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エースコンバットZEROのSS「PRIDE OF AEGIS(PoA)」の連載を中心に、よもやま好き放題するブログ。只今傭兵受付中。要綱はカテゴリ「応募要綱・その他補則」に詳しく。応募はBBSまで。
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Hasn't been screaming all these years
Just to see the world crashing around me
Maybe this life is overrated
But I won't let the world burn around me

――アリオラ空軍基地 1995年3月26日


 耳障りな警報はひっきりなしに鳴っている。
 上がる機体は、たった一日で半分になった。
 何故? 答えは簡単だ。皆、撃墜された。
「これで何回目?」
「昨日から数えて……五回目です」
「それだけ少なくなってるって事でしょうね」
「注目!」
 ブリーフィングルームの照明が落とされる。
「残念ながら……統合参謀本部は171号線の放棄を決定した」
 この一日で別人のようになってしまったガルシア大佐が開口一番に言っても、室内の空気は揺るぎもしなかった。
 やはりか、という思いが全員にあるのだ。
 この二四時間の間に消費された戦力は、あまりにも大きかった。アリオラ基地も近く撤退だと、たった一日で噂されている有様だ。それほどに、ベルカの勢いは止まらなかった。
「地上部隊の撤退援護の為に、アルロン北部に集結しているベルカ地上部隊への攻撃を行う。編成は以下の通り――」
 地上攻撃隊に、私達、アイリスの名前があった。
「え、私達対地組ですか?」
「そりゃ、やれってんならやるけど。上空援護は誰がやるの……」
「上空援護はヘリファルテ隊、ローボ隊が行う」
 それで合点がいった。彼等は対地攻撃の訓練をまだ受けていない。つまり対空攻撃しかできないのだ。対地攻撃可能なマルチロール乗りや攻撃機乗りは、この二四時間でそこまで減っているという事になる。
「後退を予定している地上部隊は、これからの反攻作戦の為にもここで失うわけにはいかない。事実上、諸君の支援攻撃が遅滞戦闘となる。彼らを無事に脱出させてやれ。以上、出撃」
「やれやれ。予想より早く……早すぎるわね、これは」
「こういう展開は、前にも経験してますけど……確かに早いですね」
「サピンが弱い、というよりはベルカの展開がそれだけ急という事でしょう。何か……171号線の奪取以上の目的があるとしか思えません」
 アイスの読みは正しいだろう。171号線の封鎖が目的なら、このような全域に渡っての侵攻は無意味だ。サピン首都を目指していた爆撃隊も、本命であれば、私達三機で阻止できたとは言いがたいだろう。
 もとより、精鋭とは言え、それには枕詞に「少数」がつくように、ベルカの戦力は強力ではあるが、数は限られているはずだ。しかし、その少数精鋭にこれまで大きな被害を受けている。ベルカの主目標はウスティオの地下資源にあるはず。にもかかわらずここまで南西部に突出してくるという事は、オーシアをそれほど脅威視しているという事だろう。
 あくまでも、サピンは「ついで」でしかないのだ。事のついででしかない相手にこれほど好きにさせている点で、私はやるかたない思いだった。
 汗が乾く間もないヘルメットを引っ掛け、私達の機体が並んだエプロンへ走り込む。私達のSu37は空対空装備ではなく、不恰好な通常爆弾を抱いている。ユーク空軍はオーシアと違い無誘導爆弾に頼る割合が高い。これは純粋に技術的な問題よりも、予算と制空権の問題がある。その為、戦争時には、接収した飛行場に残されたものも使えるようにと、オーシア系の航空爆弾も積めるように設計されている。私達の機体が抱いているのも、まさにそうしたオーシア系のMk82・500ポンド爆弾である。対地攻撃装備の為に、対空兵装は自衛用の最低限しか積まれていない。
「中尉、今回は爆装フル、おかげでAAMは二本しか積めてません」
「仕方ないわね。まあ、編隊で六本、加えてガンがあればなんとか逃げてくるぐらいはできるでしょ」
「それと、すみません。データリンクの調整は間に合いませんでした。一度基盤を降ろすか、一日かけて見てやりたいところですが……」
「それも仕方ないわね。まだ二四時間だもの」
「その代わりと言ってはなんですが、エンジンは完調です。どれだけブン回そうが大丈夫ですよ」
「唯一の救いって話ね。ただまあ、こんな状況ならそれだけでも十分頼もしいわ、ありがとう曹長」
「いえいえ。レディの扱いは班長に仕込まれてますからね」
 そう言って笑う曹長にヘルメットを渡し、機体の下へもぐりこみ、目視点検。異常なし。
「こうして見ると、この子、割となんでもできるのよね……」
 妙な感慨と共に機体の腹を撫でてから、タラップを駆け上がり、コクピットに滑り込む。機付長からヘルメットを受け取り、ベルトをかけ始める。酸素供給ホースを接続。ストラップを締め、曹長に合図を送る。曹長は頷き、「幸運を」と言い残してタラップを降りて行く。タラップが外される。エンジン始動シークエンス開始。APU作動……インターホンチェック。
「聞こえる? 曹長」
『ええ、バッチリ。インテーク、ノズル周辺、クリア。始めてください』
 右エンジン始動。Su37のAL37FUが甲高いうなり声を上げて息を吹き返す。出力一〇……二〇……三〇……四〇、アイドルへ移行。左エンジン始動。
「エンジン始動完了。油圧安定……」
 動翼チェック。スタビレーター、ラダー、フラップ……。
『問題なし、オールクリア。兵装ピン抜きます』
「了解」
 整備員達が機体の下に入る。私はコクピットの外に両腕を出してそのまま待機。
『ピンクリア。インターホン、ディスコネクト。中尉、幸運を』
「了解。ありがとう、曹長」
 整備員とのインターホンが切れる。チョークリリースのサインを出し、再び両腕をコクピットの外へ。整備員が機体の下から出て、チョークを掲げる。人数を確認し、キャノピーを閉める。これで準備完了だ。
「アイリス1より管制、滑走路進入の許可を求める」
『了解アイリス1、滑走路進入を許可する』
 ブレーキを解除、ゆっくりと出力を上げ、エプロンを移動。後ろにアイスとフェザーが続く。滑走路進入手前で最終チェック。
 フルブレーキング状態で、エンジン出力最大。曹長の言う通り、いい音を出している。東側の機体なんて、初めて触るだろうに、曹長達はとてもいい仕事をしてくれている。
「アイリス隊、離陸準備完了。離陸の許可を求める』
『アイリス隊、離陸を許可する』
「アイリス1了解。さあ二人とも、行くわよ」
『アイリス2了解』
『アイリス3、了解』
 私達はいつも通りのフォーメーションで離陸し、一路北東を目指す。目指すは、171号線。

『カンタオール2より地上攻撃隊。友軍地上部隊が間もなく後退を開始する。タイミングを合わせて砲兵支援が始まる。君達の仕事はその後だ。ベルカの戦車隊をこれ以上進ませるな』
「了解。タイミングの指示はお願いね」
 これから後退が始まる戦線の後方を飛びながら、私は一瞬だけレーダーから目をあげた。まだ砲火は見えない。
『カンタオール2から編隊全機、現地ではアイリス1の指示に従え』
『了解』
『了解だ。姐さんの指示なら間違いない』
『普段は上で睨み利かせてるのがアイリスの仕事なんだがな。ヘリファルテ、ローボ、頼むぜ。お前達がトチるとこっちの命に関わる』
『ヘリファルテ1、了解してる。上なんざ見てないで目の前に集中してな。木に撃墜されるぞ?』
 正規兵・傭兵入り混じった編隊は実にかしましい。そんな編隊をまとめるのが傭兵の私。本来ならひと悶着あるところだが、そこは教導隊としてのこれまでの実績と、外人部隊を常設する国の軍だけに、何の疑問もなく受け入れられていた。
「適当なところでやめておきなさい? そろそろ砲兵支援が始まる。進入は我々が先頭。その後、広域に時間差で連続爆撃。道路に関しても爆撃目標。ガートモンテス、わかってるわね?」
『モチの論でさ。がっぽり穴ぁ空けてやりますよ』
 トーネードで構成されたガートモンテス隊は、対滑走路用のディスペンサーポッドを抱えている。通常規格の道路でしかない171号線にこれを散布し、渡河後の機動を制限する事でベルカの侵攻を遅らせようという意図がある。AWACS経由で呼び出し。地上部隊からだ。
『上空の支援機ぃ、こちらはサピン陸軍第6機甲連隊、第2中隊ヴィーボラ、隊長(シックス)のフェルナンド・ハビエル・ゴンザレス大尉だ。なっさけない話だが、逃げ出す手伝いをしてくれ。俺達はしんがりだ。最後まで残って遅滞戦闘を行う。あんたらが頼りだ。我々が対応可能な数に敵を減らしてくれ』
 戦車の履帯音をバックに、枯れた声がレシーバーから流れ出る。ここで相当に苦労したらしい。そして、これから更に苦労する気でいる。
「こちら第3航空騎兵隊、第14小隊、アイリス。編隊長のアヤメ・カグラ中尉。命令は明確です。一人でも多く後方へ。最大限の努力はします」
『こりゃあたまげたな。今日はバイラオーラが混じってやがるのか。しかもカグラ? サピンの名前じゃねえな。外人部隊か?』
「ええ。このゴタゴタで」
『お互い大変なこった。とにかく、俺も生きてホリーの顔を見たいんでね。ま、よろしく頼まぁ』
「了解。可能な限り支援します」
『堕ちるんなら俺らを逃がした後で堕ちてくれ』
「アイリスは堕ちません。戦線が壊滅してもね」
『は。せいぜい戦線が壊滅しないように踏ん張るさ。ヴィーボラシックス、アウト』
『カンタオール2よりアイリス1、間もなく砲兵支援が開始される。同時に前線部隊が後退を開始する』
「了解。全機、準備はいいか」
『アイリス2、準備よし』
『アイリス3、準備よし』
『ガートモンテス準備よし』
『レオパルド準備よし』
『ガビオータ準備よし』
『ヘリファルテ準備よし』
『ローボ準備よし』
『砲兵支援開始。全機作戦開始』
「了解。さあ皆、仕事の時間よ。フェザー、よろしくね」
『了解ですアイリス1』
 フェザーが編隊の先頭に立つ。彼女は空対空戦闘よりも対地攻撃に真価を発揮する。データリンク。フェザーが「見た」目標は、私達も同様に「視る」事ができる。

「上に女神がいやがるぞ。今日の踊り手は男だけじゃねぇ」
 サピン軍主力戦車、AMX30の車長シートに座ったハビエル大尉は車内の部下に声を上げた。
「どうしたんです大尉」
「ラーズグリーズだよ、らあずぐりぃず。今日の上空支援に女がいる。こりゃ縁起がいいぞぉ」
 ラーズグリーズ。最初は悪魔として死を振りまき、後に英雄として再臨すると言われた伝説の女神。
「またそんな御伽噺を。俺達の戦車じゃ、ベルカのあの新型にゃ太刀打ちできないんですぜ?」
「だが主砲が効かないわけじゃない。先に見つけて、先に撃ったもん勝ちだ。上の連中が数を減らしてくれれば、勝てはしないだろうが生きて逃げれるかもしれん」
「ちょっと大尉。そんな死ぬ覚悟してたような事言わないでくださいよ。俺ぁまだ死ぬ気なんざこれっぽっちもないんですよ」
「大体、上のラーズグリーズ、一回死んでんですか? 死振りまく方だったらどうすんです」
「だったら敵に振りまいてもらえばいいだろう」
 皆口数が多い。もうすぐ喋れなくなると恐れるかのように喋りまくっている。ハビエルは溜息をついて無線を隊内に切り替える。
「ええいやかましい! 全車聞け。このクソったれな任務を引き当てちまった隊長の俺を殴りたい奴もいるだろう。生きて帰るまでそれはお預けだ。俺を殴りたかったら意地でも生き残れ。幸い、俺達の任務は味方が逃げるまでの時間稼ぎ。もうここを守る為じゃあねえ。この戦いは、俺達が生き残る為の戦いだ。全車、俺を殴りたかったら先にベルカを殴ってこい。今日のスコアが一番多い奴に殴らせてやるぞ!」
『こちら335号車、ウチの隊長が運がない事なんて、先刻承知です。これも何かの縁です。しっかり稼いで殴らせてもらいますよ』
『321号車。今の本気でしょうね大尉。俺ら頑張っちゃいますよ?』
「ベルカの戦車は俺達が喉から手が出るほど欲しい第三世代のレオパルド2だ。よおく見ておけよ。第三世代だって、撃たれりゃ壊れるって事をな。今日の上空支援はアリオラ。ありがたい事に女が混じってるぞ。女神様のご加護がありゃあ、勝てはしなくとも逃げる手伝いぐらいはしてくれるだろう。女神様を口説きたきゃあ、死ぬ気で逃げろ!」
『336号車了解。足ならこいつも負けてない。逃げるんなら任せてくださいよ!』
 ボロ負けで、貧乏籤と言えるしんがりを勤める部隊にしては、士気はすこぶる高かった。サピンが持つ伝統とも言える楽天的な性格のせいかもしれない。
「よおし。泣ける貧乏クジ中隊、これが最後の花道なんて言ってんじゃねえぞ! 奴等にやり返す為にゃ、ここできっちり生き残るんだ。全車ァ、気い入れて狙え!」
『砲兵支援、きます!』
「……時間だ。女神の加護を。頼むぜマジで」
 紙を裂くような音と共に、鉄の嵐が降ってきた。

『砲兵支援砲撃終了。行け!』
『アイリス3、目標視認。エンゲイジ!』
「アイリススクワッド、エンゲイジ」
 緩くバンクしながら姿勢を修正。爆撃コースへ機体をのせていく。自然と編隊の間隔が開く。
 空に向かって、思ったよりも濃密な対空砲火が上がる。「鳥」に任せきりというわけではないか。
『……見つけた! 行きます!』
「了解。ちゃんと見てるわよ」
『アイス了解。フェザー、後ろは心配しないで前だけ見てなさい』
 目標ではなく、フェザー機の翼下に意識を集中する。あの子が落としたら、私も落とす。大昔の戦略爆撃と同じだ。
『ボムズアウェイ、ボムズアウェイ!』
 フェザー機が二発、爆弾を放り出した。反射的にボタンを押す。六発の航空爆弾がくびきを解かれ、丘を越えてくるベルカ軍の戦車小隊を包み込むように殺到していく。フェザーは投弾直後に機体を翻す。少しだけ軽くなった機体を、速度を殺さない程度に旋回させ、戦線から離脱するコースに移る。
「次。投弾地点から東側へ」
『ガビオータ隊了解。突入する』
 目一杯に爆装したF4が戦線から離脱する私達の下を飛び過ぎて行く。
「レオパルド、ガビオータの投弾位置から奥へ――」
『レーダーロック!? 畜生SAMがいやがるぞ!』
『ビビるな、命をくれてやるつもりで行け、頭下げろ、行くぞ!』
 ガビオータのF4が更に機首を下げ、投弾態勢へ。
『畜生、撃ってきやがった!』
『まだだ! まだ逃げるなよ!』
『クソ、避けきれ――』
『投下! 投下! ケツまくれ!』
 ガビオータの右端の機体が地対空ミサイルの直撃を受けて火の玉となる。あれでは脱出する暇もない。残った三機はなんとか投弾。即座に離脱コースへ。
『注意、レーダー照射を受けている』
『わかってるよクソったれ!』
『撃ってきた! 撃ってきたぞ! お前だガビオータ2!』
『くそ、見えない、どっちに避ければいい!?』
『右、右だガビオータ2! 畜生、かわせ! ああ……』
 離脱コースにのっていたF4が更に一機食われる。
「レオパルド、今のSAMが見えたか?」
『レオパルド1、噴射煙を見た。位置を確認』
「潰せ」
『了解。野郎共、ガビオータの坊主共の弔いだ。派手にやるぞ!』
『レオパルド2了解』
『レオパルド3了解。ここを通るにゃ高くつくって教えてやる』
『レオパルド4了解。ナメやがって……』
『カンタオール2より全機。ベルカ軍機の反応を確認。警戒せよ』
「了解。頼むわよヘリファルテ、ローボ」
『了解リーリオ1。なんとしても止めてやる』
『おでましか。やったろうじゃねえか』
 遥か高空を飛ぶヘリファルテとローボが編隊を広げ、加速を始める。
『上空の支援機! 南西から敵の砲撃支援がきている。あいつを潰せるか! このままじゃ戦車とやり合う前からタコ殴りだ!』
「やるしかないでしょうね。了解。フェザー、先導なさい」
『了解! カンタオール2、見えますか?』
『少し待ってくれ……今送る』
『確認。行きます!』
「了解。アイス、任せるわよ」
『了解』
 アイス機がフェザーの背後を固める。私は三番機のポジションにつき、上空を振り仰ぐ。敵味方激しく入り乱れたコントレイルが踊っている。
『後ろだ、後ろ!』
『わかってる、畜生振り切れない!』
『今行く、こらえろ!』
『駄目だ、畜しょ――』
 爆発が一つ。
《つかまえたぞ》
《FOX2》
 爆発が二つ。
『もらった! サピンの空ぁ高いぞ!』
 爆発が三つ。
『アイリス3より全機。投弾態勢へ。見えますか?』
 フェザーの声に視線を戻す。
「ええ、ばっちり見えてるわ」
『アイリス2、目標確認』
 戦線後方、開けた土地に居並ぶ自走砲。地上からすれば結構な距離だが、飛行機ならほんの数十秒だ。
『注意、敵にロックされている』
 その数十秒が、長い。
「フェザー」
『大丈夫、このまま行きます。少し速度を上げます。投弾が早まります』
「了解」
『OK』
 近接防御の対空機銃はまばら。突破を前提として前衛の戦車隊に随伴しているという事か。
『アイリス3、投下、投下!』
 ばらばら、とフェザーが爆弾を投下。後続の私達もそれにならう。
『カンタオール2よりアイリス隊、方位360、低空で進入する低速航空機複数。攻撃ヘリだ。対応しろ』
「了解。アイス」
『ウィルコ』
 離脱コースを変更し、さらに戦線の奥へ。アイス機が先頭に、私が二番機の位置へ。フェザーは本来のポジションである三番機のポジションに収まる。
「アイリスよりガートモンテス。私達は奥へ飛ぶ。任意のタイミングで突入。道路攻撃にこだわる必要はない」
『ガートモンテス、了解』
『間もなくベルカ軍前衛が友軍地上部隊と接触』

「いいか野郎共ォ、これみよがしに土煙上げて新型を見せびらかしにきてるクソッたれがベルカ軍だ。これは防衛じゃない。時間稼ぎだ。無理に死ぬ必要は全くない! 三発以上同じ位置で撃つんじゃねぇぞ!」
 ペリスコープで見る世界は、相変わらず狭かった。今はその世界が、土煙に覆われている。ベルカ陸軍のレオパルド2。本来ならばサピンもあれを導入するはずだった。ハビエルが乗るAMX30の近代化改修計画が見直しになり、結局コスト面で新型車両の導入が決まり、選定されたはずの新型戦車、もっと言えば、あれの購入契約を交わしたはずの国の軍隊が、今こちらに押し寄せてきている。
「正面での砲撃開始距離は2000。連中、突破陣形で遮二無二突っ込んで来るからな。何度も言うが、これは防衛じゃない、時間稼ぎだ。奴らの進行を遅らせればそれでいい。鼻面を目一杯ブン殴ってやれ」
 実は、ハビエルの中隊は進行してくるベルカ軍に対して正対しているわけではなかった。正面から撃ったのでは、AMX30の105mm砲では通用しない。それはこの24時間あまりで痛感した事であった。
 その為、正面に二個小隊を置き、残りは丘の上に頭だけを出して側面に展開していた。
『敵戦車射程内!』
「よぅし、連中に旧式の砲だろうと当たれば痛い事を教えてやれ! 射撃開始!」
 正面、林の中に偽装したAMX30が、一斉に砲撃を開始した。急速に時代遅れになりつつある105mm砲とはいえ、注意を引くにはうってつけである。
《正面、発砲炎確認、距離1900》
《まだ抵抗するかサピン。いいだろう、押しつぶせ!》
《正統なるベルカの力を!》
 戦線に投入されているのは、ベルカの工業力を示す一端でもある新型戦車、レオパルド2だけではない。先代であるレオパルド1も多数含まれていた。
「さあいよいよだ。HEAT装填。旧式を減らして敵の火力を少しでも削ぐぞ」
 ベルカの突破陣が、ハビアルの真正面にさしかかる。
「撃てェ!」
 サイドから、なけなしの抵抗が試みられる。一斉に放たれた砲火はまっすぐにベルカ戦車隊へ。
《警報! 九時の方角から発砲!》
《あちらが本隊か! ナメた真似を》
《進め! 正義はベルカにある!》
 被弾・落伍した車両数台、撃破二。
「次弾装填! おら撃ってくるぞ急げ急げ急げ!」
『装填!』
「目標、一時方向レオパルド1、距離1900!」
『調定終了!』
「てェ!」
 横あいから砲塔の根元へ一撃。さすがに同程度の世代であるレオパルド1ならばいくらでもやりようはある。
『332号車、直撃! 脱出なし!』
『小隊長の応答がない!』
『クソ、弾かれた! 次弾込め――』
『347号車被弾!』
 だが、それでもベルカの突破部隊の打撃力は、サピンの防御力を大きく上回っていた。
『転輪がやられた! 畜生動けない! 誰か! 誰か!』
 戦車の戦闘力=砲の威力=装甲貫通能力、であるが、大口径化・弾薬の発達に加え、レーザー測距等を用いた正確な射撃にこそ、新型戦車の最大の進化点とも言える。加えて練度の高いベルカ兵による射撃の正確さは、まさに常識外れと言ってもいいぐらいだった。
 同世代であるレオパルド1とはイーブン程度にはもっていけているものの、レオパルド2の戦闘力の前に、AMX30はあまりに無力であった。
『大尉、こりゃそろそろ本格的にまずいんじゃないですかね』
 何度目かのダッシュをかけながら操縦士が喚く。
「ッ、ぇぇっい、まだだよバカったれ! 後5分、後5分持たせろ! 次弾装填!」
『ガートモンテスより地上部隊、西側から進入する、頭下げてろ!』
「言われなくても、もう縮こまってションベンも出ねえや」
 低空で侵入してきたトーネードが、ベルカ戦車隊に向けて爆弾をバラ蒔いていく。侵攻ルート上に次々と着弾する爆弾のおかげで、ベルカ側の進むスピードがさすがに鈍る。
 確かに、上空の航空支援のおかげでなんとか凌いではいられるが、どこかに綻びが生じれば、戦線は一度に瓦解するだろう。ハビエルは、とても危うい線の上にいた。
『装填終了!』
「目標、二時方向レオパルド1、距離1800!」
『調定!』
「撃て!」

『警告、警告! ベルカ航空部隊の増援を確認! 方位350から急速に接近中!』
『なんだと!? こっちはこれで手一杯だ! 増援はこないのか!』
『現在戦線各方面へ問い合わせ中だが、確約はない』
『くそっ! どっちもこっちもご破算かよ!』
 ヘリを追い回していた私達にも、それは当然聞こえた。
『アイリス隊、貴隊が最も早く接敵する。高度9000を高速で接近中。迎撃は可能か』
「堕とさなくても文句言わないんならね。アイリス1、了解」
 まだ翼下には爆弾が残っているが、それでも戦線に到達するまでの時間稼ぎならできるだろう。
「2、3のフォローを。切り崩されないようにね」
『2了解。隊長、これ以上の支援は不可能と判断します。投弾して機体を軽くしては?』
「だからこそ、よ。この翼下と、編隊列機数を見れば、連中は真っ先に私達を狙ってくる。堕とす必要はない。堕ちなければそれでいい。質問は?」
『ありません。フェザー、絶対に離れないでね』
『離れろって言われたら泣く』
「アイリス3、目になって。あなたの機が唯一リンクがうまくいってるわ」
 相変わらず私のシステムはAWACS経由のデータリンクがうまくいかないままだった。フェザー機を経由し、カンタオール2からのデータが転送される。本来ならSu27やMig29の編隊を束ねる「隊長機」としての能力を期待されて設計されたSu37三機編成だからこそできる力技である。
 と言っても、そのデータリンクを有効に使えるだけの射程を持つミサイルは今回搭載していない。
『敵戦力……Su37、二機。Su27が八機!』
 多すぎる。ベルカは本気でここを叩きに来たという事か。
《レーダーに感。サピンの迎撃機だ》
《問題にはならん。ゲルプがいる。張子の虎を潰してやれ》
 ゲルプ……今ゲルプと言ったか?
「警戒! 敵のチェルミナートルはヤバいわよ。気い入れていきなさい!」
『隊長?』
『どうしたんです?』
「私が聞いた事が確かなら……」
『アイリス隊、警告、レーダー照射を受けている!』
「見られてるわよ! クリス、先導なさい! 低空侵入コース、敵編隊に向けて飛びなさい!」
『りょ、了解!』
 レーダー誘導の中射程ミサイルが二発づつ、こちらへ殺到してくる。
自分がリードする立場の方が、何も考えずに済むだろう。フェザーお得意の戦闘ヘリ並の低空侵入。一気に高度を下げ、丘の稜線を舐めるように飛ぶ。
「次がくるわよ! 私達と同じ戦法をとってくると思いなさい!」
《避けただと? サピンめ、なかなかやる》
《囲い込んで食ってしまえ》
 「ベルカの鳥」が地を這うミミズをついばむかのように、次々にミサイルが飛んでくる。
「頭を上げちゃ駄目よ、そのまま擦過するつもりで飛びなさい」
『了解! 機体が重いですから、気をつけてください!』
 これだけ低空を飛べば、相手がいくら高いルックダウン能力にミサイルの誘導性能があるとしても、一度外れたミサイルが「下から」戻ってくる可能性はない。撃ち下ろしの形になり、相手がマッハで飛んでくるなら尚のこと。つまりは一度避けさえすればいいのだが、ミサイルは波状攻撃で次々と飛んでくる。前からしか飛んでこないのが幸いだ。これを全方位からやられてはとてもじゃないがしのぎきれない。
《いい度胸をしている。各機、抜かるな、あの三機はできるぞ》
 そうだ、こちらに食いついてこい。戦線が後退するまで引きずり回してやる。
《ポストラーはそのままその三機を押さえ込め。サピンの攻撃隊は我々が片付ける》
《ポストラー了解》
《ゲルプ2了解》
 群がってくるSu27に加え、よく似ているが遥かに鋭い機動を見せて上昇する二機の機影が見えた。
 くそっ!
「アイリス1より攻撃隊、直ちに後退せよ! 繰り返す、直ちに後退せよ!」
『何を言っているアイリス1、相手は二――』
「相手はゲルプだ! 全機食われるぞ、逃げろ!」
 第5航空師団第23戦闘飛行隊「ゲルプ」フランカー乗りであるならば、その名を知らぬ者はいまい。「世界一のフランカー使い」の名高い、番のカワウ。そいつが我々の上を抜けていく。
『たった二機じゃないか。ナメやがって。ローボ、エンゲイジ!』
「待て!」
《FOX3》
 一瞬、だった。
『ミサイルか! 散開!』
『ローボ3、後ろだ!』
『なんだと、もう!? が――』
『3が食われた! 野郎!』
『不用意に近づくな! もう一機が来るぞ!』
『もう少し、もう少し……何!?』
『大尉が被弾! ローボ1撃墜! なんだ! 今のはなんだ!?』
『野郎、後ろに向けてミサイルを撃ちやがった。そんなのアリかよ!?』
『後ろだ、後ろ!』
 機数では明らかに上回るローボ隊は、一瞬にして切り崩された。隊長機を失い、二対二のイーブンに持ち込まれてしまう。数さえ揃えてしまえば、後は冷静な方が勝つ。
『くそっ、なんだこいつ!? 速いぞ!』
『落ち着け! 落ち着け! 奴の機動に惑わされるな! リーリオの動きを思い出せ!』
『畜生振り切れない! 誰か!』
『くそっ、4も堕ちた! 俺一人か畜生!』
『ローボ2、もういい、逃げろ、逃げろ! ヘリファルテ全機、ローボを支援する! 続け!』
「ヘリファルテ、待て!」
『アイリス1、レーダーに捕捉されている!』
「ちぃ!」
《こいつ、爆弾を抱いてる割に動くじゃないか》
《構わん、ここに貼り付けておけばいい》
《ヴィオレット隊、こいつらは我々で抑え込む。攻撃隊を》
《ヴィオレット了解》
『警告、ベルカ軍編隊の一部がアイリスの阻止線を突破。機数四、攻撃隊は警戒せよ』
『隊長、このままじゃ何もできません、上昇を』
「まだよ。今頭を上げたら狙い撃ちされる」
 さすがにこの低空まで降りてくる根性のある奴はそうはいない。ミサイルを撃っても当たらない事を学習したか、ベルカ軍機は小刻みにレーダーで私の機体を薙ぎながら、上昇を阻止する。
「……ちっ、仕方ない。私は爆弾を投棄して上昇をかける。私が二機引き受ける」
『2了解。フェザーを支援します』
『3、了解。ご無事で』
 このままではジリ貧だ。レーダーを見ている余裕もない。三番機のポジションについている私が一機だけ左旋回。フェザーとアイスはそのまま右旋回で離脱していく。
《一機編隊から離れたぞ》
《ビビったか。ポストラー3、4、あいつを食え》
《ヤヴォール》
 私達を囲い込んでいた機体の二機が、落伍した羊に群がる狼のように私の背後につける。フェザー達から離れるように直進。意を決したか、一機が低空へ降りてくる。この距離ならアーチャーもある。私は増速、怯えて逃げるように軽くジンキング。
《臆病者に飛ぶ空はない。堕ちろ》
 来た! 瞬間的に、残った爆弾を投棄。警告が出るが知った事ではない。着弾点を飛び過ぎるか飛び過ぎないかのギリギリで、投棄した爆弾が爆発する。
 普通のIR誘導のミサイルならば、フレア代わりとなった爆炎に突っ込む事だろうが、アーチャーのロックは熱量ではなく画像認識。これでそちらに吸い込まれる等という甘い事はないだろう。
 ならば。
 私はそのまま最大出力から、滑走路から飛び立つ時のように一気に機首を上げる。
 一瞬、ミサイルは私を見失う。しかし「どんな形の熱源を追えばいいのか」は覚えている。だからそれを探そうとする。
 そこに、私があのミサイルをかわす時間ができる。
 敵はミサイルの性能を過信しすぎている。当然だろう。接近戦に持ち込めば、おそらくフランカーは世界一。フランカーをインファイトで倒すには、フランカーを持って来るか、遥かに優れたパイロットを連れて来なければ。
 ベルカ人、私の機体を言ってみろ。
 ほとんど垂直に跳ね上がった私は、スロットルを絞った。上昇中に推力をカットする事で、「空中で静止する」形を作る。更にスロットルを絞り、機体をゆっくりと「落とし」はじめる。これは、俗に言うストール状態ではない。ポストストール、つまるところ「揚力を失ってもまだ動く」事を旨とする。そして私の機体は、ここからテールスライドをやる「フランカー」ではない。
「チェルミさんをナメんじゃないわよ?」
 その場でスティックを引き、機体を「垂直方向に」回転させる。急な機動に、さしものアーチャーも追随できずに飛び過ぎていく。
《この距離で外した?》
「その通り。そしてあなたは退場よ」
 水平に戻した機体の下を飛び過ぎた敵機へ矛先を向ける。ピッチアップブレイクから、そのまま機首を下げ、パワーダイブ。
《正気か!? この高度で!》
 私と同じように、低空を保てば撃たれない。そう思い込んでいた敵機は慌てて逃れようと旋回しながら上昇に転じる。
 機体にロールを打たせて下向きにハーフループ。上昇して来た機を「上から見る」形になる。
 ガンアタック……命中。さすがは口径30mmのGSh301。一発でSu27の尾翼をもぎとる。
《畜生、こいつ、何者だ!? ポストラー3イジェクティン!》
 これでイーブン。チェルミナートル使いは、ベルカにだけいるわけではない。
「アイリス1より2、3正面敵の脅威を排除せよ。爆弾投棄・AAM使用を許可する」
『了解』
『了解!』
 残った一機を索敵。後ろに……いたか。緩く上昇し、高度を稼ぐ。
『レオパルドより援護機! ベルカ機に狙われてる! 援護はどうなってるんだ! このままじゃ嬲り殺しだ!』
『ッ、クソッタレぇ! ヴィーボラシックスより支援機、東側に回りこんでるベルカの戦車がいる! 連中をどうにかしてくれ! こちらでは対応できない! このままじゃ囲まれっちまう!』
 どこもかしこも手が足りない。だが、振り切って支援に向かえる程の余裕はないだろう。ならば、堕とすしかない。
「アイス、フェザー。そちらを援護する。私の後ろをなんとかしてくれる?」
『アイス了解。フェザー、私の後ろ、見てて』
『了解』
 お互いに機首を転じ、交差軌道へ。
《くそっ、こいつら……機動が読めない》
《落ち着け、隊長機を狙え》
《どいつが隊長機だ》
 視界の先にアイスの機体が見える。その後ろに、追いすがる敵機。
『隊長、右にナイフエッジでお願いします』
「了解。撃てる?」
『勿論』
「カウント」
『3、2……1、マーク』
 機首上げ、右に九〇度ロール……フットペダルを蹴り込み、その姿勢をキープ。
「フェザー、左にブレイク」
『了解!』
 正面からアイス機が突っ込んでくる。ほとんど接触寸前の距離で擦過、その瞬間にヘッド・トゥ・ヘッドで発砲。
『ICE, That's a kill』
 カンタオール2のコールで撃墜を確認。フェザーを追う機体に後ろから喰らいつく。
 IRST作動。ヘルメットにつけられた照準装置と連動。パッシブロックから、静かに発砲。自ら電波を全く出さないパッシブロックだけに、相手の後方警戒レーダーには何も感知できない。
「アイリス1、FOX2」
 一瞬後、Su27は、何に破壊されたのかもわからぬまま、突然の死を迎えた。これで残りは一機。
「ラストコール。フェザー、アイスを。私は戻るわ」
『了解。アイス、どこ!』
『あなたの10時方向、上。こいつ、しつこい』
『待ってて。お姉様、行ってください!』
「カンタオール2、地上部隊、並びに攻撃隊の残りは?」
 機首を転じ、「前線」へと後退する私に伝えられたのは、予想よりも酷い結果だった。
『ガビオータ、レオパルドは全滅。ガートモンテスが残り三機。上空制圧はローボが残り一、ヘリファルテは三機まで損耗。地上戦力の六〇%は損失』
「増援は!」
『まだ返答がない』
「くそっ! ヴィーボラシックス、まだ生きてる?」
『ありがたい事に生きてるよ女神様! と言っても、もうこっちもズタっボロだ。こっちはこれ以上戦えそうにない。東のレオパルド2をどうにかしてくれ! 下がりたくても下がれない! 目標正面、目視照準、撃ェ!』
 がりっ、と空電が混じる。
『オラ、移動しろ、移動しろ! シックスより全車、止まるな! 撃ったら逃げろ! 女神様、早いとこ奇跡を頼む!』
「了解。供え物は後払いでいいわ」
 なんでもなさそうに軽く言って、チャンネルを切り替える。
 状況は絶望的だ。地上攻撃担当の連中はSu27に追われ、とても爆撃行程に入れる状況ではない。ヘリファルテとローボはたった二機のSu37にいいように翻弄され、少しづつ数を減らしている。私達は残った爆弾をほんの一分前に投棄してしまった。
 だが、まだやれる。まだ手がなくなったわけではない。
 打てる手がある限りは、それを為すべきだ。
 機首を転じ、ヴィーボラが絶望的な抵抗を続けている位置から東へ。近距離から発砲している戦車の一団を目指す。
 GSh301が、30mmという大口径を採用されている理由は、航空目標への威力増大を狙った事ではない。むしろ、30mmという大口径弾は、その砲弾重量から初速が遅く、高速移動目標への攻撃は不向きだと言われるのが一般的だ。Su37、という純然たる「戦闘機」が、30mmを提げて飛ぶ理由。それは、驚くべき事に地上掃射にある。
 確かに、「飛行機の機銃による地上掃射」というのは対地攻撃の手段としてプロペラ機の時代から現在にいたるも有効とされている。GSh301の装甲貫通力は40mm。意外に知られていないが、戦闘機パイロットであっても、地上掃射の訓練は行われる。現代の航空戦において、機銃を携行するという意味は、実のところ、地上掃射攻撃を期待しての事が多い。現に、私のSu37が提げているミサイルは、ガンとほとんど変わらない最小射程を持ち、なおかつ大口径化のおかげで携行弾数も少ない。わけで、対空戦闘において機銃はその地位を失いつつあるのがその現状だ。
 HUD上に敵戦車群。弾が少ないだけに、一度の掃射で確実に一両は減らさなければいけない。機体を安定させ、低空・低速で侵入する。
《正面、ヤーボ!》
《対空戦闘!!》
 やはり、緒戦で思った通り、前線に帯同している対空車両が多い。濃密な弾幕が空を覆う。それがどうした、当たらなければ奇麗な花火。上空を過ぎざま、半秒づつ、二回。一両に命中。
《まだ攻撃できる機が残ってたのか》
《構うな。所詮一機だ。惑わされるな、進め! サピンを押し潰せ!》
 反転、再度進入。
『Iris3, Bandit down!』
 フェザーのコールが入る。
「二人とも、急いで戻ってらっしゃい。掃射を手伝って」
『2了解』
『3了解』
 掃射……ミス。追ってくる弾幕を避けて離脱。
「カンタオール2、これ以上の支援継続は困難! 増援がなければ支え切れない!」
『アイリス1、一隊から返答があった。後方へ後退中の隊だが残余弾有との事。西側から接近中。回線を繋ぐ』
『こちらは第999特殊試験評価航空団、スピカ。編隊長のエルネスト・アマリージャ大尉。支援が必要だと聞いた』
 その声は、戦闘機乗りと言うよりは地上にいるハビエル大尉の同僚ではないかと思うほど低く、しゃがれていた。
『こちら第3航空騎兵隊第14小隊、アイリス。編隊長のアヤメ・カグラ中尉。貴隊の機種、数、残余兵装についてお伺いしたい』
『第3航空騎兵隊……傭兵か』
 いるのよね、こういう正規軍が傭兵よりも高等だ、と思う手合いが。サピンは伝統的に外人部隊がある国でしょうに……そもそも第3航空騎兵隊は外人部隊、つまるところ正規軍だと言うに。
「アマリージャ大尉。地上の「正規軍」が後退できずに釘付けにされています。彼らに何を与えられるかの申告をお願いしています」
『アイリス2、3、戻りました』
「ヴィーボラの東側にいる連中を攻撃して。一両でも多く」
『了解』
『了解』
『……失礼した。F117が私を含めて六機。兵装は……当然、と言えば当然だが、1000ポンドのペイブウェイ。残余は隊全体で四発』
 117? 珍しい。あれは存在が公開されてからまだそう年月がたっていない。サピンも保有していたのか。そこまで考えて、彼が名乗った隊名を思い出す。第999特殊試験評価……なるほど、彼等は特殊戦か。サピンにも「通常とは違う」任務に当たる航空隊はいくつか存在する。恐らくスピカはサピンが極秘に導入(あるいは導入を検討)しているF117の評価試験を請け負っているのであろう。そんな特殊戦が前線に投入される、という事自体、サピンの現状を物語っているといえる。
「了解。カンタオール2、地上に誘導員は?」
『EZAPACの管制班が現地に展開している。誘導は可能だ』
 正式名称を「Escuadrón de Zapadores Paracaidistas」破壊工作・対ゲリラ戦から、戦闘救難、前線における戦術航空管制までをカバーする、サピン王立空軍が擁する特殊部隊で、オーシア国防空軍特殊部隊のSTSと同様の部隊である。スピカが提げて……腹に抱いているペイブウェイはセミアクティブレーザー誘導方式。正確に命中させるには発射母機・もしくは僚機、地上の友軍部隊によるレーザー目標指示が不可欠だ。発射母機からの誘導では、命中まで回避行動がとれなくなってしまう。地上部隊に誘導要員がいるのなら、スピカは投弾直後に回避行動をとれる。
「了解。スピカ1、お聞きの通りです。目標は正規軍戦車隊の東側に展開中の部隊。そこに三発、北側の部隊に一発。阻止攻撃で構いません。我々が援護します」
『スピカ1了解。だが、援護は必要ない。高空から放り出して退散する。私達もこれでカンバンだ。怖いベルカの鳥につつかれる前に逃げ出すとするよ』
「了解、スピカ1。カンタオール2、EZAPACと回線は繋げるか」
『あー、ネガティヴ。連中はEMCON状態だ。データ通信で指示目標の指定はしておいた。受信信号も入っている。問題はないはずだ』
「了解した。アイリス隊は戦域より後退。残余の攻撃隊の援護に回る。ヴィーボラシックス、聞こえますか?」
『聞こえてるぜ女神様! さっきの青いのは女神様達か? ベルカ野郎が大分減ったが、そろそろ本気で奇跡が欲しいところだ! 支援はどうなってる?』
「お望み通りの奇跡をお持ちしましたわ。東側の部隊に大型の爆弾を三発、北側に一発落とします。それで航空支援はカンバンです。着弾と同時に東への突破を」
『了解した。ボロっボロだが、まだこいつは走ってくれてる。戦わずに逃げていいんならこいつも本気で走ってくれるだろうさ。感謝するぜ女神様! シックス、アウト』
「お聞きの通りです、スピカ、後は任せます」
『了解だアイリス1、攻撃態勢に入る』
『スピカの攻撃を持って支援終了とする。全機、後退を許可する』
『畜生、やっとか!』
「ヘリファルテ、もういい。逃げる機体まで追いはしまい。撤退しろ」
『了解。くそッ! やられっぱなしかよ! 全機戦域から離脱する!』
 半数以下に減った支援部隊がふらふらと戦域を離脱しはじめる。予想通り、撤退を開始した連中に、ベルカは手出しをしなかった。
『さあ行くぞ。スピカ1、投下!』
『続きます、スピカ3、投下』
『スピカ2、投下』
 最後の支援攻撃が行われる。何も見えない空から、唐突に降り注ぐ恐怖と死。
《くそ! なんだ今のは!》
《ステルスか!?》
《姿も、音も聞こえなかったぞ!》
《全車停車! 後退! 後退しろ!》
「ヴィーボラ、今だ、東へ走れ!」
『りょーうかい! いよぉっし、おめえら、女神様の御宣託だ、野郎共、エンジンが焼き切れるまでブン回せ! 撤退、撤退!』
 ヴィーボラの撤退に合わせて再度低空侵入。ガンの弾倉が空になるまで制圧射。二両キル。
『畜生、姐さん、こいつを追っ払ってくれ! ポッドが重くて逃げられない!』
 ガートモンテスのトーネードが、Su27にまとわりつかれたまま、離脱もできないでいる。
「2、3、追い散らしてきなさい」
『了解です』
『了解』
 アイス、フェザー両機が上昇、ガートモンテスを追うSu27にそれぞれ一発づつミサイルを発射。わざわざ見えるように撃った為か、Su27は蜘蛛の子を散らすようにガートモンテスの編隊から離れた。ようやく追跡から解放されたガートモンテスが一目散に逃げ始める。
『全機、作戦終了。作戦領域における主要地上部隊の後退は成功。諸君らの奮闘と、流した血に感謝する、との事だ』
「了解。2、3?」
『了解、後退します』
『今戻ります』
「了解。アイリス、RTB」

 だが――。
 私達は、帰還して、知る事になる。
 還る場所が、なくなった事に。
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HN:
Y's@カラミティ
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男性
自己紹介:
エースコンバットシリーズ好きのいい年こいたおっさん。
周囲に煽られる形でついにSS執筆にまで手を出す。

プロフ画像はMiZさん謹製Su37"チェルミさん"長女。