちだしね』
『はいっ』
『……』
フトゥーロ運河、北部。大海への入口であると同時に、五大湖への出口であるこの地。ベルカ海軍は、この地をこじあけようと、主力艦隊を惜しげもなく投入していた。
「……敵、来ねえな」
緒戦を生き延びたサピン軍のパイロット達は、口々に呟いた。
既に敵の移動開始の情報が伝わってきているにも関わらず、彼等の担当する空域は至って静かなものだった。
『来るさ。必ず』
『……! 前!』
レーダーアラート。計器から目を上げたパイロットは、そこに押し寄せるミサイルの群れを見た。
『畜生おいでなすった! Nフィールド、ベルカ軍の侵攻を確認!』
『くそ、なんて数だ! 行くぞ!』
エンジンに鞭を入れる前にミサイルに叩き堕とされていく機体が多数いるなかで、生き残った機体は押し寄せるベルカ軍機に正対し、増槽エを放り出す。
『Nフィールド、会敵。こっちにも来るぞ!』
サピン西岸に位置する工業コンビナート群。
丘に隔てられたその地を守るべく展開した地上部隊は、お世辞にも強固な防衛線を張っているとは言い難かった。
元々、各地で散々に叩きのめされたAMX30とM60が主力。加えて、火力員数を補う目的で、偵察小隊のセンタウロ戦闘偵察車までも投入されていた。
AMX30やM60同様、主砲に105mm砲を主砲として備えるものの、その装甲は正面装甲でも20mmに耐えるのがやっとという有様である。。本来ならば戦車に遥かに勝る機動性を活かし、高速道路等を利用して迅速に戦力展開する為の兵器であり、もちろん、本来なら防御戦闘に用いる兵器ではない。
定点で殴り合うには、あまりにも脆弱な陣容である、と言わざるをえないのだが、これが現在のサピンの限界でもあった。
『敵砲兵支援、きます!!』
「この次ぁヘリと攻撃機が来るぞ、戦車が見えるまで頭下げてじっとしてろよ!」
指揮官の少佐はマイクにがなると、部下に見えないように十字を切った。
フトゥーロ運河、南部。
こちらには、オーシアへ撤退する兵士を乗せた民間徴用船や、それを防衛するオーシア護衛艦隊、更には、サピン海軍第三艦隊がひしめいていた。
そのなかでも一際存在感を放つのがサピン第三艦隊である。虎の子である二隻の空母のうちの一隻を擁する第三艦隊は、来るべき攻撃から撤収船を守るべく、艦隊指令の独断で戦線に赴いていた。
「諸君、この戦闘は、サピンの為の戦闘ではない。今回、我々が守るべきは、背後のオーシア人達だ。彼らは同胞だ。同じように謂れのない侵略を受け、各地で散々にされた敗残兵達だ。私は、同じ軍人として、彼らを無事、母国へ送り届けたいと思う。戦争に正しい義などない。だが、私は、軍人としての義をもって彼等の盾となる所存である。勝て、とは言わない。生き残れ、とも言わない。指揮官として、勝手かつ、無能極まりない命令だ」
サピン第三艦隊旗艦、空母ソマリバの艦上、艦長は一旦マイクを口から離した。一度目を伏せ、上げたその顔には、既に迷いはなかった。
「私と共に盾になり、共に死んでくれ。こんな命令しか出せない私を許して欲しい。サピン海軍に栄光を」
マイクをホルダーに戻し、ふと、見渡すと、CICの中にいる兵達が全員立ち上がり、自分に向けて敬礼していた。
「諸君……ありがとう。まことに、ありがとう」
目を伏せ、艦長は何事か呟き、目を上げた。
「さあ諸君。サピン海軍の誇りを、無礼な北の貴族共に見せてやろう」
『前線司令部より入電。敵、砲兵支援開始。いよいよだぞ、諸君』
「……全機へ。前回の轍を踏まないようにね。必ず二機で一機を狩る。無理に前に出ない。ヤバければ支援要請。つまりは、散り過ぎないように。切り崩されたら、また同じ事が起こるわよ」
『了解』
『了解です』
「持久戦に持ち込めばこちらの方が有利。我々は遊撃。数の不利を覆す為にいる。戦果を焦らないようにね」
『了解だ』
『了解してる』
『カンタオール2よりアリオラ編隊、前線にて第9航空陸戦旅団が会敵。始まったぞ』
遠くの空に、敵味方入り乱れたコントレイルが見え始めた。同時に、地面には砲弾の炸裂する爆炎が。
「アイリス1了解。さあ皆、気い入れていきなさい!」
『イーリス、後方敵機!』
「見えている」
軽くスティックを捻り、機体を振る。スロットルを絞って更にジンキング。
《なッ!?》
「……危ういな」
だからこんな簡単なフェイクにも引っかかる。ロックオン、FOX2。
『イーリスが一機撃墜』
他愛ない。既にこの三日でまともなパイロットは全滅したと言う事か。サピンが張子だと言われ、それが事実だと裏付ける練度の低いパイロットに、私は内心の苛立ちを深めた。
これが我々の正義か。これは戦いではない。既に虐殺に近い。
だが、これが私の任務。私は軍人であり、ベルカの騎士。
だが……これが本当に「戦争」と呼べるのか?
『ナハティガル隊、方位180に敵編隊。対応しろ』
「ナハティガル1了解」
だが、作戦は続く。ベルカの未来が、サピンの未来がかかった戦争が。
「くそっ、ローボ2、離れるなよ!」
『当たり前だ! こんな状況で一人で飛ぶ程度胸はねえよ!』
周り中敵だらけ。ここは円卓か? 後ろに見える機体はほとんどベルカの塗装の機体ときた。俺達はかき回されっぱなしの戦線に姐さんの指示で全戦力をもって介入した。その結果は単純だ。よりしっちゃかめっちゃかになった。
『ヘリファルテ1、後ろ、後ろ来てるぞ!』
せっかくポジションについても、どこからともなく別の機がケツにつく。これじゃきりがない。だが、そのおかげで、地上部隊への攻撃は散発的だ。
「誰か、後ろのを追っ払ってくれ!」
『オレがいく。待ってろヘリファルテ1』
ヴェンティの声がしたと思った瞬間に、敵が離脱していく。その後を追うイーグル。後ろは消えた。後は、前を消すだけだ。
目を上げる。狙いを定めたMig29が左右へシザースを繰り返している。
距離が近すぎる。ガンへシフト。ピパーが細かく踊る。
「畜生、じっとしてろ!」
一瞬だけトリガーを撫でる。それだけでも数十発の20mm砲弾が空にばら撒かれる。ミス。あの当たらなかった弾は、どこへ落ちるんだろう? と誰もが一度は考える、下らなくも重要な事をふと考える。この下はコンビナートだ。こんなミスショットがコンビナートに火を点けたなんて笑えない話にもなりかねない。
ベルカもここはできるだけ無傷で欲しいのだろう。いつものような縦深突破を仕掛けてこない。だが、その手は、少しづつ、少しづつ伸びてきていた。
『ヘリファルテ1、後方敵機!』
畜生、またか。サピンにいるイーグルは目立つからか、さっきから事あるごとに絡まれている気がする。強引な高G旋回をかけて振り払う。深追いはせずに、一旦離脱。
『ヘリファルテ、突出しすぎよ。少し下がりなさい』
「了解リーリオ1」
一旦後退する俺達と入れ替わりに、濃紺のSu37が下からすくい上げるように上昇していく。相変わらず、何事もないかのように、かっちりとしたトライアングルを崩していない。なんなんだあの女共は。これだけの乱戦のなかにあって、リーリオ達は彼女達だけ別の空を飛んでいるかのように現実離れした飛行を続けている。
その姿が、優雅、とは言えない。恐らくは今先頭に立っているのはアイスだろう。編隊のスピードがやたらと速い。リーリオ達は撃たずに、三機がかりで戦場の空を切り裂く事でその空を維持していた。
『カンタオール2よりアイリス1、貴隊の空域にベルカの増援部隊を確認』
『アイリス1了解。攻撃機組は下がってなさい。コルヴォ、あんたもよ。ヘリファルテ、ローボ、ヴェンティ、私達で出迎えるわよ』
『了解だアイリス1。一旦観測任務を中断する』
『くそっ、まだ増えやがるのか! ローボ2了解!』
『ヴェンティ了解』
「ヘリファルテ1了解。聞いたな野郎共。女王様のお達しだ」
「ナハティガル1より各機。我々の役目を果たせ。突撃」
『ヤヴォール、フロイライン』
『ナハティガル4了解。いっちょやりますか』
『ナハティガル3、心得ました』
後続の機体から次々に返答が返ってくる。戦争前から飛んでいた部下達だ。私達に与えられたのは陽動。サピンの防空戦隊をひきつける。その意味は、一つしかない。
『フロイライン、前方のサピン編隊、変です』
変? レーダーに表示される情報に目を落とし、合点がいった。サピン空軍に正式採用されていない機が多数。編隊自体は雑多で、数もまちまち。寄せ集め感すら漂う。
「……脆いな……」
ならばせめて、一撃で終わらせるのが敵に対する最大の慈悲であろう。翼下のR27をロックオン。
「……速い?」
だが、その瞬間に敵編隊が見せた動きは、私の考えが傲慢であった事を認識せざるを得ないものだった。
雑多な寄せ集めのはずの編隊が、驚くほどの短時間でこちらを包囲するように広がった。これではセミアクティブレーダー誘導などという悠長な真似をしているわけにはいかない。正面に占位したのは、フランカー、か?
「全機、あの編隊、中々面白い。何をやってくるかわからん。ナメてかかるんじゃないぞ」
『了解。近接に持ち込んで引っ掻き回してやります』
「散開。編隊を広げろ」
受けて立つように、私の編隊も空に広げる。
これではまるで、馬上槍試合ではないか。
ふとよぎったその言葉に、内心で苦笑する。だが、そんな余裕が油断になりかねない。
「無理に堕とそうとするな。奴らが私達だけ見ているようにしておけばいい」
『了解』
「……やれやれ。私まで投入されるという事は、余程だとは思っていたが……ここまでとはね」
フトゥーロ運河、東岸。オーシア側においても、状況は似たようなものだった。
防空隊の中核を担うのは、事もあろうに真っ赤な塗装のF15S/MTD。新型装備の試験の真っ最中に戦線に投入された為に、試験機に実装されていた新型塗料のカラーリングがそのまま残されていた。
オズワルド・ゾウムガルトナー。その名は、オーシアだけにとどまらず、各国空軍、特にF15乗りにとってはつとに知られた存在であった。その最たるものが軽量化の為に塗装までそぎ落としたストリークイーグルを駆っての上昇記録であろう。オーシア国防軍においてもF15の扱いにかけては右に出るものなしとまで言われた男も、戦場に投入されていた。
その真っ赤な機体は当然ながら敵の目を引く。結果として、彼に敵機が集中、それを周囲の味方機が援護する、という一種奇妙な戦線が展開されている。
「しかし、この年でこのような運動はこたえるのだがね……」
まるでそんな疲れを感じさせない声でぼやきながら、機首上げ。Su27のような完全に直立するわけではないが、擬似的なコブラ機動。オーバーシュートして取り乱した敵機に、周囲の味方機が群がる。
「皆踏ん張れ。ここから先に進ませなければいいんだ。堕とす必要はない。彼らの補給線は延びている。我々の方が燃料面では有利なんだ。それを忘れるな」
『了解!』
『了解だ。頼むぜサー・オズワルド』
正面に見えたSu27に対して仕掛ける。瞬間、オズワルドの目が細まった。
「この機……鋭いじゃないか」
援護もいい。二機の編隊だが、この編隊にはただならぬものを感じる。
「皆気をつけろ、このフランカーは他と違うぞ」
存外に鋭い旋回でオズワルドを振り払おうとする敵の後を、紐で結わえてあるかのように正確にトレースしながらオズワルドは声を上げる。5G近い急旋回にも、その声は一切の揺るぎがない。
――両翼にこれだけの戦力を投入とは。これでは艦隊正面は手薄にならざるを得ないか。
「盾」となってオーシアの船団を守る艦隊は、防衛線の主力として運河南部に位置してはいたが、その能力故、艦隊直掩は少なく、先程から小刻みな空襲を受けていた。
今のところ凌いではいるが、これでは何かあった時に両サイドから締め上げる事ができない。既に地上部隊も攻撃を受け、徐々に数を減らしつつある。
――これは、まずいかもしれんな。
まるで他人事のようにオズワルドは考え、眼前の敵に目を戻した。
――私は私の仕事をするだけだ。
「ムーミエより全機。西岸はナハティガル、東岸はポストラー達が陽動をかけている。そろそろ頃合だ」
フトゥーロ運河北部。ベルカ艦隊の遥か後方、一団となって進む機影があった。
ユーク系独特な流麗なボディラインだが、その機体はフランカーを横に引き伸ばしたような形状をしていた。
Su32。れっきとした「フランカー」一家である。だが、その優美なラインは、本家のように絶大な空力性能を機動性に変える為ではない。
Su32の最たる特徴として民間人がよく知る逸話は「コクピット内に電子レンジがある」事だろうが、それだけではない。コクピット内は与圧されているし、トイレすら存在する。あまつさえ、仮眠をとれるスペースすら備えているのだ。
それらも全て、長距離飛行と、それに付随する戦略爆撃任務の為に費やされた装備なのだ。その優美な形状は、おおよそ考えられる限りのユーク製対地兵装を全て搭載可能で、その最大積載重量は実に八トン。兵装懸架パイロンは一二ヵ所も存在するという、おおよそ「戦闘機の一種」とは思えない装備を持っている。事実、Su32は、Mig27フロッガーやSu24フェンサーといった従来型の戦闘爆撃機の後継機というだけでなく、Tu22バックファイアの代替すら想定されているのだ。
そんな彼らが提げて飛ぶミサイルは、特異な形状をしていた。ミサイル、というよりは小型のロケットとでも言う方が正しいかもしれない。そんなミサイルをそれぞれ二発づつ提げた一個飛行隊が、一直線に南へと飛ぶ。
「手順はわかっているな? 艦隊の攻撃後に、我々が撃つ」
率いる部下から一斉に返ってくる了解符に、編隊を率いるバート・エッサーは満足げに頷いた。
「いい狩り日和ですな」
隣席、WSOが戦場にあって場違いなほどほがらかに言う。
「そうだな。成果が出ればなおさらだ」
エッサーはそう言い、眼前に見えるベルカ艦隊の堂々たる姿を見やった。
「我々は、ここを手に入れ、戦争に勝利する。行くぞ!」
『アイリス隊、EフィールドとNフィールドの中間点付近に敵編隊を確認。対応せよ』
「簡単に言ってくれるわね……ちっ、しつこい!」
先程から、性能的には遥かに劣ると言っていいMig29につきまとわれている。連携もいい。この部隊はなかなかいい部隊だ。だが、それが敵となると話は別だ。
「アイス、こいつを追っ払って」
『了解。フェザー、後ろお願い』
『了解!』
アイスが後ろにつこうというそぶりを見せると、すっ、と離れていく。その代わりに、どこからか現れた別の機体がフェザーを狙いはじめる。
『っ?』
声にならない呻きに、真っ先に反応したのは、フェザーの前方を行くアイスだった。
『フェザー、頭下げて』
言うと同時に機首を上げてコブラ。フェザーを追うのに集中していた敵機が、フェザーごとオーバーシュート。
『……ふん』
機首を水平に戻したアイスがガンアタック。命中。
《畜生、まともに喰らった! ベイルアウトする!》
『フェザー、怪我してない?』
『する間もなかったわよ。ありがと、キャリー』
『どういたしまして』
「……アリオラ編隊へ。アイリス隊は戦域を離れる」
『なんだって!? 姐さん抜きでここを支えろってのか!』
途端に編隊から講義の声があがる。
「私達がいなくてもなんとかなるでしょうに。ボーイスカウトじゃあるまいし」
『第9航空陸戦旅団、第11戦闘飛行隊。エスパーダ隊だ。この坊主共の面倒は俺が引き受けよう』
派手な塗装のドラケンが戦場を切り裂くように飛ぶ。その直後には、同様の塗装のラファールが続く。
「了解、エスパーダ隊。ウチの雛をよろしくお願いしますわ」
『母親が帰ってくるまでコヨーテ共から守ってやるさ』
「お願いします。アイス、フェザー、位置に」
『2了解』
『フェザー、位置につきます』
『カンタオール2よりアイリス隊。あの編隊、様子がおかしい、まるで爆撃機の編隊のような隊形だが、スピードが速いし、なにより反応が小さい対応を急いでくれ』
「アイリス1、了解」
狙いは対艦攻撃だろうが……何を撃つ、気だ?
「全機、やるぞ。私に続け」
エッサーはベルカ艦隊と敵編隊の中間点にあり、戦場の空白となった場所にいた。戦略上さして重要ではない、主戦場になりえていない空域だった。
エッサーのSu32が、翼下のミサイルを放出する。間隔を大きく開いたフィンガーチップ編隊が、それにならって次々とミサイルに点火、射出する。
――行け、食っちまえ。
エッサーは機体から離れて行くミサイルを目で追いながら心の中で呟いた。
「全機旋回! 艦隊の後ろに逃げ込め!」
そう考えたのもつかの間、エッサーは機体を急旋回させた。エッサー機を先頭に、部下の機体も一斉に身を翻す。
『ミサイルの発射を確認! ……な、んだ、これは!?』
「しまった……そういう事か!」
敵の放ったミサイルはただの対艦ミサイルではなかった。ロケット推進だけではなく、ラムジェットを搭載した高速ミサイルだった。十分にロケット推進で加速したKh31Aは、ラムジェットを始動。最大マッハ3を誇る高加速でサピン艦隊に殺到する。
「ちぃ!」
翼下に提げたR77には、巡航ミサイル迎撃能力もある。が、残りは僅かに二発。敵ミサイルの数は………二八。結果は明らかだ。だが、それでも二発減らせる可能性があるならば、と残ったR77を撃ち放つ。一発が対艦ミサイルを捉えて爆散。残りはそのまま艦隊陣へ向けて殺到していく。
「ちっ、当たっときなさいよ! カンタオール2、艦隊にミサイル警報! ただのミサイルじゃないぞ!」
せめて発射機だけでも、とレーダーを見るが、既に敵編隊は反転、味方艦隊の防空網の傘下に逃げ込もうとしている。ミサイルの射程も足りない。
「抜かったわね……」
『アイリス1、敵編隊を確認。Su27……八機』
「ええいアイス、フェザー、やるわよ!」
『了解』
『りょ、了解!』
この状況でも私の指示に従ってくれる二人を誇らしく思いながらも、私はレーダーから目を上げた。
『くそッ! 上空の援護機、射線から離れろ! レーダーが照射できない!』
『来るぞ!』
艦隊外縁部に位置するイージスが対空ミサイルとCIWSで弾幕を張る。次々と撃墜されていく対艦ミサイル。だが、いかんせん数が多すぎる。
『畜生! 五発抜けやがった!』
『クーガー5が味方の弾幕に突っ込んじまった!』
『第三波、方位360!来るぞ!』
「ミサイル、第二波来ます!」
「対空戦闘! CIWS自動照準。撃て!」
「射撃開始!」
右舷方向に配置されたCIWS――コンピュータ制御された20mmバルカン砲塔が一斉に火を吹く。独特の発射音と共に、毎分三千発という無茶苦茶な発射速度で砲弾の洪水が放たれる。
「目標四撃墜! 五、一、撃墜! 三撃墜!」
「目標二、弾幕突破!」
一発だけ、弾幕を逃れたミサイルが、目標直前で大きく跳ね上がる。一旦高度を上げ、逆落としに目標に向けて突入。遅延信管により、装甲貫徹後、そのあり余る炸薬を炸裂させる。
「報告!」
「飛行甲板に直撃! 格納甲板まで貫通、浸水なし、第五区画で火災発生! カタパルト使用不能、防空システム電源途絶!」
「消化班、補修班を第五区画へ、システム復旧急げ、次が来るぞ!」
「第三波、四発突破!」
「畜生!」
絶望感に支配されるCICの中で、艦長一人がその運命を受け入れるかのように沈黙していた。
『空母ソマリバに直撃弾!』
『畜生! 沈む……ソマリバが沈む!』
『くそッ! 降りる場所がなくなっちまった!』
海軍のラファールが悲鳴を上げる。これでサピンは防衛線の要である艦隊中枢を失った。この戦場における趨勢は決してしまったと見るべきだろう。
――この日、バート・エッサー率いるベルカ第7航空師団第65戦闘飛行隊の戦果は、空母撃沈一、駆逐艦撃沈二、フリゲート撃沈一を数えた。彼等の攻撃をもって、サピン海軍第三艦隊は事実上その戦闘機能を喪失する。
『畜生、どうなってんだ!』
『どうなってるもクソもねえ、これ以上は無理だ!』
『正面に新たな敵勢力! 数……およそ四〇!』
サピン西岸、防衛線を張るサピン陸軍は、もはや限界まで損耗していた。
ただでさえ正面から殴り合って勝てる相手ではないのだ。上空の援護機はベルカの鳥に翻弄され、近接航空支援どころではない。
「くそっ! 司令部と連絡がとれない!」
「大佐! 各地区で防衛部隊の通信途絶!」
「大佐!」
地上部隊、戦車隊指揮官の大佐は、決断を迫られていた。
このままここを「死守」するか、それとも、自らの首をかけて部下を救うか。
「……大隊全戦闘員に伝達。『戦線は既ニ崩壊。大隊戦闘員ハ速ヤカニ戦闘ヲ中止、南部域ヘ撤退セヨ』」
大佐は、後者を選んだ。運河が欲しければくれてやればいい。だが、もうサピンの血は流させない。
「……よろしいのですね?」
「早く逃げ出させてやれ。それと……」
大佐は指揮卓にどっかと自分の脚を指揮卓に投げ出し、煙草をくわえた。
「お前達も後退しろ。後の任は私一人でいい」
「……大佐!?」
「命令だ。今日は……いや「今日も」死人が出すぎた。これ以上、私の大隊から戦死者を出すな。さあ、行け」
誰もその場を動こうとしない。大佐は煙草に火をつけ、深々と吸い込むと、やおらホルスターから拳銃を抜き、部下達に向けた。
「俺に撃たれるのと、ベルカに撃たれるの、どっちが早いと思う? おそらく、後者の方が速いぞ。行け、逃げろ。命令だ!」
「……ッ」
「大佐……」
部下達は、敬礼し、指揮卓の前から消えていった。最後の一人が指揮所を離れるのを確認し、ようやく大佐は銃を下ろした。煙を吐き、再び吸い込む。
「さて、どう死ぬか」
大佐はテーブルの隅に乗っていた通信機を足で引き寄せた。マイクを握る。
「全大隊戦友諸君。大隊長より最後の通信となる。心して聞いてくれ。私は、無能な指揮官だった。勝てぬとわかっている戦場に君達を配し、通用するはずのない武器で戦えと命令した」
煙草を吸い込む。
「この敗戦は諸君らの力が足りなかった為では、断じてない。この敗戦の最たる原因は、戦争回避の努力を放棄したサピン・ベルカ両国政府、ならびに軍首脳の無意味な抵抗路線によるものである」
右手で拳銃をもてあそび、しばし虚空を見つめた大佐は、再びマイクのスイッチを押し込んだ。
「或いは、諸君らを勝利に導く方法はあるのかもしれない。だがしかし、私は諸君らにそれを提示する事ができなかった。これはひとえに、私の不徳の極みであり、この戦場で戦った諸君らに、一切の非はありはしない」
深く吸った煙を吐き出し、再びマイクのスイッチを握り込む。
「この戦闘における諸君らの勇猛さ、そしてその母国に対する愛国心は、小官がしかと見届けた。諸君らは、後世に語り継がれるべき兵であり、断じて負け犬等ではない。来るべき反撃の時は必ず来る。その際には、私より遥かに優秀な将官が、諸君らを勝利に導くものと私は確信する。ついては、私から、大隊戦友諸君に最後の命令である」
吸いさしを指で弾き、大佐はマイクを握り締めた。
「逃げろ。みっともなくてもいい、負け犬と呼ばれても、敗残兵と呼ばれてもいい。逃げて、生き延びろ。諸君らの生存は、明日のサピンの反撃に繋がるものである。諸君らの、無事な撤退を祈る。以上だ。了解符なんぞいらん。さあ、南へ走れ!」
マイクを放り出し、大佐は次の煙草をくわえた。ふと、テントの天幕をみやる。
「畜生。最期の一服もさせてくれねえのかよ」
次の瞬間、ベルカ攻撃機の放った500ポンド爆弾が、テントを吹き飛ばした。
『前線司令部より緊急入電! 我、既ニ指揮能力ナシ。戦線ノ将兵ハ速ヤカニ撤退セヨ!』
カンタオール2が読み上げた通信文に、一瞬だが、アリオラ編隊の動きが止まった。
「後退命令だと!? 畜生! 艦隊は! 艦隊は何をしてんだよ!」
レジェスは運河、艦隊がいるはずの方向をみやった。うっすらと煙がのぼっているのが見えるが、いや、まさかあれが。
『艦隊との連絡は、一〇分前から途絶えている』
そういうカンタオール2の声は、どこまでも平静だ。たいしたおっさんだぜと思う。
『ヘリファルテ1、その空域下を地上部隊が撤退中だ。なんとしてもそこを維持せよ』
「……俺達にゃ撤退はないのかよ」
『彼らが先だ。それともお前は生きて、彼らを「鳥」についばませるか?』
「お断りだ。アリオラ全機! 聞いての通りだ。ここで死ぬぞ!」
『畜生、そういう事かよ! ローボ2、了解!』
『空軍なんぞ入らなきゃよかったぜ。ヘリファルテ2了解!』
『ああもう、追加料金だ! ヘリファルテ3了解!』
『仕方ないな。ヴァウ、了解』
『最初から覚悟の上だよ。ヴェンティ了解』
『……僕も逃げちゃ駄目なのかな?』
『コルヴォ、あんた、弾あるのか?』
『フィルムはまだ二〇枚程残ってるが――』
『下がってろおっさん』
『コルヴォ了解』
驚いた事に、今日のアリオラ編隊は、まだ一機の落伍も出していなかった。全機がそれぞれのポジションにつく。弾も少なくなってきているが、まだいける。レジェスは軽く頭を振った。
『エスパーダ1よりアリオラ、俺達も付き合うぞ』
前面にたてられ、損耗著しい第9航空陸戦旅団の二機がヘリファルテの横につける。
「助かるぜ9th、……あんたらだけか?」
『飛べるのはな。残りは堕ちたか戻ったか、だ。俺達だけじゃ不満か?』
「んなわけねえ。猫の手でもありがたいぐらいだ。カンタオール2、姐さんはどこで遊んでるんだ!」
『アイリス隊は現在北側で交戦中。現状戦力で対処せよ』
『ファンが多いから、あの姐さんは』
「敵にもいそうなのがこえーわな。ヘリファルテ全機、姐さんが戻るまでここをなんとかするぞ! ヴェンティ。姐さんから脅されてんだ。俺から離れるなよ!」
『ヴェンティ了解』
一瞬硬直しかけた編隊が、再び勢いを取り戻す。まだ、戦闘は続く。こんなところで堕ちるわけにはいかない。
「畜生め。損害報告!」
煙にまみれたAMX30の車内で車長がわめいている。
「転輪をやられました。走れない以外は、乗員にもシステムにも問題はありません」
「くそっ。命運尽きたか……砲塔は動くな?」
「動きますが……」
「正面へ向けて、合図を待て」
てっきり脱出を指示されるものと思っていたクルーの表情が強張った。
「少尉、何するつもりです?」
「ベルカの戦車がこっちへ来てるんですよ!?」
「んな事はわかってる。いいから見てろ。エンジンも切れ」
くぼ地にはまるようにして擱座したAMX30は、その場で沈黙した。ベルカの戦車隊が、一般的にイメージされる「戦車」の速度に程遠い、乗用車が高速道路を走っているようなスピードで接近してくる。
「まだだ。まだ動くなよ」
撃破したものという判定なのだろう。多数のベルカ戦車が、地響きをたてて通過していく。
「まだ、まだだぞ……エンジンかけろ! G弾装填!」
戦車隊が全車通りすぎたのを見計らい、車長が叫ぶ。転輪を破壊され、身動きもままならないAMX30が再び咆哮する。
「撃ち合ってみてわかった。連中、通常型の徹甲弾にはめっぽう強いが、成型炸薬にはそうでもない。後ろから撃ちゃあ……」
『装填!』
再び騒音に満たされた車内で、インターカム越しに装填主が叫ぶ。
「さあ、最後の花道だ。ブッ放せ!」
爆音と共に、G弾、AMX30に搭載されたCN105F1対戦車砲専用のHEATが放たれる。既に敵は沈黙したものとたかをくくっていたベルカ戦車の後方、ラジエターグリルに命中。嫌な音と共に爆砕する。
「よし! 続けろ! 次弾同じくG弾! 獲物はとり放題だぞ!」
以後、状況に気付いたベルカ軍の反撃により撃破されるまで、射撃は続いた。
この時この車両が撃破したベルカ戦車は合計7台にのぼり、これはサピン陸軍のこの時点でのトップスコアであった。当該戦車のクルーには、戦後名誉勲章が授与されている。
『畜生! これ以上支えきれないぞ!』
「退がるな! 踏ん張れ!」
『言ったってレジェス!』
「言うな! 踏ん張れ! ここが潰されたらNフィールドから撤退してきてる奴の逃げ道がなくなるんだぞ!」
『俺達の逃げ道はどうなる!』
「言うんじゃねえ! 俺達はアリオラだ! 支えろ!」
『ヘリファルテ1、後方敵機!』
「ちぃ!」
ヘリファルテ1、右方向へブレイク。ほとんど同時に敵よりガンアタック。右肺に命中。
「がぁぁぁッ!」
『レジェス!』
「来るな! 敵はこいつだけじゃないぞ!」
レジェスは右エンジンの出力を絞りながら後ろを見る。
敵機、Su27。
「姐さんならまだしも、ベルカにやられるかよ!」
片肺のイーグルが追いすがるSu27に対してハイGバレルロール。しかし、機動力に勝るSu27はスロットルを絞り、コブラ機動。
《馬鹿め。片肺で逃げられると思ったか》
『ヘリファルテ1、頭下げて』
混線した敵の嘲りをかき消すように、いきなりレシーバーに響いた声に、レジェスは反射的にスティックを押し込んだ。
上空から三つの塊が降ってきた。直後にレジェス機の背後のフランカーが爆散する。
「アイス! 姐さん!?」
『世話を焼くのも焼かれるのも慣れませんか』
『待たせたわねえ、隼のヒヨコ達』
相変わらずの密集隊形のまま、一瞬で二機を食い散らかしたSu37から、いつもの声が朗々と響く。
『全機、残余弾報告!』
『ローボ2、AAM3、機銃弾150』
『ヴァウ、AAM1、機銃弾100。爆弾はさっき捨てた』
『ヴェンティ、AAM3。機銃弾90』
「ヘリファルテ1、AAM2、機銃弾アウト」
『ヘリファルテ3、AAM1、機銃弾150」
残りの機は既に機銃弾しか残っていないか、地上攻撃隊である。
『残余弾のない機、ヘリファルテ1は後退。全機、友軍の脱出まで、このEフィールドを維持するわよ!』
「姐さん、待ってくれ、俺もいける!」
『あんたの仕事は今日はここまでよ。後は私が引き受ける。片肺のイーグルで何ができるっての。片羽の妖精を気取るつもり? いいから退がりなさい!』
「……ッ、ヘリファルテ1、了解!」
『ああ、そうそう、ヘリファルテ1』
地上にいる時と同じ調子で言ったカグラに、ほとんど条件反射でレジェスの体が硬直した。
「な、なんすか、姐さん」
『ほんとにヴェンティ護り切るとは思ってなかったわ。よくやったわね』
「生きてファン・カルロに降りたいですから」
『……ありがとう、ヘリファルテ1』
いきなり横合いから聞こえたヴェンティの声に、今度こそレジェスの体が震えた。
「い、いきなりなんだヴェンティ! 俺は任務を果たしただけで……」
『いいから離脱なさいヘリファルテ1。全機、もう一モメ行くわよ!』
『了解!』
『カンタオール2、戦線の後退ポイントを指示して。そこを押し返す。9thの生き残りも投入して!』
『了解。エスパーダ1、エスパーダ2、ポイントE-5へ。アイリス、E-4へ。ローボ2、ヘリファルテ3、ヴェンティ、ヴァウはE-6を』
『エスパーダ1、了解。マルセラ、ついてこい』
『了解エスパーダ1』
第9航空陸戦旅団の生き残り、派手な塗装のドラケンを、翼端を赤とゴールドに染めたラファールが追う。ドラケンらしい、と言えばらしいが、どこか異質さすら感じさせる高加速で指示されたポイントへ飛んでいく。
『アイリス1了解。アイス、カバーを。フェザー、上空監視よろしくね』
『アイス了解』
『フェザー了解』
いつも通り、まるでただの訓練飛行のように、乱れないフォーメーションを組んだアイリス隊が同時にバーナーに火を入れる。
『ローボ2より寄せ集め、行くぞ、アリオラ戦技班の意地ぃ見せたれ!』
『オレはアリオラじゃないが……ヴェンティ了解』
『ヴァウ了解だ』
『ヘリファルテ3了解。レジェス、こっちは任せろ。後退組の引率頼まあ』
「あいよ。死ぬなよ、ヘリファルテ3」
『今日のサピンの戦死予定リストはもう消化しちまったよ。俺の番は今日じゃない』
ローボ2の言う通り、雑多な編成となった編隊が、F5を先頭に飛んで行く。レジェスはようやく機首を転じ、後退する攻撃機隊の前に立った。
「さて……派手にやられちまったな。俺達も逃げよう。姐さん達が食い止めてくれる」
『ガートモンテス、了解。地上部隊も後退を始めた。ここも……とられた、な』
「俺達は生きてる。俺達はまだ負けてねえよ。帰ろう」
『ああ』
『ポイントAより敵が後退中。このまま押し潰せ!』
『了解! 戦車前進!』
この戦場の趨勢も決まった。またしても我々の勝利。まるで予定されていた、予め用意されていたシナリオ通りのように作戦は進んだ。
だが、それが誰かの用意した台本ではなく、現実の戦闘である事は、私の編隊が一機少なくなっている事が示していた。
編隊に、ナハティガル3の姿はない。サピンの防空部隊に撃墜されたのだ。あの機は確かにSu37だった。サピンはSu37を正式採用していない。実験機として導入しているという話も聞かないから、恐らくは正規軍ではないだろう。
サピン外人部隊。その起源は遠く中世の時代まで遡るが、私が、その外人部隊と戦う事になるとは。これもまた運命か。
「ならば――」
その先に待つ運命も、また同じか?
『隊長、どうしました?』
「ああ、いや。なんでもない。我々の仕事は終わりだ。追撃は他の隊に任せておけ。我々は帰還する」
まあいい。それは、時代が決める事だ。現代の戦争は、テンポが速い。遠からず、私が辿るべき運命も明らかになるだろう。
『了解』
「ナハティガル、RTB」
私は機首を北へ転じた。戦争は終わったわけではない。むしろ、これからだ。私の心には、奇妙な確信があった。
『地上部隊の戦域離脱を確認。防空戦隊の任務を解除する。速やかに南へ撤退せよ』
「了解。全機、これ以上は付き合う必要はないわ。ありったけ放り出して逃げるわよ」
『ローボ2了解。もうミサイルも売り切れだ。これ以上は何も出ない。撤収する』
『ヘリファルテ2了解。3、ローボと編隊を。奴をカバーするぞ』
『3了解。さあ逃げるぞ』
『ヴェンティ了解』
『ヴァウ、了解した』
『こちらエスパーダ1、アイリス1、ご苦労さんだ。俺達も逃げ出す』
「了解ですエスパーダ。援護に感謝します」
『なに。どうせ負け戦なら、死人は少ない方がいい。それではな。マルセラ、帰ろう』
『2了解。続きます』
派手な塗装のドラケンとラファールが、揃って離脱していく。一瞬だが、二番機のラファールが旋回を遅らせたようにも見えた。
『全機撤収を開始』
「了解。私達も逃げましょうか」
『了解』
『了解です』
周囲を飛ぶのは敵ばかりだ。我々は機首を転じ、南へと針路をとる。今日も、負け戦だったが、今日は誰も堕ちなかった。
その事だけが救いと言えた。
――フトゥーロ運河における戦闘で、サピン第三艦隊は旗艦ソマリバ以下多数の艦艇を失い壊滅。
以後、戦争終了まで第三艦隊が再編される事はついになかった。
この戦闘におけるサピン軍戦死者は二五〇〇〇名を数え、戦争中を通じてサピン軍が出した最も甚大な被害であった。
ベルカ軍はオーシア・サピンの抵抗を廃し、フトゥーロ運河を支配下においた。既に待機していた艦隊が運河を経由して外海へ到達。これにより、オーシアとサピン・ウスティオの連絡は事実上途絶する事になる。
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