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エースコンバットZEROのSS「PRIDE OF AEGIS(PoA)」の連載を中心に、よもやま好き放題するブログ。只今傭兵受付中。要綱はカテゴリ「応募要綱・その他補則」に詳しく。応募はBBSまで。
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Falling from the sky and I have lost all track of time
Every image of my life flashes before my eyes
Going to the precise time of my demise
My said prayers of circumstance have recently expired

――サピン北部 アルロン地方 171号線沿線 1995年4月14日


「今日も今日とて、戦争中とは思えん光景だな」
 煙草の吸いさしを指で飛ばしながら、上着を脱いだ曹長は首を巡らせた。
 祖国ではなかなか見ることのできない、肥沃な大地が春の日差しを受けて照り輝いている。氷に閉ざされた祖国の、更に北方出身の曹長にとっては四月でこの気候、というのは奇跡に等しいものがあった。
「曹長殿!」
 駆けてきた若い上等兵に立ち上がり、おざなりな答礼を返す。
「積み込み完了しました。こちらが目録です。確認をお願いします」
 上等兵が差し出した目録に目を通す。食料・弾薬は勿論のこと、航空機の部品まで含まれている。これからこの沿線を延々と東へ進み、ウスティオ戦線を戦っている友軍へこの物資を届ける。高度に整備された高速道路網は、軍の緊急展開ルートであった事もあり、軽装甲車の履帯にも耐えるように作られている。サピンの一斉反攻に戦線は押し戻されつつあるが、未だこの171号線は確保されていた。
「よろしい上等兵」
 さらさら、と目録の末尾にサインを入れ、曹長はクリップボードを上等兵に放った。
「大尉に渡してこい。俺は部隊の出発を監督する」
「はっ!」
 再び大仰に敬礼し走り去る上等兵の背中を、曹長は少しだけ苦い気持ちで見つめた。
 彼ら若者の未来を拓く為の戦争。お題目はそうなっているが、その若者はまさにその戦場にあり、今この瞬間にもその何人かは死んでいる。それはベルカだけではない。オーシア、サピン、ウスティオ、それぞれの国で、それぞれの若者が、それぞれの国の勝手な理屈で戦わされ、死んでいく。
 一体自分達は、何をもって何と戦い、何を得るのか。
 小さく溜息をついた曹長は、おとぎ話のようなサピンの豊かな大地をみやった。
 これだ。この光景。この光景を得るために他ならない。
 だが。
 今自分達は確かにこの光景を手にしている。だが、それを手にし続けられるのか。
 一介の曹長にその答えが出せるはずもなく、曹長はもう一度溜息をついて軍用トラックの群れに振り向いた。その顔は、小隊員が恐れるこわもての顔になっている。
 俺達が運ぶ荷を待っている戦友がいる。それだけで、俺がこの戦争を戦う理由には十分だ。
「搭乗! エンジン回せ! 出発するぞ!」
 トラックの助手席へよじ登る間際、ジェットノイズを聞いた気がして空を見上げる。
 遥か遠く、突き抜けるように蒼い空に、一機のシルエットがまっすぐに進んでいた。
 ベルカの鳥がいる限り、自分達地上部隊は、前だけを見ていればいい。
 そのはずだった。


――サピン アリオラ空軍基地 1995年4月14日


『コルヴォ、こちらアリオラ管制。これより2番滑走路への精測レーダー進入を行う。誘導限界は滑走路から六〇フィート地点。貴機の進入復航方式はILS2進入復航方式に従え。これ以降貴機からの送信を禁ずる』
 無線から聞こえるのは、彼が初めて聞く管制官の声だった。恐らくは、彼がアリオラに元からいた管制官なのだろう。散り散りになったアリオラ基地の要員は、この数日で急速に再集結しつつあった。
『貴機の着陸チェックを実施せよ。着陸態勢へ。ギアダウン』
 手を伸ばしてスイッチを入れる。
『グライドパスへ接近。降下を開始せよ』
 ゆっくりとエランドは操縦桿を前へ押し込んだ。愛機のグリペンが軽やかに高度を下げていく。偵察ポッドに機銃弾のみのほとんど丸腰の機体は、使い果たしつつある残燃料もあって、更に軽量になっている。
『針路346に右旋回。現在位置は進入コースのやや左、急速に左にずれている。適正進入角上にあり……コルヴォ、針路338へ左旋回。ゆっくりと進入コースへ復帰中。進入角適正。着陸まで四マイル』
 眼下、遠くにアリオラ基地の滑走路が見えている。
『現在地、進入コース上。適正進入角よりやや上にいる。進入角を調整せよ』
 エランドは少しだけ操縦桿を押し込んだ。
『進入角適正。針路、降下率良好。その姿勢を維持せよ』
 徐々に、地上が近付いてくる。エランドは震え始めた機体を押さえ込んで降下を続ける。
『誘導限界。目視により着陸せよ』
 管制官が言った瞬間に、グリペンが地面を掴む衝撃がコクピットに突き上げる。とっさにエアブレーキとギアブレーキを全開にして制動をかける。燃料も減って更に軽量になった軽戦闘機は、設計思想に違わぬ短い制動距離で静止する。
『いい腕だ、コルヴォ。そのまま自分のハンガーまで持っていけ。離陸待ちがいる。あまり彼女達を待たせるな』
「コルヴォ了解。誘導に感謝」
 言いながら、エランドは滑走路の先に目をやった。滑走路の終端位置に、自分の機体とよく似たカラーリングの大型機が三機、カナードを一杯に下げて並んでいる。その姿は、解き放たれるのを待つ豹がうずくまっているようだった。翼下には彼女達の「標準装備」対空装備のフルパック。全ての燃料を体内のタンクだけでまかなう設計のフランカーシリーズには、無粋な増槽はついていない。
 ――また彼女達が上がるのか。
 通りすがりに軽く敬礼する。先頭の機のコクピットに収まった人影が答礼を返してきた。グリペンが滑走路から離れるのと同時に、完全に一致したタイミングで三機が同時にバーナーに点火。いつもながら完璧なフォーメーションテイクオフを開始する。
 エランドは、戦時の空軍士官らしく休みなしに空へ上がる濃紺の肉食獣を肩越しに見送り、視線を前に戻した。

『アイリス1よりヘリファルテ。そちらの担当空域を引き継ぐ』
 カンタオール2の宣言から程なくして聞こえてきた声に、レジェスは胸を撫で下ろす思いだった。哨戒空域に達してから、二度もアンノウンの接近を警告された。基地機能を回復したとはいえ、未だアリオラ基地は戦線の突出部であり、南部を除く全方位が敵性空域、防空装備は丸裸に等しい。その只中へ飛ぶ、という事は、哨戒というよりは連続した挑発行為であり、自分達がやる気だと宣伝して回っているようなものだった。
「姐さん、待ちかねましたぜ。こっちはそろそろ燃料がない」
『ヴェンティ、ヘリファルテのお守り、ご苦労様』
『いえ、私はそんな大層な――』
「姐さん、聞いてます?」
『なんですって?』
「燃料がもうないんですって」
『じゃ、ヴェンティに残り全部渡してベイルアウトなさい』
「そんな装備、戦闘装備なのにつけて来てないですわ。って、俺は堕ちていいんですかい」
『え? 何か問題があるの?』
 あるだろう、常識的に考えて。
『あ、えー、と。菖蒲さん。面白いけど、そろそろ本気で燃料がないんだ』
「面白がんなおいこら」
『ん。ヴェンティ、ご苦労様。もう戻っていいわよ。ここは私達が引き継ぐわ』
「よーしお許しが出たぞ、お前ら――」
『誰が帰っていいって言った? ヘリファルテ』
「ちょッ!? 姐さん!? マジ燃料ないすから! ないっすから!」
『隊長、非常に面白いんですが、そろそろ引き上げさせてあげないと、ヘリファルテの列機が色々と面倒な事に』
「待てアイス、だから俺はいいのか、俺は!」
『………………………何か問題が?』
 あるだろう、常識的に考えて。
『はいはい。そろそろ空域に到達するわ。何か聞いておく事はある?』
「ん……このシフト中に二回、外縁をベルカの編隊が撫でて行きやがりました。連中、西側からやっきになって突付いてきやがります。来るとしたら、東からでしょうな」
『了解。アイス、後ろについて。フェザー、私とアイスの間にいなさい』
『アイリス2了解』
『フェザー、了解』
『カンタオール2よりヘリファルテ隊、ならびにヴェンティ、帰投を許可する』
『おうちに帰るまでが遠足よ』
「ミサイルブラ提げて遠足もないもんですがね。おーし皆、けぇるぞ。ヘリファルテRTB」
『ヴェンティ、RTB』
 レーダーに映る機影四つが南へ引き返していく。
「アイリス1から全機。ベルカの示威行為は確実な敵対行為に至るまで無視していいわ」
『了解。どちらにしろ、フトゥーロ周辺での反攻が効いていますし、ウスティオ方面での損耗も激しくなっているようです。地上部隊なしに再占領を試みるとも思えません』
「ええ。せいぜい敵の意図は、アリオラの航空戦力の消耗。あれだけ思いっきり蹴り飛ばしてやったんだから、しばらくは正面からやりあおうなんて考えないはずよ。連中の思惑通りに気張って消耗してやる事なんかないわ。あまり構えないで、気楽に飛んでなさい」
『2了解』
『3了解』
 堂々と、存在を誇示するように高空に留まった私達は、この近辺が再びサピンの手に戻った事を主張している。既にアリオラ奪還は空軍の士気を著しく、とは言わないまでも一定以上引き上げている。各地で再編成を終えた部隊が反撃を開始しており、再編後のサピン空軍はベルカとほぼ互角の戦いを展開していた。
 ベルカとしてもサピン空軍が勢いを取り戻す要因となったアリオラの再奪取をしたいところだろうが、フトゥーロ湾におけるオーシアの反撃、ウスティオ傭兵団による執拗なゲリラ戦に、戦力の増強もできないままでいた。既に開戦当初の勢いは失われており、手の内どころか残りの戦力まで知られてしまった以上、それもなかなか難しいところだろう。
 全ては、ウスティオが降伏勧告を跳ね除けた、ただそれだけに起因するとも言えるこの状況。ベルカは考え過ぎたのだろう。明らかにこの戦争はベルカの手に余りだしていた。
「国境線を引きなおすつもりで始めた戦争」
『……恐らくは、国境線は変わるんでしょう』
 ぽつりと、アイスが呟く。
「そうね。誰が望んでる通りに、かは今のところあまり考えたくないけど」
 それを考えると、捨てたとはいえ彼女達の祖国を非難する事にもなりかねない。私はレーダーに目を落とし、両側にぴったりと寄り添う部下二人を見やった。
「いずれにせよ、私達の仕事はまだ続くわ。妙な事を考えずに、自分の仕事をしましょう。ただでさえオーバーワークなんだから」
『2了解』
『わかりました、おね……隊長』

「合同、作戦、ですか?」
 帰還した私達はすぐに基地指令の元に呼び出された。
「そうだ。被侵略国三国における命令系統を臨時に一本化し、事に対処する。そういうお題目だ」
 後ろに控える二人は、既に居心地悪そうにみじろぎしている。私は彼女達をかばうように半歩踏み出した。
「それで、当面の指揮は誰が?」
「三国の幕僚が合同で、となっているが、実質はオーシアだ。君も知っての通り、サピン・オーシア両国とも反撃を行っているが、未だ再編が完了したわけではない。そこで、命令系統を一本化し、各国の戦力を逐次派遣する事で段階的に戦線を北に押し上げる。最終的な目標はウスティオ解放、並びにサピン領土からのベルカ放逐だ」
「それで、その決定に、何か問題が?」
「私達正規軍には、なんら問題はない」
 ガルシア大佐は、さしておもしろくもなさそうに肩をすくめた。
「都合を考えるお偉方の国籍マークが多少変わるだけだ。我々末端の仕事は特に変わりはしない。だが、君達フリーや契約派遣の連中は別だ」
 これみよがしに溜息をつき、ガルシア大佐は私の背に半ば隠れるように立つ「オーシア人」を見やった。
「私は君達の腕は高く評価している。その指導力、技量、どちらもだ。君達は契約上サピン空軍の指揮下にあり、所属は外人部隊、つまりはサピン正規軍。そうでないフリーだとしても、その評価と、運用は変わらない。だが、新しい司令部は、君達を、再編までの時間稼ぎに使う意向だ」
 なるほど。オーシアが国力の割に反撃が遅いのは、それを口実に戦力を温存するため、という事か。既に壊滅したウスティオ正規軍に代わり、ウスティオ方面で反撃を行っているのはフリーの傭兵団だ。ウスティオ傭兵は緒戦から華々しい戦果を重ね、傭兵ゆえに戦況に左右されない士気の高さを維持している。サピン空軍ではアリオラを奪還したのは外人部隊中心の戦技教導団、基地の戦隊長は外人部隊ときている。
「つまり、我々が前線に立てられる、と? オーシアの代わりに」
「そういう事だ。オーシアは現在フトゥーロ運河奪還に向けての作戦準備中だ。噂の域を出ないが、連中、新型の空母を投入する気らしい」
「つまるところ……サピン軍令部の本音も、自国の兵を温存したい、という事ですか。オーシアに手柄を独り占めされない為に、フトゥーロに戦力を集中したい、と」
「……言いたくない事をあっさりと言ってくれるもんだ」
「こういう扱いには慣れておりますので」
 私は背後で二人がそっと寄り添う気配を感じた。やれやれ。こういう事にはいつまでたっても及び腰ね、この子達は。
「今後のサピン軍の方針については大体了解しました。では、大佐。アリオラ基地指令としての方針を聞かせて頂けませんか?」
「……カグラ、お前、あまり基地指令から好かれんだろう」
「ええ、まあ。大佐がそういう類だと、確信を持ちたくないのでお伺いしております」
「気の強い女だ。よかろう。一介の大尉に話す事ではないが、お前には借りもある」
 苦笑しつつ、大佐は葉巻をくわえた。火はつけない。
「軍令部はお前達傭兵を、東部戦線で暴れさせる気だ。ウスティオの傭兵と合同でな。ウスティオも空軍傭兵主体で反撃している。それが東部、ベルカが本来欲しいものの上で暴れていればどうする」
「自慢の空軍で躍起になって押さえにくるでしょうね。フトゥーロには陸軍部隊にくわえ、既に海軍が内湾に入ってますし」
「軍令部が最も恐れているのは、「ベルカの鳥」だ。あの初期侵攻がトラウマなんだろうさ。加えて、音頭をとっているオーシアの空軍が、サピン以上の張子だと露見するのを嫌がってる。オーシアは、失点の挽回を、華々しい勝利一つで帳消しにする腹づもりなのだよ」
「それだけではないでしょう。ユークの戦争参加に焦っているはず。よもや手柄を冷戦相手にかっさらわれたんじゃ、大国の面子が丸潰れですからね」
「そして、否応のないウスティオは、オーシア・ユークの善意の押し売りを受けるしかなく、その恩を返す為に積極的に前に出る必要がある。もっとも、彼らが前面に出す戦力は傭兵しかなく、ウスティオとしても大した損にはならん。毒を食らわば、というところか」
「結局、サピンが最も貧乏籤を引いてるわけですね。ほとんどなんの関係もないのに事のついでで国土を荒らされて、死人まで出されて」
 そして、サピンに支援を押し付けてくるありがたい大国はない、という事だ。サピンとしては、こんな下らない戦争の巻き添えなど不本意以外の何者でもない。なるほど。最も傭兵を利用したいのは、サピンかもしれない。
「さし当たって、君らは明日、171号線頭部の封鎖解除の空爆に参加してもらう。君が編隊長だ。フリーの連中も連れて行け。正規の連中は出さない。戦力の中核は、ウスティオ空軍が担う事になる」
「我々は、サピンが縄張りを主張する為の数合わせですか」
「ただでさえベルカに好きにされて、今度はウスティオの、それも傭兵に我が物顔でサピンの上空を飛ばれたのでは、サピンの面目もたたんと言う事だ。幸いにして、アリオラはサピンで最も注目される部隊で、君達はその最たる要因だ。そして都合がいい事に、正規軍でもあり、傭兵でもある」
 我慢しきれなくなったように、ガルシア大佐は葉巻に火をつけた。
「カグラ、私の方針を聞きたい、と言ったな」
「はい」
「いいだろう。私の仕事は変わらない。上が誰になってもだ。必要とされた地域に、お前達の誰かを、私が選んで送り込む。所属や国籍、人種がなんだろうと、肌が白かろうと黒かろうと黄色かろうと関係ない。「アリオラ編隊」は私の部下だ。部下の処遇は、基地指令に一任されるべきだと私は理解している」
 大佐はつまり、傭兵であれ正規兵であれ、自分の頭越しに勝手に配置を決めさせはしない、と明言したに等しい。
「大佐、あなた、軍令部からあまり好かれませんでしょう?」
「慣れてるんでな、こういう事には」
 大佐は肩をすくめ、煙を吐き出した。
「話は以上だ。ウスティオの傭兵に目を光らせとけ。君らのような品行方正な者が、傭兵の中では例外に近い事は、一応把握しとるつもりだ」
「よそ者にサピンを好きにさせるな、と? 私達も一応よそ者なのですけどね」
「君達は違う。君達は――ヴェンティやヴァウ、コルヴォも含めて、サピン軍が責任を負っている」
 私が、と言わないのは、彼なりの軍への忠誠心というものだろう。私は若干の嫌味も込めて敬礼をし、部下を伴って指令の執務室を後にした。
「……息してる? 二人とも」
「さっきまで忘れかかってました」
「お、お姉様、いくらなんでも指令にあれはまずいんじゃないでしょうかあ……」
「指令も言った通り、私達は微妙な立場で、都合よく使われる存在なのよ。それをサピンじゃなく外国が明確にしてきたってだけ。どちらかと言うと、指令も貧乏籤の類よ、あれは」
「どうなるんでしょう……私達、オーシアに戻れとかそういう――」
「私はごめんだわ。あんな国の国籍マークで飛ぶぐらいなら刑務所に入る方がマシよ」
 鋭く反応したアイスに、思わず苦笑する。
「そういう話にはまずならないでしょうし、なったとしても、私が優秀な部下を手放すもんですか。最悪、外人部隊を抜けて、傭兵になっちゃえばいいわけだし。第一、サピンが手放すもんですか」
「そうなら、いいのですが……」
「それに、あなた達、今更西側の機体飛ばしたい? アレで飛んだ後で」
「私はチェルミナートルがいいです」
「………………海軍機なら、考えます」
 沈黙を答えとすると思ったアイスが、ポツリと言った。本音だろう。なんと言ったものか。私は彼女達が若くして民間軍事会社にいる理由を知っている。彼女が求めてやまないものは、彼女が決して手に入れられないものだ。
「でも、一人か、後ろはクリスじゃないと嫌です」
「私も、RIOやるなら前はキャリーじゃないと嫌」
 やれやれこの子達は。お熱い事で。
「会社にDでも入れるように言ってみましょうか?」
「隊長の後ろを飛ぶなら、チェルミナートルでないとついていけません」
 私は肩をすくめ、廊下から見えるハンガーに目をやった。
「明日は、ちょっと荒れるかもしれないわね」
「隊長?」
「なあに、アイス」
「いつもと、違いがあるので?」
「……ないわね」


――――サピン北部 アルロン地方 171号線沿線 1995年4月15日


『空中管制機イーグルアイよりサピン軍編隊。これより貴隊は当機の指揮下に入る。貴隊の任務は正面突破を図る攻撃隊の側面援護、並びにベルカ軍増援の阻止だ。前線監視はローレライがサポートする』
「こちらサピン第3航空騎兵隊第8特殊作戦群、編隊指揮のアイリス1。了解イーグルアイ。ウスティオ傭兵の手際、見せてもらいましょ」
『私もローレライも正規だがね。全機、作戦開始まで三分』
 私が率いるのは僅かに五機。サピン国内での作戦だというのに、隣国ウスティオからの機体は倍以上だ。それも、正規兵はほとんどいない。私を含め、私が率いる「サピン軍」には正規兵は皆無。
 アマリージャ大尉がこれを見たらどう思うかしらね。
『こちらローレライ。サピン軍、貴隊の索敵監視のサポートにつきます。よろしく』
 いかにも優男な雰囲気をかもしだす声がレシーバーに聞こえてくる。
「了解ローレライ。こちらの位置はごらんの通り、南側から遊撃する。全機攻撃隊形。2、3、ヴェンティはトップカバー。2と3は右翼、ヴェンティと私で左翼」
『2了解』
『3了解。アイス、後ろ、任せるね』
『ヴェンティ了解。お世話になります、アイリス1』
『アイリス1、僕はどうすればいい?』
「事前の指示通り。北東に二本橋があるから、そこの観測。その橋が彼等の封鎖線よ」
『了解した。高度は高めにとる』
「ヴァウ、あなたは邪魔になりそうな対空砲、片端から爆撃しちゃいなさい」
『民家は、どうする? 情報では接収した農家の納屋に弾薬の類を貯蔵してるそうだが』
「低脅威度目標に対しての発砲はホールド。ベルカの施設ならともかく、人様のものだからね。進んで恨みを買う必要はないわ。爆弾なんて対空砲とSAMに使えばいいのよ」
『了解した。イエロー判定の目標に関しては全てホールド。爆弾も節約できる』
『ヨォヨォヨォ、まぁだそんな甘っちょろい事言ってんのか、アイリス1』
 聞き覚えのあるダミ声が、レシーバーに入ってくる。
「私はクリーン、かつ余分な手間もなく全機を連れて帰りたいだけですわ、マッドブル1。ゼロの数だけで考えられないぐらい、私の仕事は手間がかかるんですのよ」
 マッドブル。色々な意味で、フリーランスの航空傭兵の中では有名どころだ。報酬至上主義で、その飛び方、言動共に下品極まりない。だが、腕はすこぶる良く、野犬の群れのような部隊を率いて、一隊だけで戦線を形成できるだけの戦果を挙げてみせる。対地・対空任務両対応故に、手段を問わず勝利を手にしたい国がよくオファーをかけている。
『ケッ。相変わらずいけすかねえアマっこだ。ちったあまともに飛べるようになったか? あァ?』
「チェルミナートルで飛べる程度には? それにしても、あなたがまたなんでこんな負け戦に?」
『これがどっこい、歩合制で狩れば狩るほど儲かるって寸法だ。ウスティオさんも相当追い詰められて財布の紐が緩くなってらぁな。それはそうとお前さんは、相変わらず負け戦の国に肩入れするのが好きだなあおい? さてはお前はあれか、マゾかなんかか?』
『マッドブル1、それ以上喋るとR77をブチ込むわよ』
 アイスの冷たい声が全機のレシーバーに響いた。
「アイス。ホールド」
『イエスサー』
『おー、こええこええ。相変わらずお姉様の周りは取り巻きが多い事で。ヒッヒッヒッ……』
『全機そこまでだ。間もなく作戦空域』
「了解イーグルアイ。アリオラ全機、コンバットレディ」
『そんなわけで、今日は俺達のデビュー戦なんでよ。エースは頂きだ。全機、獲物は狩り放題だ。上は心配すんな。サイファーに片羽、菖蒲のアマっこまで揃ってりゃこれ以上はねえ。ロックンロール!』
 片羽? 片羽と言ったか、あの男?
「アイス」
『はい』
「全天索敵。F15C、片翼が赤。いる?」
『……………三時方向。狂犬の後ろにF15が二機……その後ろにドラケンが三機。この距離ではカラーまでは、さすがに』
「十分よ。ヴェンティ」
『ん』
「ウスティオのF15、よく見ておきなさい。私が聞いた事が確かなら、片羽の妖精がいるわよ」
『……え』
 バックミラーに映るリオのF15の機動が僅かに乱れる。
「編隊を乱さない。全機、今日の花はウスティオにもたせてあげなさい。私達は私達の仕事をする」
『了解』
『ローレライよりアイリス隊。敵機を捕捉。対応をお願いします。方位、360』
「アイリス1了解。こちらでも捕捉した。2、3。あなた達が一番槍よ」
『2、了解。フェザー、前に』
『了解アイス』
 編隊から、二人の機が離れる。
「ヴェンティ、ついてらっしゃい。二人をサポートする」
『OK』
『あー、コルヴォよりアイリス1。ウスティオの連中が空爆を開始した、が……』
「わかってるわよ。イエロー判定まで皆殺しでしょ?」
『その通りだ』
「ほっておきなさい。恨みを買うのはサピン空軍じゃなく、ウスティオ空軍よ」
『相変わらず腹黒いお姉様だなちきしょうめ。いいかディンゴ1、いっぱしの編隊長になるにはああいう根性の悪さが必要なんだ。オーケイ?』
『友軍に対してなんて事言ってるんですか!? ほんとに撃たれても知りませんよ!?』
『なあに、お姉様の取り巻きなら敵さんの迎撃に忙しいからな。今なら言い放題ってえ寸法だ。ヒッヒッヒッ……』
『フェザー、R77は残しときなさい』
『うん』
『ちょ!? 俺の分!? 俺の分かそれは!?』
「ええい、やかましいわね。狂犬、獲物が逃げるわよ。喰い散らかさなくていいの?」
『言われなくても喰い散らかさあ。サピンの娘っこ共はそこで見ておきな!』
 低空でベルカ空軍に対して死を振りまいている黒いF/A18が急旋回。爆装してあんな低空であんな旋回をするとは。相変わらず頭のネジが飛んでいる。てんでバラバラに追随した僚機は、機体を水平に戻すときれいなトライアングルに様変わりしている。しゃくだがいい腕だ。
『ヴァウよりアイリス1。空爆目標がない。どうすればいい?』
「西側から救援にくる地上部隊の足を止める。この先に風車が見える?」
『目視で確認している』
「あの隣にSAMがいるわ。いける?」
『風車には、当てずにか』
「勿論。我々はアリオラよ」
『……努力はする。ヴァウ、エンゲージ』
 ヴァウが機体を降下させるのとほぼ同時に、フェザーが戦端を開いた。
『フェザー、フォックス3!』
 フェザーが放った中距離ミサイルは敵機に真正面から突っ込んだ。近接信管で進行方向へ破片を撒き散らす。
『……? フェザー、2キル。敵機、Mig21』
「アイス、確か?」
『確かです』
 これまでの潤沢な装備が嘘のような、二線級の機体である。
 やはり、ベルカはフトゥーロに戦力を集中させている、という事か。
「アイリス1よりトップカバー全機。全兵装使用自由。構う事はないわ。交戦既定に抵触しない限り、一切の容赦は不要。連中が本気でないなら、本気にさせてあげるまでよ」
『2了解』
『3了解!』
『ヴェンティ、了解』
『このままじゃマッドブルとサピンに獲物は総取りされちまうな、相棒』
『そろそろ行くか。のんびり観戦というのも性に合わない』
 通信に聞いた事のない男の声が混じる。あれが、片羽か? 後方から加速をかけてくるF15とドラケンの編隊が見える。
『Mig21が三機抜けます』
「珍しいじゃない、アイス」
 アイスとフェザーの一次攻撃をすり抜け、二人を突破したMig21が軌道を変えた。後方にいるウスティオ機、恐らくはドラケンを狙うつもりらしい。
 私達を放置する勢いで突進するMig21が長距離ミサイルを放つ。
 ……え、ちょっと待って。長距離ミサイル? あんな位置から放てるミサイルの運用能力なんて、Mig21にはない!
「なんなのよ、あのミグ?」
『ベルカお得意の、改造型でしょう』
 これは完全に虚をついた攻撃だ。誰もMig21がアウトレンジ攻撃をかけてくるなんて思いもしまい。
 だが、ウスティオのF15の動きは、あきらかに「ブッ飛んで」いた。
 高速、更に増速しつつ二機が揃ってバレルロール。彼我の相対速度から、それだけで事足りる、といわんばかりの回避機動。しかもそれは、見事に成功した。そのままヘッド・トゥ・ヘッド。二機はあっさりと直撃を喰らい、当たり所が悪かったか爆発する。ついでに後続の一機も前列の破片に巻き込まれて主翼を失った。泡を食ったパイロットがベイルアウト。
『……なによあれ』
 ヴェンティの呟きが、レシーバーに混じる。同じ機体に乗っていれば、今の機動がどんなものか、はっきりとわかるだろう。
『ローレライよりアイリス1、方位120から更に増援。機数六。いけますか?』
「いけなくても行かされるんでしょ。イーグルアイ、データリンク要請。ヴェンティ、ついてらっしゃい」
『了解した』
『はいっ』
「コルヴォ、あなたの周り、ちょっとやかましくなるかもしれないわよ」
『そりゃ大変だ。一時退避するとしよう』
「ウスティオに追い回されないようにね」
 後ろにF15を引き連れたSu37がぴたりと新たな敵機に正対する。
「ヴェンティ、前に。AMRAAM全弾放出。私がカバーする」
『了解』
「発射後は増速、私が前に立つわ。生き残りを引っかき回すわよ。171号線へ近付けない事」
『了解です』
 バレルロールで速度を調整し、私が二番機のポジションへ。
『いきます。ヴェンティ、FOX3!』
 オーダー通り、搭載してきた中距離ミサイルを盛大にバラ蒔く。さすがに「世界最強」を謳われるF15である。二四目標を同時に探知し、内八目標を追尾可能なレーダーは、敵編隊のことごとくを捕捉・追尾している。
 ミサイルに気付いた敵機が編隊を解いてブレイク。鉛筆に羽根をつけたようなMig21ではない。Mig29か、Su27。恐らくは前者だろう。しかし、練度はともかく、国力は圧倒的に劣るはずのベルカは一体どこからあれだけの兵器を調達しているのか。ライセンス生産するにしても、予算には限りがあり、戦闘機や戦車というものは、決して安いものではないというのに。
 ヴェンティのミサイルは一機に命中。これで残り五機。ヴェンティが、私がやって見せたようにバレルロール。私が前に立つ。
「ビビるんじゃないわよ。私にしっかりついてらっしゃい」
『はい』
『……危なかったら、呼んで』
『あー、私も私もー!』
「あなた達はあなた達の空域をきちんとカバーしてなさい。行くわよ、ヴェンティ」
『Wilco』
 ブレイクした生き残りが、周囲から被さるように私とヴェンティを包み込む。開戦当初なら、これだけでもパニックを起こすに十分な状況だっただろうが、今はもう違う。ヴェンティも、既に「ルーキー」と呼ぶには抵抗を覚える程の経験を積んでいる。
「右から二機。左の奴へ行く。後ろ、カバーお願いね」
『了解』
 ヴェンティの短い返答に満足し、私はピッチアップブレイク。ヴェンティは緩やかにターン。いい子だ。ちゃんとわかっている。
 これをブレイクと誤認した機がヴェンティへ群がろうとするが、ヴェンティはスロットルを絞り、ハーフロールからスティックを引いてパワーダイブで振り切り、ぴたりと私の後方へつける。私の目の前には、突然現れた二機に驚いて回避方向を探るMig29。
『アイリス1、後方に敵機』
「了解。ヴェンティ、二〇秒稼いでちょうだい」
『了解です』
 Mig29は一瞬迷った末に、パワーダイブで高度と引き換えに速度を稼ぎ、地面へ溶け込んで逃げる選択に出た。その鼻面にガンアタック。はっきり曳光弾が見えるように長めに撃ってやる。フランカー系の機銃は搭載弾数が少ないが、私一人で飛んでいるわけではない。泡を食ったMig29は必死に稼いだ速度を使ってハイGターン。
「OKヴェンティ、あいつ、あげるわ。後ろを引き受ける」
『わかりました』
 私は左方向へターン。ヴェンティは敵機を追ってエアブレーキを展開。広大な翼面にものを言わせた豪快なターンで上から被さる。
『近っ……当たる、か?』
 ガンアタック二回でヒット。距離が近い為に破片をもらう可能性もあったが、なんとか回避。私達を追っていた敵機は、仲間を堕としたヴェンティへ張り付いていく。
『菖蒲さん。後ろ、お願いします』
「オーシア語喋りなさい。それとその名前は下でしか駄目よ」
『あ……すみません』
 そんなのどかな会話の最中にも、私の機はヴェンティを追うファルクラムの後ろへ滑る。気配に気付きでもしたか、ヴェンティの追跡をやめ、反対方向へブレイクし、高度を下げる。
『アイリス1、上方敵機。その機を追うと被られます』
 いつの間にか戻ってきたアイスが告げる。
「了解。スナップアップ。相手がどうするかによるわね」
『私がいます』
「そうね」
 追跡を中断。スロットルを押し上げ、操縦桿を引く。
『やる気です。援護します』
 敵機はスナップアップした私に無理矢理被さるように機首を下げて来た。一瞬の擦過でガンアタックするつもりか。スロットルを絞って上昇モーメントを殺し、機体を直立。私の進行方向を曳光弾がなめる。敵機はそのまま私の機とすれ違うように下方へ。エアブレーキを展開して減速しつつ旋回。離脱をかける。
 その背後にアイス機が喰らいつくが、速度差からオーバーシュートすれすれの軌道でしか旋回できない。その間に旋回を完了した機が再び私へ狙いを定める。私の機体は姿勢を回復しているが、いかんせん速度が足らない。
『隊長、回避を!』
 できればとっくにしている。敵は上からかぶってくる。スパイラルダイブぐらいしか方法はないが、それでは敵にモロに背中を見せる事になる。速度を回復する前に、敵は撃って来るだろう。この状況は、万事休す、か。
『頭を下げろサピン。行くぞ』
 反射的にスティックを押し込み、必要もないのに首をすくめる。次の瞬間、翼端をブルーに塗ったF15Cが目の前を突き抜けた。
『隊長、回避! 左方向!』
 アイスの声には、先程までの緊迫感が抜けている。が、声に従い、可能な限りの速度で左旋回。機体を傾けると、右側、つまりは上方で煙と共に敵機が残骸となっていた。あのイーグルがやったのか?
『サピン、無事か?』
 そのF15Cのパイロットらしき男が声をかけてくる。翼にはウスティオの空軍記章。彼が狂犬の言った「サイファー」か?
「ええ。おかげさまで助かったわ」
『あんたのとこのF15が敵機に追い回されてる。一〇時、下方。上は俺達でやる。任せるぞ』
「了解、あー……」
『サイファー。ガルム1』
「アイリス1。TACは聞かないで」
『その方がよさそうだ。頼むぜ、お姉様』
「今度言ったらR73をブチ込むわよガルム1」
『アイリス1、せっかく得た相棒を亡き者にしないでくれ』
 片羽。イーグル乗りならば知らぬ者はいない。オズワルド・ゾウムガルトナーと並ぶイーグル乗り。「サー」オズワルドが上昇記録での勇名ならば、ラリー・「ピクシー」・フォルクは、上空で敵機と空中接触し、完全に片翼を失ったイーグルで帰還した伝説を持つ。これは、F15Cの生存性の高さと同時に、フォルクの腕を示している。誰が呼んだのか、いつしか彼は「片羽の妖精」と称されるようになった。それに応えるように、彼の乗機は片翼が赤く染められている。
「だったら相棒に私のTACは地上で、私が認めた女の子しか呼ばせない事を教育しておいてちょうだい」
『菖蒲さん!』
 低空でMig29に追い回されているヴェンティの悲鳴に近い声が、私を現実に引き戻す。既に機はバーナー炎を曳いて降下を始めている。
「泣きそうな声出さないの。五秒で行くから待ってなさい。ライトターン……ナウ!」
 オフボアサイトを利用して、ギリギリの角度からR73を発射。いくらなんでもこの角度では必中は期待できない。ヴェンティが機体が許す限りの急角度で無理矢理右旋回。その動きに、背後からの殺気を感知したかのようにMig29がブレイク。
 腕がいい事が仇となった。ミサイルの気配を察知したようにブレイクし、その際にミサイルを視認でもしたか、敵機はしゃかりきになってミサイルを引き離しにかかった。急ターンしつつ、フレアを放出。
「2」
『了解。ヴェンティをお願いします』
 態勢を立て直したアイスが、再びパワーダイブ。今度はタイミングはどんぴしゃり。敵機のすぐ横を、機関砲で一撃しざまに駆け抜ける。
『アイリス2、一機撃墜。残る敵は後退を開始』
『イーグルアイより作戦全機。追撃の必要なし。繰り返す、追撃の必要なし。ベルカ軍地上部隊は敗走。作戦終了だ』
『Bull shit! なんでえなんでえ、もう終わりか、ベルカのFucked up menは。根性がねえなあ。これじゃ今夜の酒代も出やしねえ。当然お姉ちゃんとのお楽しみもパアだ。ダメダダメダダメダ、しみったれてやがるぜ、Fuck it! オマケにディンゴ1と俺は穴兄弟と来たもんだ。どうだディンゴ1、今夜は俺とお前でしっぽりと……クックックッ……』
『何を言ってるんですかアンタって人は!?』
 損傷したドラケンをかばって損傷した煙を曳きながら、F/A18Cが下品な声を響かせる。相変わらずやかましい。
「アイリス1よりアリオラ全機。無事?」
『2、問題なし』
『3、無事でーす』
『ヴァウ、オールグリーンだ』
『ヴェンティ、おかげさまで生きてます』
『コルヴォ、今日も僕の周りは平穏だったよ』
「了解。アリオラ全機、オールグリーン。よくやったわ、皆」
『警戒! レーダーに新たな敵影を感知。機数四!』
『新手か? ここは俺達で相手をしよう。いいな、相棒?』
『いいだろう。マッドブルは坊や達を連れて退避しろ。サピン、あんたらもだ。連中は俺達が相手をする』
「アイリス1よりガルム、私達はまだいける」
『無理をするな。あんたの仕事は、部下を連れ戻す事だろう? 一機残らず。その機体でドッグファイトはこたえるだろう。俺達はほとんど仕事をしてない。弾薬もたっぷりある。問題はない』
 淡々とした、感情を交えていないような声が告げる。二機のイーグルがふわりと上昇した。
『敵機視認。……F/A18?』
 アイスの目は誰よりも確かだ。ベルカがオーシア系機とは、また珍しい。という事は、特殊戦の類か、エース部隊のはずだ。それを、あの猟犬は二機で相手をすると言っている。どれ程の腕がそんな発言をさせるのか。
《全機、射出座席をグリーンにしろ。久々に愉しめそうだぜ、こいつは》
 いかにもガラの悪そうな声がレシーバーに入る。
『アイリス1、編隊長はあなただ。命令を』
 ヴェンティが、今にもスロットルに蹴りを入れそうな声で言ってくる。
「高度を維持。全機反転。空域を広げる」
『了解』
 少し不満げなヴェンティの声。彼女の中の「神楽菖蒲」は、こういう時にどうするのだろう? とふと疑問に思う。が、それ以上の抗弁はせず、ヴェンティは素直に私の後ろについた。右側にアイスとフェザーがつき、フィンガーチップで旋回。その後ろにヴァウが続く。コルヴォは既に退避済みだ。
『ホーネットか。相棒、こいつら、グリューンだぞ』
『見えてる。行くぞ』
『……なんなのよ、あいつら。アイリス1、あんなの、参考になんかなりませんよ』
 その機動を低空から眺めるヴェンティの呟きが聞こえる。
「ありゃ、色々と反則だわ。色々と」
 応えるように呟き、私の判断は間違っていなかった事が証明されている上空を見やる。そこには、おおよそF15Cとは思えぬ機動をする二機が、同じくF/A18Cとは思えない機動でフレアを撒き散らして回避機動をとる四機とドッグファイトを演じている。はっきり言って、近寄りたくない。経験を積んだとは言え、実戦はこの戦争が初めての者を連れて近寄れるような戦闘ではない。もっと言えば、アイスやフェザーも、あそこへは近付けさせたくない。
 やがて、一機、また一機、とF/A18Cが堕ちていく。驚くのは、皆が皆、致命弾を喰らいながらも確実に機体を引き起こし、ベイルアウトする事だ。なんという執念。なんという本能。彼らは、真のパイロットの素質を、少なくとも一つは身に着けている事になる。最後に残った一機が撃墜され、空には、F15だけが残る。
『なんて奴らだ。全部喰いやがった……』
 ヴァウの呟きが、そこで見ていた全員の共通した感想となった。
『イーグルアイより作戦全機。空域内の全敵機の撃墜を確認。この空域を制圧した』
「なんと、まあ」
『Yo buddy. You still alive?』
『全機、帰投を許可する』
「了解。アリオラ、RTB。全機、私に続け」
 私は片羽の声を聞きながら、操縦桿を傾けた。ガルム。ウスティオの猟犬。その時はまだ、気付いていなかった。
 彼らが、この戦争でどんな役目を負っているのかを。
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エースコンバットシリーズ好きのいい年こいたおっさん。
周囲に煽られる形でついにSS執筆にまで手を出す。

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