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エースコンバットZEROのSS「PRIDE OF AEGIS(PoA)」の連載を中心に、よもやま好き放題するブログ。只今傭兵受付中。要綱はカテゴリ「応募要綱・その他補則」に詳しく。応募はBBSまで。
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A situation like this, should never exist
Then why are we out of control
I see smoke from the eden fire
Watch it going higher and higher

――アリオラ空軍基地上空 1995年3月26日 1408hrs


「こりゃまた……」
『派手にやられましたね……』
 眼下に広がるアリオラ基地は、所々から煙を吹いていた。
『アリオラBCよりアイリス隊。見ての通りだ。滑走路は使えない。たった今、アリオラ放棄の決定が下った。我々もできる限りの物資を持ち出して、ヘリで脱出する』
 位置的には、これまで攻撃されなかったのが奇跡と言ってもいいぐらいだったのだ。私達が出撃後に、基地が中規模の空襲にあったらしい。
 迎撃に使える機は少なく、稼動機のほとんどは出撃済だっただけに、基地の防空設備だけで迎え撃つしかなかったのだが、結果は、今私が見下ろしている通りだ。
『ありがたい事に、ガルシア指令は無事だ。施設以外に壊されるものはほとんどなかったし……人的損失は低かった。それだけが救いだ』
「なるほどね……私達はどうすればいいの? もう燃料もロクに残ってないわよ?」
『戻ってきたばかりで恐縮だが、そのままマリス方面へ飛んでくれ。ベルカの侵攻ルートはそっちに向いてるらしい。途中に空中給油機が待機している』
 マリス? フトゥーロ運河沿いの港町だ。そちらへ、侵攻ルートが向いている?
「まさか……」
『私も信じられんがね。ベルカの連中、フトゥーロを獲るつもりでいるらしいぞ』
「……それ、笑うとこ?」
『……人の生き死にかかったコントとは、ベルカの連中はとことんセンスがない』
 フトゥーロ運河。五大湖と外海を結ぶ巨大な運河にして、オーシアとサピンを隔てる「溝」でもある。フトゥーロ運河の奪取、それすなわち、オーシアを完全にウスティオから切り離す事を意味する。未だ南部は健在なサピンを経由するにしても、空輸では運べる物資の量も限られ、なによりコストがかかりすぎる。ウスティオの東側にいる国々も、同様にベルカの攻撃に晒されており、政情・経済状況両面でウスティオの支援などおぼつかない。
 ここに至り、私はベルカが冗談でもなんでもなく「ウスティオに対するレコンキスタ」を行っている事を確信した。
 それにしても……サピンもつくづく運がない。
 かつてのサピン内戦ではオーシアの支援を受けた左派政府軍とベルカ野支援をうけた右派反乱勢力が戦い、結果、右派反乱勢力の独裁体制となった。その独裁体制は四〇年余りにわたって続いた。独裁者の死後、復活した王制により、新憲法が制定され、現在の立憲君主制に移行したのだが……それより以前、遠く中世の時代には、今回のようにベルカの侵略を受け、南部の海岸まで領土を追い詰められ、滅亡の危機に瀕した事もある。
 そして、今回。「事のついで」で北部を好きに食い荒らされている。
 政府上層部や軍上層部の思いはいかばかりか、というところであるが……それ以前に、いいように叩きのめされた兵達の士気の低下が目立ち初めていた。
 この状態で、フトゥーロを守れ、と言われて、果たして守りきれるのかどうか。
 ……いや。それは私が考える事ではない。私は外人部隊、傭兵でしかないのだから。
 もっとも、私の所属する会社の本社もこのサピンにあるわけで、決して他人事ではないのだが。
「……ともあれ、了解したわ」
『隊長』
 珍しく、空の上でアイスが感情をにじませた声を出す。彼女は、下に大切な物を置いている。些細な事ではあるが、彼女には大事な事だ。
「私達の荷物はどうなるの? まさか兵舎が吹っ飛ばされたなんて事はないでしょうね?」
『それは大丈夫だ。連中、正確にハンガーと滑走路だけ吹っ飛ばしていきやがった。恐らくはおっつけ占領部隊が来るんだろうさ。それまでに、お前さんらの私物から物資から、持てるだけの物を持って夜逃げだ。搭乗員の私物は、実のところ優先順位が高い。流れ星になっちまった奴の遺品も多いしな。そういう命令だ。心配しなくていい』
「了解。アイス、安心した?」
『べ、別に心配は、して、ませんけど』
 やれやれ。
「それじゃ……オーダー通り、西へ向かうとしましょうか……全機、ついてらっしゃい。ギリギリになる。推力には気をつけるように」
 先の作戦の生き残りの機体から、了解の旨が入る。サピンの精鋭の巣であったアリオラが堕ちる。サピン空軍にとっては、士気を下げる要因になりかねない。
「しっかりなさい。あなた達は生き残った。まだアリオラは死んでないわ」
『……了解。くそっ!』
 編隊最後尾、半数以下にまで数を減らしたヘリファルテが押し殺した声で言う。
「必ず戻ってくる。必ず。それにはあなた達が生き残る必要があるの。わかるわね」
『了解だ、姐さん。行こう』
 陣容衰えたアリオラ飛行隊が、ボロボロになった古巣の上を飛び過ぎて行く。
 目指すは、西。次なる土地は、いつまでもつのか。私にもそれは答える事ができなかった。


――アルロン地方北部 給油機ランデブーポイント


『ご苦労さん。アリオラ組か。お前さんらもえらい目に遭わされたようだな』
 そうして、陣容衰えた敗残部隊をいくつも見たのだろう。給油機のオペレータの声もいささか沈んでいた。
「飲まなきゃやってらんないわ。上等な奴をちょうだいな。私の機は贅沢なのよ」
『Su37たあ、アグレッサーとしても豪気だが……あんたら、第3航空騎兵隊か』
「ええ。傭兵はお気に召さない?」
『とんでもない。ミサイル提げて飛べるんなら今なら鍋のフタでも立派な戦力だ。あんた達みたいなのがいてくれなきゃ、もっと早くにもっと南まで押し込まれてるだろうさ』
「コネクト」
『完璧だ。アリオラのSu37乗りの女……あんたがアイリスか』
「そんなに皆して覗きにこなくても……あいにくと水着で飛んでるわけじゃないのよ?」
 レシーバー越しに、ブーム操作員の爆笑が聞こえる。Su37は、フライングブーム式ではなく、昔ながらのプローブ&ドローグ方式。操作員はなにもする必要がない。操作員だけでなく、手の空いた乗員が代わる代わる私の機を覗き込んでいるのが見える。
『笑えよ、撮ってやる』
 ヘルメットのバイザーを上げ、手を振ってやる。カメラレンズの反射が、一瞬だけ見えた。
「……OK、給油終了……ディスコネクト」
 ドローグから機を切り離し、隊列へ戻る。
『よおし、次だ。クーソン組か。お前らもよく戻ってきた。ほら、順番に並べ』
 ランデブーポイントは、北部各地から引き上げてきた敗残兵でごった返していた。彼らも同様に、マリス防衛に投入されるとの事だった。
『カンタオール2よりアイリス1へ』
「アイリス1、受信」
『貴隊を含むアリオラ残存組は、プエルトルスへ向かえ。行程の編隊の指揮はアイリス1に任せたい』
「アイリス1、了解。私達だけ?」
『いや、待ってくれ。現在給油中の連中にも何機かプエルトルスに回される奴がいる。彼らも連れていってくれ』
「了解したわ。アリオラ全機、少し高度を取るわよ」
『ガートモンテス、了解』
『ヘリファルテ了解』
『ローボ了解』
『……随分と、減ったな』
 誰かが呟く。私達アイリスを含め、残存機は僅かに一〇機しかいなかった。先に撤収している者を含めればもう少し増えるだろうが、それでも、サピンの最精鋭を謳われたアリオラ組の陣容としては悲しくなるものがある。
「まだ生きてる。それだけで十分よ。まだアリオラは死んでない」
 自分に言い聞かせるように言う。随分と、サピンに肩入れするようになったものだ。アリオラの空も、嫌いではなかった。それを、事のついでで奪われた。ベルカは、どこへ行くのだろう。こんな大博打を打ったところで、破滅は目に見えている。侵略戦争。その単語のあまりな陳腐さに気付かぬ程、ベルカが追い詰められているという事か。
『私は堕ちません』
『私はどこだろうとお姉様についていきます』
「ありがとうね、二人とも」
『ここまでやられて、黙って泣き寝入りなんかしねえぞ。俺は絶対やってやる』
『そうだ。俺達はアリオラだ』
『俺達がしゃんとしてないとな』
「その意気よ。さしあたっては……一緒に連れてく連中、が来ないと……移動もできないのだけど」
『あー、アリオラ編隊。聞こえるかい?』
 妙に間延びした声がレシーバーに入る。
『君達についていけと言われた。僕はどこへつけばいいのかな?』
 真っ黒に塗装されたグリペンが、空中給油機に群がる機の輪からこちらへ上昇してきている。サピンはグリペンを装備していない。となると……私達と同じ、か。
「アリオラ編隊、編隊長のアイリス1。歓迎しますわ。貴機のお名前と所属を伺ってもよろしいですか?」
『失礼。僕はジャンニ・ルイジ・エランド――サピン読みでファン・ルイス・エランドでも、好きに呼んでくれ。コールサインはコルヴォ。所属は……どこだったかな』
 若干笑みを含んだような声が朗々と流れ出る。つかみ所のない男だ、と感じる。問題の黒い機体は、編隊の先頭を行く私に並びかけてきた。
『階級は中尉だから……所属もあるはずだけどね。何せこのゴタゴタだ。所属なんかいいから、とっとと写真撮って来いと言われて飛んでいったら、帰る基地がなくなってしまった。この写真も、誰に渡せばいいのか……』
「写真?」
『ミサイルを提げて切った張ったは苦手でね。ミサイルの代わりにこれを提げてる』
 コルヴォ、と名乗った機体が翼を振り上げた。翼下には、ミサイルは一本もなく、SPK39偵察ポッドと、FLIRポッドしか装着されていなかった。戦闘員としての傭兵はいくらもいるだろうが……偵察機使いとは、また珍しい。
「偵察屋がグリペンとは……なかなか豪勢じゃない」
『こいつは軽くて速い。僕は写真を撮ったら逃げるだけだからね。脚は重要だ。それに、もし撃たれても、こいつなら高速道路にだって降りられる』
「なるほどね……ローボ2、あなたに任せるわ。コルヴォ、左翼にいるF5について」
『ローボ2、了解。ほら新入り、俺んとこに来い』
『了解した、ローボ2。どうにも方向音痴でね。君についていくよ』
「単機の偵察屋がそれじゃまずいでしょ……」
『ああ、そうだ。アイリス1』
「何?」
『僕も撮っていいかな?』
「……どうやって」
『? これで』
「……好きになさいな」
 コルヴォのグリペンが、ふわりと高度を上げる。この男、本気で偵察ポッドで私の機を撮る気か。
『アリオラ編隊、こちらヴァウ、そちらに帯同せよとの命令をうけた。指示を願う』
 入れ替わりに、次の機から通信。首を巡らすと、コルヴォと同じように、群れから離れた機体が一機上がってくる。
「……サンダーチーフ?」
 なつかしのジャングル迷彩も鮮やかなF105。とっくに現役を退いているはずの旧式機だ。という事は、こいつも、か。
「アイリス1よりヴァウ、寄せ集めの敗残編隊へようこそ。懐かしい機体ね」
『そう、なのか?』
 さも不思議そうに聞き返してくる、そのイントネーションに、独特なものを感じた。この男……まさか?
「過去なんて意味のないものかもしれないけど。今の状況、わかってるの?」
『……今の連中は間違ってる。だから俺はここにいる』
「なるほど、ね」
 亡命ベルカ人義勇兵、とでも言うべきか。口にするのははばかられた。推測に過ぎない事だし、あまつさえ、数時間前にベルカに同僚を吹き飛ばされ、挙句家まで奪われた者が後ろに飛んでいる。何を言い出すか、もっと言えば何を考えるかわかったものではない。
「ガートモンテス、あなたが連れて。ヴァウ、後方のトーネードに」
『了解した』
 コルヴォとは対象的に言葉少なにヴァウの機体が離れていく。恐らくは自分の立場というものをよく理解しているのだろう。どういう理由かは知らないが、戦闘機に乗っているぐらいだ。それなりの考えはあるのだろう。
 その後も合流は続いた。
『ヴェンティよりアリオラ編隊、そちらに合流する。指示を』
 低めの女の声――少年のように聞こえなくもないが、紛れもなく女の声だ――と共に、F15が上がってくる。サピンにはヘリファルテ以外のイーグルドライバーはいないはずだから……この子もそうか。
「ようこそヴェンティ。イーグルドライバーなら制空屋ね」
『やれと言われれば、対地も、できる』
「ま、その時はよろしくね。どっちも人手不足だからね。あなたの所属は?」
『所属は、ない。私はフリーだから』
 また珍しい。スポット契約か。状況次第で、稼げる土地で飛ぶ、という事だろう。彼女のようなタイプが出てきた、という事は、それほどこの戦争が広域に展開しており、また被侵略国の状況がそれほど悪い、という事にもなる。そして、そういう者が向かう先は、戦場になるのが決まっている土地だ。地上で昼寝する為に契約するパイロットはいない。
「了解……あなたはヘリファルテの編隊に。右翼のF15よ」
「わかった」
 つい、と機首を上げ、ヴェンティのイーグルが私のチェルミナートルを「またいで」いく。その動き一つで、彼女が、それなり以上にイーグルを扱えるとわかる。
「これで全部?」
『アイリス1、それで最後だ。プエルトルスへ向かえ』
「了解カンタオール2。アイリス1、アウト。さあ、新しい巣に行くわよ皆」
 合流地点を離れ、目指すは一路プエルトルス。
 私達の、新しい戦場だ。


――プエルトルス ファン・カルロ空軍基地上空


『長旅ご苦労。ファン・カルロ基地へようこそ』
「アリオラ編隊、編隊長のアイリス1。誘導をよろしく」
『了解した。ガートモンテス隊、ヴァウ、君達からだ』
『ガートモンテス了解』
『ヴァウ了解』
 プエルトルス。光の港、の意味をもつこの都市は、フトゥーロ運河沿いにあまたある港町の一つで、サピンの観光名所でもある。
 騒音問題の配慮から、平時は午後九時以降の飛行は禁じられており、基地自体も街との間に山一つを挟んだ、平和な航空基地である。
 それは、つい一昨日に破られた。
 年に一度の航空祭でしか見られないような数の戦闘機が次々に着陸し、エプロンに居並ぶ姿は、サピンが紛れもなく戦争状態である事を示していた。
 ファン・カルロ基地には、今後の作戦に向けて各方面から戦力が集められているようだった。テイルレターも、北部域の基地を中心に南部の所属のものも見受けられた。
 そんなエプロンの隅に、アリオラ組+フリー組が集まっている。機種に統一性もなく、サピンにない機体が大半を占めるその一角は、周囲の兵の奇異の目に晒されていた。
「なんか、落ち着きませんね」
 クリスが周囲を見渡す。比較的大規模な基地だったアリオラとは、レイアウトが随分と違う。機付の整備兵も到着していないので、サピン採用機以外には整備兵がついていない。
「その内に曹長達が来るでしょ。どうせこの分じゃ、今すぐ出撃なんて事にはなりそうにないわ。のんびりしてましょ」
 指を通して髪を風にあてながら見上げた空は、どんよりと曇っていた。
「部屋がどこかわかる前に降ってこなきゃいいけど」
「いやはや……人手が足らないのはいいんだけど……この写真をどこへ持っていけばいいんだろう?」
 突然背後から聞こえた呟きに振り返ると、先程合流したフリー組らしいパイロット三人が所在なげに佇んでいた。
「……私らはともかく、あなた達は問題よね……」
 皆若い。恐らくはまだ駆け出し。ヴェンティはそれなりに経験を積んでいるようだが、男二人は、操縦資格をとってすぐのような年齢だろう。私達は既に所属が明確になっているから、このまま呆けていても特に問題にはならない。何かあれば呼び出しがかかるだろう。彼ら三人は、フリーに、所属不明の中尉だ。このままでは身元不明者として拘束されかねない。それほどに、基地は混乱し、ごった返していた。
「とりあえず、皆こっちにいらっしゃいな」
「その声……じゃあ君がアイリス1か」
 中央にいる癖っ毛の優男がコルヴォだろう。驚く事に、三人の中ではもっとも若そうに見える。ひょっとしたらクリスより若いんじゃないのこいつ。
「僕はコルヴォ。ジャンニ・ルイジ・エランドだ」
「ヴァウ。キョウスケ・クリタ」
「お――私はヴェンティ。リオ・エグチ」
 おやおや。同郷がこうも集まるとは。あそこは人材流出が趣味なのかしら。ベルカ人と思ったヴァウも、同郷――ベルカ人が好む金髪碧眼の「正当な」民族とは程遠い――の黄色人種だった。
「アイリス1、アヤメ・カグラ」
「2、キャロライン・ヘス」
「アイリス3、クリス・ソルヴィーノです。皆さんよろしくお願いします」
「ヴァウとヴェンティはアイリスと同郷なんだね」
 唐突に切り替わった言語に、私は一瞬二の句が継げなかった。キョウスケもリオも同様に目を丸くしている。
「な、なによその正確な発音は」
 古来、白人・黒人系の言語は、我々黄色人種のそれと根本的に違い、発音は困難なはずなのに、目の前にいる優男はこともなげに、ネイティヴの発音をしてみせた。
「菖蒲さん。なるほど。だからアイリスか」
「それだけが理由ではないけど」
「……意外と、覚えてるもんだな。捨てたと思ってたのに」
「久し振りだから、こっちの方が不自然な感じがするよ」
「あ、あのーお姉様~? 何を話されてらっしゃるんですかあー?」
「……ん、他愛のない事よ。まさか私の母国語を喋れる奴がいるとはね……」
 無駄におろおろしているフェザーを宥めつつ、肩をすくめる。
「これも年の功かな。若い時は色々と流れたからねえ……」
 え? とその場の五人の視線がエランドに集中する。
「? 何か、おかしな事を言ったかな?」
「おかしいも何も、あなたいくつなのよ」
「僕? 今年で32歳だけど……」
 絶句。今、この場にいるエランド以外が、心の中で「なっ……!?」と言ったのが聞こえた。
「いつも言われるんだけど……そんなに若く見えるのかい? 僕は」
「コメントは差し控させていただくわ……」
 あたまいた……。
「ともかく、皆の所属なり、部屋なりをはっきりさせない、とね……2」
「Yes sir」
「ヘリファルテを確保」
「Wilco」
 アイスが踵を返す。
「君達は傭兵、だろう?」
 その様子を見ていた三人が目を丸くする。彼ら傭兵にとっては、そんな「軍隊的な」やりかたをする傭兵、というのが信じられないのだろう。彼等はそれを嫌い、ただ空を飛ぶ事を願った人間達だ。
「第3航空騎兵師団第14小隊。私達の処遇は正規軍と同等よ」
「それに、私達は個人経営じゃなくて、会社所属ですから」
「会社?」
「……会社員ですよ? 私達。ねえ、お姉様」
「ええ」
 私達は紛れもなく会社員だ。もっと言えば、派遣社員というところだ。各国軍の出身者中心で構成され、会社の斡旋で各地の軍組織や警察組織に赴き、必要な指導を行う。自ら血を流して戦うのではなく、もてる技術を、必要な者に注ぎ込む。
 ――今回は、特殊なケースの一つ、だが。
 広報仕事としては、各地でエアショーをやるチームも持っているが、軍事同盟や外交に縛られず、現代的な空軍戦術を導入できる。ここにこそ強みがある。
 今後、個人の「義勇兵」が自らを売り込む時代は、急速に終わりを告げるだろう。
「隊長、確保しました」
「ちょっ、アイス、放してくれ、なんだ、俺ぁ指令に呼ばれてんだッ! ちょっ、は、なせっ、あいだだだだだっ!」
 片手でヘリファルテ――アレックス・リカルド・レジェス中尉――の首根っこを掴んだアイスが戻ってくる。あの子の握力は強い。
「姐さん! ちょっ、アイスに放すように言ってください! あだだだっ」
「アイス、放してやんなさい」 
「Yes sir」
 ようやく解放されたレジェス中尉が首筋をさすりながら恨みがましい目で私を見る。
「で、なんですかいきなり召集って……」
「アレックス、あんた、彼らの所属聞いてらっしゃい」
「は!?」
「あ、嫌なら連れてって、事情説明して一緒に書類仕事手伝う?」
「聞いてきます。今すぐに」
 逃げるようにダッシュするヘリファルテを見送った三人がまた目を丸くする。
「菖蒲さん……正規兵を」
「彼らはアリオラじゃ私の生徒だしねえ。それに、彼はDACTで私を堕とした事は一度もない」
 ともあれ、ダッシュで戻ったヘリファルテにより、コルヴォは第3航空騎兵隊、フリーのキョウスケとリオはそのままアリオラ組――つまるところ暫定的に私の指揮下――に編入されるという事になった。
「ついでに部屋も聞いてきた。俺達ゃ間借りの身だから、宿舎も隅っこだそうで」
「ま、仕方ないわね。アリオラからのヘリはまだつかないの?」
 あてがわれる部屋に行ったところで、私物はおろか基地内用の制服すら持っていない有様だ。ベッドと机だけの部屋で何をしていろと言う話である。
「2時間もすりゃあ着くそうです。それまでの辛抱ですな……あのー、姐さん」
「なに?」
「俺、司令部に呼ばれてんですが……」
「ああ、そうだったわね。行ってらっしゃいな」
 ようやく解放されたレジェス中尉が小走りに去って行く。
「さて、と。何もないし……私達は食堂でも探してコーヒーでも飲みましょうか」
「あ、そういえば、まだでしたね、お姉様」
「私も煙草すいた……基地の私物の中だ……」
「そこらの兵からせしめてあげるわよ。それじゃあ、そんなわけだから。皆も解散、と。ああ、コルヴォ。あなた、アリオラの連中が来たら第3航空騎兵隊のパッチもらっときなさいよ」
「了解だよ」
「それじゃあ、また後で」

 ――やれやれ、だ。
 僕は一つ伸びをすると、空を見上げた。どんよりと曇った空は、今にも降り出しそうで、気持ちのいいものではない。所属する航空隊ははっきりしたようだが、元よりフリーに近い立場で、おまけに偵察任務専門の僕からしてみれば、所属はあまり関係もないと言える。
 だが、お偉方からしてみれば、どこに誰がいる、というのを把握するのも仕事なのだろう。こんなに混乱しているのならなおさらだ。
 二人の同業者とも別れ、なんとはなしに自分の機体の下に戻る。
「あんた、この機体のパイロットか?」
 ツナギを着た整備兵が駆け寄ってくる。
「ああ。そうだけど……」
「ああ、よかった。あんたの所属を書き込まなきゃならないんだ。あんたは外人部隊だろう?」
「そういう事みたいだね。第3航空騎兵隊だと聞いている」
「機体のカラーはこのままでいいのか?」
「このままじゃまずい、かな?」
「まずくはないが……一応正規軍、だしなあ。外人部隊なら」
「……ふむ」
 とりたてて色に何がある、というわけでもないが……。
「じゃあ、あれと同じ色に」
 目に入った機体を指差す。その視線を追った整備兵が、僅かに首を傾げる。
「あれと?」
「そう、あれと」
「……あれと?」
「何かまずいかな?」
「……どうなんだろうな……俺の基地の所属じゃないしな……」
「所属は同じはずだよ」
「ならいいか」
「いいよ」
「よし。明日には仕上がってるだろう。多少やっつけになるかもしれんが」

「――で」
「うん?」
「なんであなたのグリペン、ウチのスプリッター着てるの?」
 ご丁寧に私のSu37と並んで、同じカラーリングのグリペンが並んでいる。正確には同じ色ではない。アイリスのスプリッター迷彩はダークブルーの濃淡で色分けされているが、グリペンには灰色が混ざっていた。
「どうやら塗料がなかったようで、同じにはできなかったようだけど……」
「いやそうじゃなくて」
「うん?」
「なんで、同じ色なの、と聞いてるのよ私は」
「え、第3航空騎兵隊所属機はみんなあの色じゃないのかい?」
「あれはアイリス隊のカラーよ。どこの国でも、どの機体でも、あの色」
「ああ、そうだったのか」
「いやすごくすがすがしい顔で納得されても困るんだけど」
「……戻した方がいいかな?」
「その時間もないでしょ……」
「カグラ中尉、エランド中尉、 搭乗を!」
 夜半に到着したアリオラの整備兵が声をかけてくる。私達二人は、今朝早く呼び出され、偵察を命じられた。私はエランドの護衛。対空フルパックのチェルミナートルに偵察装備のみのグリペン。どちらもサピン空軍にない機体で、同じカラーリング。アリオラ組にいる者は二人を除いて正規軍のはずだが、アリオラ組ハンガーは、異様さが際立った一角になりつつあった。正規導入された機の方が少ないのだから、当然と言えば当然だが。
「お姉様、お気をつけて」
 別にどうという任務でもないのに、心なしか目を潤ませたクリスにやれやれと肩を落とす。
「何も大規模作戦に出るわけじゃないんだから……心配しないで待ってなさい」
「でも……」
 キャロラインがクリスの首根っこを引っ掴んで下がらせる。
「いいからあんたはこっちに来る」
「キャリー、ちょっ、いたいいたいいたい」
「隊長、この子のお守りはしておきますので、ご安心を」
 じたばたと抵抗するクリスの頭をもう一方の手で押さえつけながらキャロラインが目礼する。
「ん、お願いね、アイス」
 ヘルメットを片手に、タラップを上がり、コクピットに滑り込むと、いつものシーケンスが始まる。一人で上がるのは、サピンに来てからは初めてかもしれない。
『ファン・カルロ管制よりアイリス1、滑走路進入を許可する。離陸後、コルヴォの離陸を待て』
「アイリス1、了解。コルヴォ、先に上がるわよ」
『了解だアイリス1』
 スロットルを上げ、フルパワーチェック。
「アイリス1よりファン・カルロ管制。離陸準備よし。離陸の許可を求める」
『了解アイリス1、離陸を許可する』


――サピン北西部上空 1995年3月27日


「この辺りはもう敵の勢力圏内だ。警戒しろ」
『了解だアイリス1。すまないね、わざわざ護衛についてもらって』
 先頭を行く私の機の後ろに、小さくコルヴォのグリペンがいる。編隊を組まずにバラけているのは、単純に、私の機のレーダーを活かしての前面警戒が目的だ。要するに、先導し、コルヴォを指定ポイントまで導くのが私の今回の任務だ。
「私に礼を言う事じゃないわ。正当な命令だし、私の機には偵察ポッドの搭載能力はないもの」
『にしたって、隊長の君が出てこなくても……部下の子達もずいぶんと心配していたし』
「あの子達を単機で飛ばすぐらいなら、私が飛ぶのよ。あの子達はペアだから、今ファン・カルロが襲われても、死にはしないわ」
『随分と信頼しているんだね』
「そりゃ、あの子達を仕込んだのは私だし、あの子達が何をできるかは知っているからね」
『ふむ……君達の編隊は三機だけど……君のペアは?』
「私の相棒は欠番よ。なんなら、あなたがなる?」
『はは、お姫様を守るのはナイトの仕事だろう? 僕はただの写真家だ』
 私も、「お姫様」だった覚えはないが。まあ、いい。そろそろポイントだ。
『コルヴォよりアイリス1、そろそろ僕の仕事場だ』
「そのようね。今のところ検知範囲に敵影なし。目標の補給基地まで、三マイル」
『それじゃあ、ちょっと撮ってくるよ。周囲の警戒をよろしく』
 中規模の補給基地だ。対空装備もあるだろう。だと言うのに、近所の祭りの模様を撮りにいくぐらいの気軽さでコルヴォが言う。
「了解している」
 後方のコルヴォが高度を下げ始める。高空偵察でもいいのだが、コルヴォが鮮明な写真を撮りたがった。
『目標には二回進入する。南からと、西からだ。その後東へ直進し、レーダー範囲外で針路を南にとる』
「了解だ。いい狩りを」
『機関砲の弾と、護身用のピストルしかないがね』
《レーダーに反応。敵機数は二機》
《偵察か? まずいぞ、対空班に連絡を。防空司令部にも連絡をとれ!》
 意外にも盛大に対空砲が撃ちあがり始めた。高射砲まで含まれている。
『こりゃあ随分なお出迎えだ』
 先程から声の調子を変えず、コルヴォのグリペンが目標に進入を開始する。爆撃するように一定の高度を保ち、速度を落とす。
 対空砲火の中を、青灰のスプリッター迷彩のグリペンが悠然とフライパス。一度離脱コースをとり、左旋回。
『いい画が撮れたと思う。もう一度西から進入する。アイリス1、離脱準備を』
「了解コルヴォ」
 対空砲火を避け、高空を滞空しながら、眼下のコルヴォの動きを見守る。コルヴォはまるでショーで飛ぶかのように正確に真西から集積所へ進入する。相変わらず、速度を殺し、悠然と、対空砲火等ないかのように。
『おしまいだ。東へ離脱する』
「了解」
 レーダーに輝点。迎撃がもうあがってくるとは。たまたま近くを飛んでいた哨戒部隊か。
「レーダーに反応。機数四。接触の危険あり。全速で離脱を」
『了解だ。予定を変更。そのまま南へ飛ぶ』
「私は連中を牽制する。コルヴォは離脱なさい」
『無用な接触は避けるべきだ。もう撮るものは撮った。全速で離脱すれば彼等には追いつかれない』
「編隊の指揮官は私よコルヴォ」
 だが、エランドは譲らなかった。
『菖蒲さん、君の剣は今抜くべきじゃない』
 母国語で言われ、マスターアームにかかっていた指が止まる。
「……いいでしょう。とっとと吹かしなさい、逃げるわよ」
 接近する敵編隊に背を向け、加速を開始する。先行するコルヴォは、機体が身軽なのも手伝って既にスピードに乗り、逃走を開始している。

『敵機、離脱コースへ。どうする、大尉?』
「構わねえ。ほっとけ」
 サピン空軍による空爆の報を受けて駆けつけた先には、たった二機の戦闘機の反応しかなかった。偵察の類だろう。既に任務を終え、離脱にかかった者達をわざわざ追う気にはなれなかった。
「俺達が受けた命令は迎撃で、追撃じゃない。燃料もなきゃあ弾も少ない。今日はもうたくさんだ。敵機は離脱した。任務は果たしたものと判断する」
 それにしても、一機はこちらに機首を転じ、先の一機を逃がすようなそぶりを見せていたが……。
『了解。俺達も戻ろう』
 まあいい。縁があれば、また会うだろう。
 もっとも、敵味方の俺達に、そんな縁があるとすれば、どちらかが死ぬ事になるだろうが。
「そう、だな。グリューン1、RTB。皆続け」


――プエルトルス ファン・カルロ空軍基地


「……これは」
「まずい、な」
「ですが、私達に何ができると?」
「できる事は山とあるぞ大尉。戦闘機を飛ばし、若者の命と引き換えに、この国を守るんだ」
「今更かもしれませんが……大佐。やはり、それしかないのですか?」
「他に方法があるとすれば、我々以外の誰かがもっとうまくやるさ。我々は、我々の仕事をすれば良いのだよ」
 コルヴォが撮ってきた写真。
 そこには、真新しいレオパルド2が、整然と並んだ姿があった。その数、一個師団。
 サピンの夜は、まだ続く。
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エースコンバットシリーズ好きのいい年こいたおっさん。
周囲に煽られる形でついにSS執筆にまで手を出す。

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